第14話 騎士院

(やっぱり杞憂だったな)


 心の中でそんなことを呟きながら教室から廊下に出た。あの二人が当たり前のように上級魔獣を狩ってきたという噂は学院に届いている。少し気になるとしたら、二日前には帰ってきていたはずの王女様が昨日は学院に出ておらず、俺への呼び出しが今日になったことだ。


 とはいえケガをしたとかの話は聞かないしな。何にせよ早く代表室で原料ちゅうもんを受け取ろう。そう考えながら階段の前まで来た時だった。


 俺の姿を認めた同級生が二人、意味ありげな笑いを浮かべて近づいてきた。普段は俺に声を掛けることなどない成績優秀者で名家の子、要するにデュースター派の親を持つ学生だ。


「リーディア様のパーティーの緑枠が決まったって話じゃないか。平民上がりだって話だが。ははっ、この前の演習でいよいよ見捨てられたみたいだな」


 普段は犬を見るような目だとしたら、今は捨てられた犬を見るような感じか。まあ、俺としてはすでに知っている話だ。むしろ工房の新しいお客様だ。まあ、この前の演習で見捨てられたというのは、ある意味あっているかもしれないけどな。


「まあ、そんな残念がるなよ。むしろ幸運だったと思うぞ。なあ」

「そうだな。そういえば昔から逃げ足だけは達者だったもんな」


 あいまいに首をかしげてやり過ごそうとした俺に何を思ったのか、二人はそんなことを付け加えて笑いながら去っていった。


 引っかかる言い方だな。そういえば昨日から廊下の雰囲気が少し変わった気がする。


 最近の王女様の活躍でおとなしかった彼らが妙に自信ありげだ。逆にデュースターに不満を持っていた学生たちはこちらを見て目を伏せている。


 これは上の方で何かあったか。となると工房にも影響が出る可能性がある。少し心配になりながら代表室に急いだ。


「三種類とも、ですか」


 代表室で俺を迎えたのは、廊下での心配を吹き飛ばす光景だった。王女様の綺麗な白い机の上に前に並ぶ三色の粉末。安心を通り越してある意味呆れる。三番目のホットスポットは予測では最も魔力が強いし、情報が少無かったということは逆にほぼ手付かずの穴場だったということだ。


 当然狩りは一匹づつ、場所を移動しながらだったらしいが、最強の魔獣相手に三連戦とは恐れ入る。


 もちろん、こちらとしては願ってもないことだ。冬前にまとまった注文が入れば職人街は大助かりだし、新しくできた助手シフィーに超級触媒の精製を教えることができる。


 ただ、これだけの成果を前に二人の表情が硬いのはどうしてだ。


「緑の色媒が早急に必要なの。精製を急いでもらいたいの」

「当然、無理を押すための費用は出す」


 王女様の目配せを受けてご令嬢が布袋を俺の前に置いた。中身を確認すると取り決めの倍の金額だ。割り増し分と考えても気前がいい話だな。


 住み込みになったシフィーの部屋の費用は一時的に工房の会計から出してもらっていたから、これでおつりがくる。彼女の作業環境も早急に整えよう。


 それにしても禁猟期前に急ぎか。緑ということは例の平民出身の騎士用ってことだよな。禁猟中に術式の改良をして春から本格的に始動みたいな形かと思っていたのだが。


「緑ということは例の新しい騎士の方用ですよね。術式の改良などの為に余分が必要でしょう。今回は私の取り分はなしということにしましょうか」

「それは…………。ええ、そうしてもらえると助かるわ」


 王女様は気まずそうに言った。この前同じことを提案した時には本末転倒だと説教されたが、やっぱり状況が変わったか。俺としては色媒はまだ余裕があるし、禁猟期で当然学院の演習もなくなるから問題はない。


「わかりました。なるべく急ぎます」

「ありがとう。それと、もう一つお願いがあるの。ホットスポットについて追加の調査をお願いしたいの。北区からリューゼリオンの付近までの繋がりをなるべく詳細に。頼めないかしら」

「えっ、もう全部確認は終わったはずでは? それに、禁猟期が終わるころには現在の魔脈のパターンは変わっている可能性が高いですよ」


 俺が聞き返すと、王女様とご令嬢は確認するように互いの顔を見合わせた。


「リューゼリオンに強大な魔獣が侵入してくることが予想されているの。魔獣は強力であればあるだけ魔脈の影響を受けるでしょ。私たちは誰よりも正確にその魔獣の進路を予想する必要があるの」

「リューゼリオンに向かってくる強力な魔獣?」


 思わず目の前の机を見た。三匹の上級魔獣を倒した証が置いてある。この二人にとって強大な魔獣なんてどこにも存在するわけが…………。いや、待てよリューゼリオンに侵入って言ったよな。つまり、猟地の外から…………。


「まさか」

「あなたの予想はおそらく当たっているわ。七年前と同じことが起きようとしているの。火竜がこちらに向かっている。今頃はもう猟地の北東の境に来ているはずだわ」


 王女様は二日前の騎士院でのことを話してくれた。それを聞いた俺の中には呆れ、怒り、そして恐怖が次から次へと沸き起こっては消えて行った。


 ――二日前――


 王宮に近接する半円形の建物には多くの正装の騎士が集まっていた。大理石の白壁に多くの魔獣とそれを狩る騎士の壁画が描かれている議場は騎士院と呼ばれる。都市にとって最も重要な活動である狩猟について管理権を有する機関だ。


 五十人の構成員は全員が騎士だ。そのほとんどは代々名門の騎士の家の人間で、平民出身者は二人だけ。ちなみに累代の騎士家の人間が若くして議員となるのに対して、平民出身者は引退寸前に名誉職的に任命されるに過ぎない。


 騎士院では猟地における問題、殆どが縄張り関係の裁定、の為に月に一度定例会議が開かれる。ただし、今回は急な開催である。騎士院の最大派閥であるデュースターが開催を要請したのだ。


 集まった議員達は落ち着かない視線を議場中央に向けていた。刻限は過ぎたのに、デュースター派の議員が占有している中央の席、その一番前が空席なのだ。


 半円形の議場の要の位置に座る隻腕の騎士、リューゼリオン王の元に灰色の文官服の老人が耳打ちをした。ほぼ同時に議場のドアが開き、五人の騎士が入ってきた。


 五人の中央を歩くのは一目で外来品と分かる青紫で染めた衣の四十半ばの男だ。大勢の騎士を待たせたことをまるで気にした様子はない歩みは、まるで自らがこの場の主と言わんばかりだ。デュースター家当主の傍若無人な振る舞いに、待たされていた騎士たちは一様に顔をしかめた。


 ただし、彼らが最も問題にしたのは遅れてきたことではなく、彼の横にこの場にいる資格がない若者が並んで歩いていたからだ。


 アントニウス・デュースター。騎士学院三年の初めに準騎士資格を取った優秀な学生であり、デュースター家の時期当主と目されている。とはいえ彼は、いまだ学生の身であることに変わりはない。二人の親子は堂々と議場を横切り、一番前の席にそろって座った。


「デュースター卿。今日の急な招集の主旨を説明してもらおう」


 隻腕の王が感情を抑えた声で最前列の男に問うた。ちなみに騎士院は建前上合議の場であり、王は他と同じく一議員だ。もちろんそれはデュースター家の当主も同様だ。


 その実、それぞれが影響下に置いている議員の数が物を言うということであり、現在のこの場の優劣は大きくデュースターに傾いている。ただし、当然両派の間には中立という名のどっちつかずの議員たち存在し、その動向が最近になって変わってきている。


 その状況に焦りを感じていたはずのデュースターが、このような挑発ともいえる行動をとった。それゆえにまずは手札を切らせるというわけだ。


「無論、猟地と都市の両方にとって大事が生じたゆえだ。我が息子が西北の森でただならぬものを見たのだ。アントニウス」

「僭越ながら実際にそれを視認したものとして説明させていただく」


 父親の言葉を受けアントニウスが立ち上がった。その態度はすでに議員であるかのようだ。


「待たれよデュースター卿。それはいくら何でも……」


 止めようとしたのは数少ない王家派の要であるベルトリオンだ。騎士の中でも代表者が集まるこの場で、いまだ正式な騎士ですらない者が発言するというのはあまりの僭越だ。


「あくまで“報告者”としてならば認めよう」


 翁を止めたのは王の言葉だ。立ち上がろうとしたベルトリオンはデュースター親子を人睨みした後座った。森では直接の目撃者の言葉が重視される。広い森の中で狩りを行う上で必要だからだ。その狩りの流儀にのっとり、発言権ではなく、報告者として扱うという妥協である。


 ただし、アントニウスの発言が始まると、先ほど怒りを示したベルトリオンすらも、表情に余裕を失っていった。


「それでは、私が見たものについてご説明します。それは……」


 若者の言葉に議場が静まり返った。


 アントニウスが語った事実の大きさに、全員が衝撃を受けたのだ。文字通り、リューゼリオン猟地に向かって対抗しようのない巨大な脅威が近づいてくるという話だったからだ。


「つまり、はぐれ火竜がリューゼリオン猟地に侵入する。それも、リューゼリオンを横切る進路だと」

「猟地から北に離れた山で止まっているようだが、例年であればそもそも視認できるほど近づく前にそれるでしょう」


 報告という形で一線を引いた王が、思わずアントニウスの意見を聞く形を取った。それに対してデュースター家の当主はニヤリとし、アントニウスは涼しい顔で答えを返した。

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