第12話 救出

 河原に出る。向こうには黄色の草の穂が連なる草地が見えた。魔獣の魔力と、白く弱い人らしき魔力は草原から森の方に向かっている。ここまで近づけば間違いない。あの少女に似た魔力は明らかに逃げていて、魔獣のそれは追っている。しかも、魔獣は二匹、明らかに獲物を追い詰める動きだ。


 急がないとまずい。狩猟器の魔力をいったん切る。浅い河にところどころ突き出ている石を見る。


「確か、こんな感じだったか」


 王女様のやっていたことを思い出し狩猟衣のブーツに体内の魔力を注ぎ込む。助走をつけて走り、最後の一歩に魔力を込める。足に羽が生えたようにとはいかないが、石から石へと飛び移ることは出来る。


 最後の最後でコントロールを誤って足を濡らしたが、河を超えて森に入った。三つの魔力の気配を追い、落ち葉の上を走る。


 途中、木の横に麦を入れた背負い籠が転がっているのが見えた。一瞬血の気が引いたが、弱弱しい魔力は森の奥の方に感じられる。息を切らしながら森の中を走る。


 大きな木が進路をふさぐ。右と左、どちらが…………。木の根に靴の片割れが見えた。右だ。


 大木の前に二匹の魔獣がいる。下級魔獣の山猫だ。そしてその向こうに、ぼろをまとった少女が座り込んでいた。二匹はじわじわと獲物に近づく。


 少女の左右から、牙をむいた魔獣が同時にとびかかろうとしている。少女は逃げ疲れたのか、あきらめたようにへたり込んでいる。


「まずい」


 体内の魔力の配分なんて器用なことは出来ない俺は、懐から魔力結晶を取り出した。強制的に狩猟器の触媒に魔力を通す。狩猟器に残っていた俺の魔力と、魔力結晶からの魔力が摩擦を起こした後、緑色の刃が浮かび上がる。


 水滴型の盾剣改を構えた俺は少女の前に走り出る。肘を曲げて盾を右に向けて一匹を殴りつける。体をひねって回転させた刃を伸ばし、少女の眼前に迫った一匹を切り伏せた。


 盾で叩いた方は地面に叩き付けられて痙攣、剣で切り伏せた方は既に絶命している。


 やっぱりこの術式は俺には向いているな。まあ、小型の下級魔獣の山猫相手だから当たり前だが。って、それよりも彼女は大丈夫か。


「君。無事か」

「………………ぁ…………。えっ。…………は、はい……」


 目の前で起こったことが認識できないのか、少女は信じられない物を見るような目で俺と地面に横たわる魔獣を見た。


 彼女の様子を観察する。ぼろぼろの服は木の枝に引っ掛けたのか端が引き裂かれ、片足は靴がない。足の裏は泥だらけだ。俺は彼女に手を差し伸べた。


「立てるかな?」

「…………あっ、は、はい。…………あっ」

「どうしたの、もしかしてどこか痛い?」

「あの時の騎士様……」

「いや僕はまだ見習……って今はそんなことはいいか。さあ、掴まって」


 彼女の手を取り立ち上がらせた。右足をつこうとしてつま先立ちになった。靴がない状態で走って、足の裏が傷ついているみたいだ。少女に背中を向けた。


「とにかく傷口を洗うのが先決だね。あっちに河がある。背中に乗って」

「で、でも、騎士様の服が汚れて……」

「大丈夫。この服はとても洗濯しやすいんだ。気にする必要はない」


 彼女を負ぶって河に向かって歩く。途中で靴と麦の入った籠を手に取った。彼女は俺の背中にぎゅっと掴まったままだ。


「そうだ、僕の名前はレキウス。君の名前は?」

「レキウス様……。あ、あの私はシフィーです。助けていただいてなんてお礼を言っていいか」

「いや、たまたま気が付いただけだから。それよりもどうしてあんな外れの場所にいたんだい?」


 疑問に思っていたことを聞いた。少女が顔を伏せた。やがて、彼女は俺の背中に語るように小さな声でぽつぽつと話し始める。


「……一緒にきた孤児院のみんなにあっちに行けって言われて。白い髪は呪われてるから魔獣が寄ってくるって」

「…………大変だったね」


 こみあげてくる怒りを何とか抑えてなるべく穏やかに言う。この子は僅かながら魔力がある。魔獣の標的になりやすいというのはある。危険のある森の中の労役で、誰もが余裕があるわけじゃない。


「とにかく、安全な所まで送るよ」

「…………ありがとうございます」


 採取地の中心近くを見て言った。シフィーは暗い顔で小さくうなずいた。確かに、彼女にとって必ずしも帰りたい場所じゃない。ただ、このままここに置いておくわけにはいかない。


 時間的にもうすぐ採取は終わりだ。とにかく街までは戻らないといけないのだ。



 仮に俺が彼女を追い出した孤児院の子供たちを叱ったとする。その時は騎士様の言葉に従うふりをするだろう。だけど…………。


「シフィー、今後のことだけど。こういった労役以外で何か仕事の当てとかは……」

「…………」

「そうだよね」



 彼女が小さく首を横に振る。背中越しに感じる弱い魔力。見習として下の下の俺よりももっと弱く三色のどれにも偏っていない。騎士見習にはなれない。魔獣の標的にはなりやすい。最悪だ…………。



 採取地の中心が近づいてきた。俺は彼女を下ろし、靴を履かせる。シフィーは俺に改めて頭を下げて、とぼとぼと荷台の方に向かう。


 今回はたまたま助けられたが、このままじゃいずれは……。


 いや、待てよ。魔力があるということはもしかしたら…………。俺はシフィーを呼び止めた。


「ねえ、シフィー。もし僕から君に頼みたい仕事があるって言ったら、どうする?」

「騎士様からのお仕事ですか。でも、私にできることなんて何も……。それに……」


 少女は俺の言葉にぱっと顔を輝かせたが、すぐにフードを抑えた。


「ここではうまく説明できないんだけど。君のその力みたいなのが役に立つ仕事があるかもしれないんだ。どうする?」

「わ、私なんかを雇っていただけるのなら。やらせてください。どんなことでも頑張ります」

「わかった。じゃあ……」


 俺は懐から紙を取り出し、自分の名前とレイラ姉の工房の場所をメモした。


「街にもどったらここに書いた工房を訪ねてほしい。レイラって人にこれを見せればいいから」

「あのありがとうございます」


 シフィーは渡した紙をぎゅっと胸の前で握りしめた。


 …………


 シフィーが採取労役者たちの荷車の後ろを街に向って歩いていくのを確認してから、俺は急いで演習地にもどった。


 演習は終わり、学生たちが船に乗り込むぎりぎりだった。俺は集合に遅れたことで教官から叱られる。しかも、今回の演習の成績はゼロだ。さっきの魔獣の魔力結晶を採取する余裕はなかった。


「こんなに遅れて何をしていたの。心配したわ」

「……街での仕事の為に必要なことです」


 船の前にいた王女様がこちらに来た。俺を探しに出ようとしていたらしい。船から「やっぱり一人じゃ何もできないよな」という同級生の陰口が聞こえてきた。俺は彼女に短く答えてから、何か言いたげな王女様を残して船の端に移動した。


 あの子は無事に街に帰れただろうか。明日工房に行ってあの子の仕事のことをしっかり考えないといけない。学院にもどったらまずは書庫だな。あの子の白い髪のことについてちょっと調べないと。

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