第13話 錬金術助手
演習明けの狩猟器の整備を大急ぎで終えた俺は、同級生たちのあきれ顔を背に足早に学院を出た。傾き始めたばかりの太陽を背に運河にかかる橋を超えた。
急ぎ足で土手を回って工房の裏に回る。木戸まであと少しというところで、その木戸がいきなり開いた。
「…………に近くに来てるの? 普段ならもう少し後の時間……。あっ」
顔を出して左右を確認したレイラ姉が俺の姿を見つける。驚いたように後ろを振り返った。彼女の背後にはスカートの影に隠れるように小柄な白い髪の少女がいた。
工房の裏庭に入るとレイラ姉の後ろからシフィーが俺の前に出てきた。
「よかった。ちゃんと街にもどれたんだね」
「はい。レキウス様のおかげです」
祈りを捧げるように両手を胸の前で握りしめる少女。彼女が無事にここにいてくれることにほっとした。
「それで、レキウスはこの子をどうするつもりなの?」
どこか警戒した声でレイラ姉が俺に聞いてきた。
…………
「夕方、この子がウチの前で立ち尽くしてたの。それで話しかけたらレキウスの名前を書いた紙が出てきたけど、預かってくれとしか書いてないし」
「それはその、もし途中で別の人間に見られたらと思って」
工房の中に入るや、レイラ姉は唇を尖らせて俺に説明を要求する。確かに急いでいたとはいえもう少し書き方があった。
とはいうもののシフィーの様子を見ると、森で分かれた時よりもずいぶん身ぎれいになっているのが分かる。足の動きにも違和感はない。何よりもあれだけ周囲におびえていた少女がレイラ姉には早くもなついているようだ。
もちろん、これからのことを考えればレイラ姉のそういうところに甘えているわけにはいかない。
「この子を工房で雇ってほしいんだ。できれば住み込みで」
「それもこの子から聞いたけど。そりゃ、レキウスの注文のおかげで少しは余裕があるのは確かだけど……」
レイラ姉はちらっとシフィーを見て声を潜めた。レイラ姉は工房の一人娘、人を一人増やすのがどれだけ大変かは知っている。
「同情とかの話じゃないんだ。この子の力が錬金術工房で必要だと思っているから声を掛けた」
「どういうこと?」
「うん。多分見てもらった方が早いと思う」
俺は魔力色媒の伝導率測定盤を取り出した。
…………
「緊張する必要はないから。ここに指を付けて。そう、そして体の奥心臓の方から力を送り出す感じで……、そうそう、それでいいから、そのまま……」
白髪の少女は恐る恐る、でも真剣な面持ちで指を測定盤につけた。盤の上で赤、青、緑のそれぞれの色媒のラインが光を伸ばしていく。俺は光ったラインの長さを記録した。
シフィーはびっくりした顔で自分の指先を見ている。何をしたか分からないようだ。俺が同じことをしているのを何度も見ているレイラ姉も驚いた顔になった。
「この子は騎士様の力を持ってるってことなの?」
「正確に言えばこの子のご先祖様が騎士だったってことになるんだろうね。ただ、普通の騎士とは少し違って……」
演習から戻った後、俺は資料室の書庫で昔の記録を漁った。調査の対象はグランドギルド時代に『白騎士団と呼ばれた特殊な騎士の記録だ。
グランドギルド直属の騎士団だ。全員が白髪の騎士で構成されていたという。騎士といっても魔獣を狩る普通の騎士とは違う。彼らの狩りの対象はいわば人間だ。つまり、グランドギルドに逆らった植民都市を懲罰するために派遣されていたのだ。
いや、歴史的な意味で正確さを期せば、騎士とは元々は彼らのことを指す。
グランドギルド時代、魔力を用いる人間は三階級に分かれていた。最上位が魔術士でグランドギルドに住み魔術を研究開発する。魔力色媒や狩猟器、そして術式。果ては結界を作り出したのは魔術士だ。
その次が騎士でグランドギルドから与えられた白魔術の狩猟器を手に、グランドギルドに逆らうものを討伐する。
そして、最後が植民市で森の魔獣を狩る猟士だ。現在都市を支配する騎士様の先祖だ。
グランドギルド滅亡と共に魔術士が滅んだ時、外に派遣されていた白騎士団は生き残ったらしい。ただし、彼らもその力のほとんどを失った。白魔術に特化した資質だった彼らはグランドギルドからの色媒や狩猟器の供給に依存していたのだ。
これまでの恨みとばかりにどこの都市からも受け入れを拒まれ、逆に迫害されてちりじりになって歴史の中に消えて行ったらしい。
ただ、かつての恐怖と圧迫の象徴として白い髪の人間への憎悪と偏見は残った。何しろ、都市ごと滅ぼされたという伝承もあったくらいだ。
ちなみに現在の騎士が『騎士同士の殺し合いを禁忌』とする理由の根源だ。まあ、これに関しては騎士の数が減れば都市が衰退するという実質的な理由が大きいだろうけど。
「……じゃあさっきレキウスが工房の側に来たのに気が付いたのも……」
「俺の魔力を覚えていたんだろう。実は魔力が低い方がこういう微妙な変化には敏感なんだ」
「…………つまり色媒の品質についてもわかるってこと」
「そういうことなんだ。というわけで」
俺は腰を落とし、彼女の視線に高さを合わせてから改めてお願いする。
「君にはここでボクの錬金術の手助けをしてほしい。そうだな、僕の助手ってことでどうかな」
「私がレキウス様の助手…………。は、はい。ありがとうございます。ご恩返しできるように一生懸命頑張ります」
シフィーはぱっと顔を輝かせる。ご恩返しとか大げさなことはいいんだけどな。さっきの様子を見る限り助かるのは俺の方だと思う。現在の騎士としては向かない三色に偏りのない資質は、色媒精製の工程の品質管理という面では最適だと思う。
そうだ、後一人ちゃんと話しておかなくちゃいけない人がいるな。
…………
「何かあったときは俺の助手を預かってるって形にしてもらっていいから。その……親方にとってはあの髪の毛は不吉に見えるかもしれないけど」
夕方戻ってきた親方と裏庭でシフィーのことを話す。
「…………確かに俺はダルムオンの出だからな。あっちじゃ街を燃やす白い悪魔って言われてたくらいだ。俺も子供のころは「悪いことをすると白い悪魔に連れていかれるぞ」なんて脅されたもんだ」
親方は裏庭から工房の窓の向こうを見て言った。シフィーがレイラ姉から工房の道具の配置南下を教わっている。
「え、ええ……。でも……」
「ああ、あの子に罪があるわけじゃないしな。第一仕事の為っていうんなら断る理由はない」
「助かります」
「それにな、白い髪が街を滅ぼしたなんてそんなおとぎ話なんぞ、実際に故郷が燃えた時に吹っ飛んじまったよ。だからそうだな、不吉っていうのなら……」
親方は夕暮れの空を見上げた。
「こんな風に夕日が揺れてるのを見る方がよっぽどだ」
「親方?」
「おっと、いやなことを思い出しちまった。とにかく、あの子のことは引き受けたから心配するな」
「よろしくお願いします」
工房にもどる親方に頭を下げた。そして、二人にも挨拶をしてから工房を出た。来た時と同じく運河の土手を回って橋に向かう。
「夕日が揺れる、か」
橋を渡る前、ふと親方の言葉を思い出して空を見上げた。西の山に沈みかけた茶色の太陽が僅かに歪んで見えた。そういえば最近よくこういう風に見えるな。
◇ ◇
「レキウス様。これでどうでしょうか」
シフィーが緊張の面持ちで木のトレーを差し出した。上には緑の粉末が乗っている。先日練習用に渡した下級魔獣の髄液で精製の練習をしてもらったものだ。受け取った粉末をエーテルに溶かしテストしてみる。
「うん。初めてでこれなら上出来だよ」
「ありがとうございます」
量はだいぶ減っているが質は高い。魔力感覚の繊細さとバランスのたまものもあるが、何よりも原料に対して丁寧に丁寧に作業したのだろう。彼女の手を見る。酸の飛沫で指先がところどころ赤くなっている。
俺も覚えがあるけど、最初はどれだけ気を付けてもやってしまうものだ。ただ、シフィーは女の子だしちゃんと気を付けてやらないと。
「じゃあ次の色に取り掛かりますね」
「うん。ちょっとレイラ姉と話してくるから出来たら呼んで」
工房を出て帳簿を付けているレイラ姉の所に行く。
「この調子なら遠からず僕よりもうまくなるんじゃないかな」
「よく働くからね。昨日も夜遅くまでずっとレキウスが渡した原料と格闘してたし。作業がないときは普通に表の工房の作業を手伝ってくれる」
「やっぱりそうか」
原料を無駄にしないように、教えた通り細かく分けて何度も練習したのだろう。そうするとどうしても自分の手元に隙ができる。
「出来ればあんまり根を詰めないように見てやってほしい」
見た限りここに来たばかりの時よりもずっと血色がいいし、表情も明るい。だからと言って気を張ってばかりじゃ限界が来る。特にあの子の場合、ほかに行くところがないって状況だ。
「わかってる。けど本人としては誰かさんの為に役に立ちたくてたまらないって感じだけど。危ないところを助けてくれた騎士様だものね」
レイラ姉は俺をからかうように笑った。
「ええっと、そういうのは柄じゃないんだけどな……」
「まあ、あの子がいれば薬品とかの注文もスムーズに行くから私としても大助かり。特に薬品とか、自分じゃ分からない理由で交換を頼むのは代金を大目に払っても気まずいからね」
なんやかんやでやっぱり慣れないことをしてもらっているんだよな。今度来るときは二人に何か甘いものでも差し入れないといけないな。
後は何よりも、もっと多くの注文だな。
今頃王女様達は最後のホットスポットに狩りのはずだ。禁猟期前の最後の狩りかもしれない。三番目のホットスポットは情報が少なくて、出現する魔獣の予想は立てられていないのが少し不安だ。
まあ、この前の演習の様子を見る限り心配は無用の心配だろうけど。
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