第6話 落ちこぼれの講義

 工房から戻った翌々日、合同演習明けの学院の放課後になった。机を立った俺は講義プランを頭の中に思い浮かべながら廊下を歩く。自主練習に校庭に向かう同級生の間を抜け、階段を通り過ぎる。教室より立派なドアの前に立ち「失礼します」といってドアを開けた。


 二年生の学年代表室には、普段ならこの時間は自主練習に励むか、王宮で公務をしている二人の少女が待っていた。


「今日はよろしくお願いするわね」

「よろしく頼む」


 赤毛と黒髪の二人の少女が席を立って迎えてくれる。いつものテーブルに案内された。普段は部屋の奥側に二人が座るのだが、今日は空いている。


「今日はあなたの指導を受けるのだから当然でしょう」

「教わる以上は相応の礼は尽くさねばならん」


 目の前にいるのは先生オレよりはるかに才能のある騎士見習、いや準騎士だ。そして、術式の運用はもって生まれた魔力量とセンスが物を言う。

 この二人のエリートに騎士の本分である魔術に関して指導する。なかなか緊張する事態と言わざるを得ないだろう。


「どうかした?」

「いえ、責任重大だなと思いまして」


 俺は深呼吸して二人の生徒に向かい合う。この講義はいま進めている計画の重要な一部だ。俺と全く条件が違う、この二人にとってもあの色媒が有用であることを示す。これは、工房でやっている錬金術にとっても決定的なのだ。


 超上級色媒は普通に使う分には必要以上に魔力伝導率が高く、その代償に量が激減するという贅沢品だからだ。騎士は平民よりもはるかに贅沢な生活をするが、狩りにおいては実用と効率を最重視する。


「今手元に存在している超級色媒は先日工房で精製した緑だけです。なので、今日はまず合同演習で私が使った術式を用いて超級色媒による術式改良の概要について説明します」

「つまり、あなたのあの魔術の秘密がわかるということね」

「控えめに言っても興味深いと言わざるを得ないな」


 生徒たちの目が煌めいた。騎士らしく、実際の魔術の話には興味津々らしい。二人が頷くのを確認して、テーブルに大小二つの緑の術式を広げる。


「右が普通の盾剣バッシュ・ソードの術式です。そして左がそれを改良した盾剣改バッシュソード・カスタムの術式です」

「本当に中位術式だったのね。でも、こちらの小さい方はまるで理解できないわ……」

「とても動くとは思えないものだが……」


 二人は困惑した表情になる。


「そこまで難しい話ではありません。ポイントは二つです。一つは術式の規模の圧縮。もう一つは魔力の流れの循環を前提とした改良です。実は前半はお二人には必要ないのですが、両者は密接に関わるので順番に説明します。まず、改良の前提になる術式内の同色干渉ですが」

「ごめんなさい。一ついいかしら」

「あ、はい。どうそ。リーディア様」

「……その言い方なのだけど。私たちは教わる立場なのだから呼び捨てるべきじゃないかしら。少なくとも「お二人」とか「様」はおかしいと思うの」


 教室や廊下で間違って出たらこまる提案だ。だが、王女様の表情に退く気配はない。いってることは道理だしな。


「では、ええっとリーディア君、でどうでしょうか」

「まあ仕方がないわね。レキウス先生」


 王女様は少し不満そうにそういった。ちなみに隣のご令嬢は無言だ。サリア君を試すのはやめておこう。


「改めて同色干渉からです」


 説明を再開する。といっても教科書の内容だ。魔力は色が違うと近くの魔術効果を打ち消し合うほど干渉する。同色でも術式内の形や位置関係で魔力伝導率を落とす程度に干渉が起こる。


「ですが、超級色媒はその魔力伝導率のおかげでこの同色干渉を引き起こさないのです」

「なるほど。あの時あなたの魔術から干渉をほとんど感じなかった理由がそれなのね」

「確かに、単純な鎖の操作でも本来は無理な角度で動かせた気がするな」


 爆発的な効果を引き起こす赤と狩猟器自体が形を変える青にとってはそういうメリットも生まれるわけか。今日はともかく、実際に二人の術式改良になったら注意しておかないといけないな。


「この術式が小さいのは同色干渉がないことを利用して、無駄な部分を省いているからです」

「なるほど。それで術式が小さくなるのね」

「これはあまりお二人……二人には関係ないんだけど、術式の縮小と魔力伝導率の高さで、術式を維持するための魔力が半減します」


 俺の十倍以上の魔力のある二人には念を押しておく。中位術式の維持魔力が10とする。魔力が10しかない俺にとっては維持魔力が5になれば大助かりだ。


 だが、もともと100ある二人にとっては大した違いにはならない。二人は何を言っているのかという顔になる。


「術式の維持は狩りが始まれば常に意識しなければならない。半減なら関係がある。例えば狩りが終わった帰り道に強力な魔獣にあっても対応しやすい。群れに対した場合ならばなおさらだ」

「それに守りに回す魔力も確保しやすい。うまくすれば二度目の狩りもできるわ」


 一回の狩りでもひいひい言ってる俺とは考え方の基準が違ったか。普通に考えれば、この二人が全力で当たらなければならない上級魔獣が複数なんてまずありえないが、前回のこともあるしな。


 とはいえ、これだけでは上級色媒を十分の一の超級色媒に精製するまでのメリットはないはずだ。


「もう一つは、やはり魔力伝導率と術式の圧縮によるものですが、術式の中で魔力を使い捨てるのではなく、巡回させることでさらに必要な魔力量を減らすと共に……」


 俺は三角ソードシールドを合わせた術式の中央の菱形を指さす。


「ここで魔力量をコントロールすることで、配分を変えることができます。実際にやってみましょう。一瞬で消えますので狩猟器の中の魔力の配分をよく見ていてください」


 俺は自分の棒状の狩猟器を抜くと、魔力を込める。現れた水滴型の盾剣。その剣の部分と盾の部分で配分を変える。緑の魔術効果は一瞬だけ形を変えた後すぐに消えた。


「こんな感じです。おかげで攻守ともに中途半端といわれる盾剣を、単独で狩りを行う私に最適な術式として運用することが可能になりました。ここまでが概要です」


 確認するとぽかんとした二人がいた。


「…………え、ええ、言われたことは理解出来たと思うわ。ただね、改めて聞くと……」


 リーディアは我に返り、困ったような顔で俺を見る。


「まるでグランドギルドの魔術師に講義を受けている気分だわ。私、ほんの少し前にこの部屋であなたに「もっと魔術に真剣に取り組むように」って言ったのよね」

「いえ、あの頃はここまでできてなかったので……」


 もし俺がグランドギルドの魔術師なら、白魔術を使いこなせないといけないぞ。まあ、一度はそれを目指そうとまで追い詰められたし、超級色媒はある意味そのために作ったのだが。もちろん、これは口に出せない。秘密主義じゃないぞ。話がこんがらがるだけだ。そもそも途中で断念したし……。


「ちなみにここまで聞いてサリアの評価は?」

「……少なくとも前回の錬金術やその……職人の技うんぬんよりは理解できます。想像以上に恐るべきことです。ただ付け加えるとしたら……」


 なぜか腰を浮かして王女の前に体を移動させていたご令嬢が咎める口調になった。


「ほんのわずかとはいえ、中位術式を結界内で発動できることも十分異常だと認識するべきだ」

「すいません。普通できるものかと」


 魔術の位階が上がるほど結界の干渉が強くなるのは知っていたが、中位術式なんてつい最近までまともに使ったことがないから一瞬の発現すら厳しいとは知らなかった。


「確かに、自分の力をちゃんと認識してもらわないとね。ただでさえあなたは秘密主義なところがあるんだから」


 王女様はそこまで言うと、あわてて口を押えた。


「ええっと、言ってることは理解は出来たと思うわ。具体的にはどうすればいいのかしら」

「では術式改良の具体的な手順に行きます」


 俺は講義を先に進める。ここからが本番だ。魔力の抵抗点を見つけるやり方を説明する。それが終われば、二人に改良の候補として持ってきてもらった術式で同じことをしてもらう。ここまでは普通の色媒でもできる工程、のはずだった……。


「魔力を流して流れにくいところに印をつける……。うーん、よくわからないわね」

「駄目だ。何度やっても結果が変わる。抵抗といっても微かすぎる」


 俺は無言で二人の“優秀”すぎる生徒の苦戦を見ていた。


 ちなみに、王女様は赤刃レッド・ブレイドだ。刀身から魔力でできた刃が広がる狩猟器の強化で、典型的な中位魔術。ご令嬢は操作に徹した銀糸シルバー・スレッドだ。こちらは地味だな。どんな意図がある選択だろう?


 ちなみに見ていたら分かる。術式には当然抵抗点はある。だが、この二人は魔力量とセンスで最適の配分にすることで見えにくくしてしまっている。


「では、こうしましょう。色媒の等級を敢て落としましょう」


 二人に提案した。ここまで来ると先生が自信を無くす講義だな。


 …………


「なるほど、確かにここと、ここで魔力が滞っているわ」

「うむ。あまり意識していなかったが、よく見ると見えてくるものだな。もう大丈夫だ」


 二人の術式にポイントが付き始めた。


「では、その印が付いたところに隣接する術式をよく見てください。前後だけでなく隣り合うラインとの関係が重要です」

「なるほど確かに、ここのラインは術式本来の意味から考えたら無駄に長いわね」

「そういうことです。その無駄な部分を削ぎ落すことで、術式を圧縮します。効果の部分だけを取り出すイメージですね。これができれば次の改良もやりやすくなります。ここから先は超級色媒を使ったテストが必要なので今日はここまでにしましょう」


 俺は必死で術式に目を凝らす二人に言った。


「わかったわ。早く上級魔獣の髄液を入手する必要があるわね。サリア、次の狩りはいつにする。早い方がいいでしょう」

「冬の禁猟期も近いです。次の演習までにできた方がいいでしょう」

「賛成。そう考えると……」


 二人はホットスポットⅢの狩りの話に移る。熱心で才能ある生徒のおかげで順調に進んだことに少しほっとする。とはいえ、本番は赤と青の超級色媒がそろってからだ。まだまだ気は抜けない。


 しかし、この二人が超級色媒で術式を強化したらいったいどれほどのものになるのだろうか。おそらく俺なんかが足元にも及ばない力だろう。恐ろしいような見てみたいような複雑な気分だ。


 いや、そもそもこの二人の改良術式を用いるだけ獲物が果たしてこのリューゼリオンに存在するかの方が問題かもしれないな。

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