第11話 騎士の誇り?

 演習地までの泥道を一人歩く。行きと同じ一人だが、気分は大分違う。


 今日の一番重要な目的は俺よりもはるかに優れたあの二人の準騎士による超級触媒実戦テストだった。それは間違いなく成功したといっていい。二人の反応からいって、プロジェクトはまた一歩前進だ。工房の仕事はさらに増え、余禄として俺も自分に必要な色媒を入手しやすくなるだろう。


 工房に俺が付いていなければならないなどの問題はあるが、元々綱渡りみたいなプロジェクトだということを考えれば本当に順調といっていいはずだ。


 今回のテストをはじめ、彼女たちは協力的だし、騎士の常識外れの錬金術も全面的に受け入れている。もちろん、錬金術が狩りの役に立つという目的あってだが、それは彼女たちとしては当然のことだ。


 にもかかわらず心の中のモヤモヤが晴れない。あの王女様の言葉がなんでこんなに気になるのか分からない。


 「魔獣を狩ることが騎士の本分にして誇り」か……。


 騎士にとって狩りは一番の大事。騎士が魔獣を狩らなければ都市は存続できないのは厳然たる事実だ。少しでも強い騎士が一人でも多く、それが都市の繁栄につながる。それも認めるしかない。


 俺だってこっちに来てすぐのころはそんな強い騎士を夢見ていた時もあったかもしれない。まあ、すぐに現実を知ったのだが……。


 とにかく、騎士としての名誉だの誇りだのを俺に求められても困る。それは生まれながらの騎士であり、才能に恵まれ、守るべき家や地位がある彼女たちの理想であり、俺には荷が重い話だ。


 俺は彼女たちに錬金術の技術を提供し、お零れとして超級触媒の分け前を貰う。その分け前で低すぎる魔力を補うことで騎士として生き延びる。上級魔獣の相手なんて正直言えば二度と御免だ。彼女たちにどう見えたかは知らないが、あの時だってギリギリだったんだ。


 騎士の誇りだの名誉だの欲しくはない。同級生に馬鹿にされても構わない。これが俺の本音だ。


 大体、騎士だけが都市を支えているって顔をされても困る。運河の向こうの平民たちだって都市のために働いているんだ。錬金術がそれを直接証明してるじゃないか。


「……あとは何だっけ「森で仲間が危ないときには何を押しても駆けつける」だったか」

 確かにそういう建前もあったよな。それが建前にすぎないのはあの時のことが証明しているけど。


 なるほど、確かにあの時は彼女たちはピンチだった。俺にはそれを何とかできるかもしれない力があった。いろいろ事情はあったけど、彼女たちを見捨てられなかったのは確かだ。


 だけど、それは別に俺の騎士の誇りとかじゃない。


 仲間を守るのは騎士の専売特許じゃない。職人だって仲間同士助け合う。色んな技能を持った職人がそれぞれの技術を持ち寄って初めて衣服でも家具でも出来上がるんだ。


 何より俺が一番守りたいのは騎士「仲間」じゃない。自分の力で魔獣から身を守れないレイラ姉達だ。もしレイラ姉達が森に出る羽目になり、魔獣に襲われたら騎士が守ってくれるのか?


 平民は騎士にとって「仲間」じゃない。だってそうだろう。


 あの時、騎士様は父さんと母さんを助けてくれなかったじゃないか…………。


 頭を振る。今大事なのは過去のことじゃない。俺はレイラ姉達が間違っても同じことにならないようにしなくちゃいけない。


 そして、レイラ姉たちを守るために必要なのは俺の騎士の力でも狩りの成果でもない、錬金術だ。だからそれを優先する、それだけだ。


「大体、王家がきちんとしてないからレイラ姉達が苦労してるんじゃないか」


 学院の入学式で一度だけ見た男を思い出す。最後尾にいて小さくしか見えなかったが、隻腕の姿を見てあの時は仕方がなかったのかもしれないと納得した。


 自分の騎士としての才能がないことを思い知った後はなおさらだ。火竜を何とかしろというのは誰にとっても無理難題だ。あれは誰にも勝てるものじゃない。


 だけど、王が都市の管理者としてなら言いたいことはある。


 人頭税を払えず森に追いやった採取労役者が毎年何人死んでるか知っているのか。確かに森に出れば都市から追い出されないし、飢え死にしないだけの食料も確保できる。だけど、それは死と隣り合わせの危険なんだ。


 採取地の周囲を見回りする役はあるけど騎士といっても平民出身者が押し付けられているという話だ。採取地の見回りなんて騎士の仕事じゃない、って言葉を何度も聞いたことがある。


 職人の仕事は繋がってるんだ。一人いなくなったら、かかわる多くの職人に負担がかかり、それがまた次の職人の仕事をなくす。だからレイラ姉の親父さん、親方は職人の団結を守るために動いている。そもそも職人街が破綻したら商人も役人も騎士も、最終的には誰も得しないんだ。


 まてよ、俺の将来としては採取地の見回り役はちょうどいいかもしれないな。安全だし、錬金術で必量になる材料ともかかわる。今度王女様に将来を聞かれたらそう答えてみようか。彼女はどんな反応をするか……。


 って、何を嫌味みたいなことを考えてるんだ。いや、採取地の警護は将来としては悪くないと思うけど、それは別に彼女への当てつけじゃない。今の話だって、親はともかく彼女たちに責任があるわけじゃない。


 もう一度首を振る。


 …………彼女が俺の魔力の運用にアドバイスしようとしたのは善意だと思う。将来どうするにしても、魔力の運用について訓練すること自体は無駄じゃないだろう。あの二人がそれについて優れた技量を持つことは間違いないし、少しくらい付き合ってもよかったのかもしれない。


 じゃあなんで断ったんだろう。書庫で言われたときは少しワクワクしたはずだ。だけど、あの二人とのあんまりの差を見た後だと……。


 昔は何も気にしなかったはずだ。名門の生まれの騎士の子と自分じゃ、才能が違うのは当たり前だ。


 下手に一度肩を並べて戦ったからか。同級生に馬鹿にされても気にならないけど、彼女に失望されたり、カッコ悪いところを見せるのは…………。


 何を言ってるんだか。さっき言ったように俺に騎士の誇りだの名誉だの必要ないんだ。彼女にカッコ悪いところを見られるかどうかなんて大した問題じゃない。俺にはもっと優先すべきことがある。


 大体、彼女たちが魔獣相手にピンチになるなんてもう考えられない。そして、今のあの二人が苦戦するような魔獣なら、俺は完全に足手まといだ。


 そうだ、結局錬金術に集中するのが一番いいんじゃないか。


 当たり前の結論にたどり着いたことにほっとした。足元が確かになっていることに気が付いた。


 顔を上げると前方に紅樫の木が見えた。いつの間にか演習場まであと少しの所まで戻ってきていたらしい。


「……演習は演習だ。一匹くらい狩っておくか」

 向こうでは狩りをしている学生たちの気配がする。二年も最後になると、結構強い魔獣を狙っているパーティーも多いようだ。おそらくもう碌な獲物は残っていないだろう。


 だけど、俺は小さな下級魔獣で十分だ。あの落ちこぼれも何とか最低限狩りができるようになった、程度の評価が丁度いい。目立たず最後尾をついていく。三年生、四年生と少しづつ力を出していく。そのころには王家の勢力とやらも回復していればベストだ。


 あっちの方に魔獣の気配があるな、幸い誰も学生は誰もいない方向だ。ちょうどいいじゃないか。


「…………おかしいな。あっちは演習場じゃなくて採取地じゃないか?」


 魔獣らしき魔力がうろついているのは採取地の端っこだ。確か、麦くらいしか取れない痩せた場所だ。誰もあんな所に行かない。気にしなくてもいいか思った時、同じ方向に人間らしい形の魔力を感じた。


 なんだ、見回りの騎士がちゃんと動いてるじゃないか……。


 いやまて、この魔力は騎士というには弱すぎる。そもそも狩猟器からのじゃない。それに、この三色が完全に釣り合った弱い魔力はどこかで感じたことがなかったか?


 反射的に右掌を見た。そうだあの時、市場の端で白い髪の毛の女の子とンぶつかった時だ。助け起こした時、彼女の手に触れた時の感覚に似ている。ここまで三色が釣り合っていることはまずないから覚えていたんだ。


 そしてあの時、彼女が向かっていたのは採取労役の受付だ。


「念のためだ…………」


 俺は狩猟器を握りしめると、採取地に向かって走った。

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