2.おしょうゆさん

「ねえ、おしょうゆさん」

『なんや、沙希ちゃん』


 すっかり仲良くなった私達は、すぐに名前で呼び合う仲になった。


 えっ? おしょうゆさんって安易なネーミングだって?

 仕方ないじゃない。最初に思いついたのがこれだったんだから。「黒光りさん」や「発酵大豆汁」とか「Oh! SHOW YOUさん」という案もあったけど、それらよりはマシだと思わない?


 おしょうゆさんと話す時、私は買い込んだクラッカーを一枚取り出し、その上に醤油を一滴垂らす。

 ぷぅんと醤油のいい香り。

 私はおしょうゆさんについて、いろいろと聞いてみた。


「おしょうゆさんは、冷蔵庫に入れとかなくてもいいの?」

『平気やで。なんせ、自慢の密封ボトルやからな』


 詳しく話を聞くと、空気が入りにくい密封ボトルだから常温でも大丈夫らしい。


 普通の醤油がダメになってしまうのは、空気に触れて酸化したり、空気中の微生物によって変質してしまうからだという。

 しかしこの密封ボトルは、空気に触れないように一滴一滴が新鮮な状態で出てくるから、冷蔵庫に入れる必要もないし、醸造時の香りが保たれている。


「でも、おしょうゆさん、空気は人間にとって必要なものじゃないの?」

『空気は必要なもんやけど、悪さする時もあるんや』

「それは醤油の話でしょ?」

『人間にかて空気は悪さするで。例えば、沙希ちゃんは仲良い子とは何でも話せるやろ?』

「うん」

『でも学校の教室の中では、本音で話せなくなるってことってあるやん。他の人にどない思われるかって気になってな。それが空気の悪い面や』

「…………」


 まるで和尚さんのようなことを言うおしょうゆさんだった。


『しっかし、ここはめっちゃ乾燥しとるな』

「おしょうゆさんがいたところって、もっとジメジメしてたの?」

『ちゃうちゃう、海の香りや』


 えっ、海?

 やだ、私、海なんか行きたくない。

 いやだ、いやだ、いやだ、海なんかいやだ……。

 

『どないしたんや、沙希ちゃん?』


 おしょうゆさんの声で私ははっとする。

 えっと、何の話をしてたんだっけ?


『湯浅はな、潮の香りに包まれた町なんやで』


 そうか、湯浅の話ね。

 確かお父さんもそんなこと言ってたなぁ。醤油の本場とかなんとか。

 私は湯浅という町を、スマホのマップで検索してみた。

 すると出てきた、紀伊半島の左側に。


『この場所から醤油は日本中に広まったんや。小豆島や龍野、銚子や野田っちゅうところにな』


 どうやら、湯浅という町は本当に醤油発祥の地らしい。

 お父さんに言ったら喜んじゃいそうだから黙っておく。

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