第5話 特別な注文②

 実験の仕上げ、精製した色媒の乾燥を待つだけになった時、レイラ姉は俺に向こうのことを聞かせろと言い出した。あんまり格好良くない話は避けようとしたが、そんな当たり障りのない話でレイラ姉が納得するはずがなく、結局は退学寸前だったことまで知られてしまった。


「…………やっぱり結構苦労してたんじゃない。この前はちょっとだけとか言ってたのに」

「いや、そりゃレイラ姉たちだって大変なのに心配はかけれないというか……」

「私には秘密主義はほどほどにって言ったのに?」

「だ、だから、今回はちゃんと話したから」


 咎めるように俺を見るレイラ姉に、しどろもどろになる。


「本当かな」


 レイラ姉は俺の真意を確かめるように、胸の下で腕を組んだままテーブルに身を乗り出す。おかげで両手で強調される二つの膨らみが目に毒だ。考えてみれば工房にいた時でも、こんな夜遅くまで二人で一緒にいることなんてなかった気がする。


 しかも、あれから二年。より女性らしく成長した憧れのお姉さんと二人っきりだ。実験に集中しているときは意識しなかったのに、緊張してきた。


「そうだ、肝心なこと聞いてなかった。レキウスは向こうで良い人とかいないの」

「良い人…………。は、なんでそんな話に!?」

「そりゃ、レキウスもお年頃だし。それに、なんかこの前と雰囲気が違うというか。なんというか、一皮むけたっていうか……」

「何を言ってるのか分からないけど、この前って、二週間くらいしかたってないぞ」

「こっちと違ってきれいな子が多いんでしょ。たまに市場で森に向かう騎士様を狩猟船を見ることがあるけど、みんな綺麗な白い服を着て、キラキラした装飾もつけてるし」

「そりゃ着てるものは綺麗だろうけど。でも」

「でも?」

「いやほら、工房街でも評判の美人のレイラ姉に比べられるような子は……ええっと、何人もいないから」

「そのお世辞、誰に鍛えられたのかな。今の話だとレキウスが可愛いと思ってるお嬢様が何人かいるってことになるよね」


 一瞬目を見張ったレイラ姉だが、そんなお世辞では誤魔化せないぞと、こっちに更に顔を近づけてくる。お世辞じゃないんだけど。それに、年ごろというのならレイラ姉の方が……。


「いやいや、さっきから言ってるだろ。同じ騎士見習っていっても平民出身者と元々の騎士の家は全く違うんだよ。高嶺の花というか。そもそも向こうが相手にしないよ」

「でも、この仕事のご注文主様はその偉い騎士様なんだよね。どうやってそのお偉いさんと知り合ったの?」

「そ、それは、同級生にたまたまその家の孫がいたからだけど」


 つい最近お邪魔したお屋敷での二人の私服姿を思い出して、視線をそらしてしまう。


「ほうほう、その孫娘さんと仲良くなったわけだ」

「いや、孫としか言ってない」

「綺麗な子なのかな」

「いや、そりゃ顔だけ見れば学年でも……。いやいや、むしろ嫌われてる。「平民出身者で魔力が低いならやり様で補え」とか「机上の空論で魔獣が狩れたら苦労しない」みたいなこと言われてるし」


 俺は両手をブンブン振った。レイラ姉はそんな俺を疑わし気な目で見ていたが「嘘をついてるみたいには見えない」といった。


「うーん。でも、こういう話になってるってことは認められたってことでしょ」

「いや、だからそれは行きがかり上というか…………」


 仕方なく合同演習のことを話した。そもそも今回の仕事に絡んでいるため誤魔化しがきかない。結局ほとんど聞きだされてしまった。俺の話を聞くとレイラ姉は一転して厳しい顔になった。


「…………つまりレキウスはその二人のお嬢様を助けるためにすごく危ない目にあったってことじゃない」

「いや、そこまで危ない状況になってるとは思わなかったんだよ。最初はこっちの無事を知らせて引き返させるだけのつもりだったんだから」


 あとでクライドから聞いたところでは、アントニウス・デュースターが王女様の“救出”に向かっていたらしい。だが二体ではなく三体の上級魔獣は向こうも予想外だったらしく、援軍を待っている間に俺達が狩りを終わらせてしまった、そういうことらしい。


「無理やり命令されたわけじゃないってことね」

「もちろん。向こうだって俺が現れたことにびっくりしてたくらいだ。そもそも、向こうだって俺を助けるつもりだったわけでね。だから、ある意味お互い様なんだ」

「……それなら仕方ない、かな」


 レイラ姉はそこで何かに気が付いたように、俺を見る。


「ちなみにその王女様の方は綺麗な赤い髪の?」

「よ、よく知ってるね」

「そりゃ、こっちまで話が聞こえてくるくらいだから。ふーん、そんな綺麗な王女様を助けたんだ。まあ、私としては危ないことにあんまり巻き込まれて欲しくないけど……。でも、なるほどねえ」

「何が言いたいの」


 少し困ったような、それでいて面白そうな顔で俺を見るレイラ姉につい、そう聞き返した。


「いや、男の子だもんね、レキウスも」

「いや、だから行きがかり上……。それにほら、その王女様だって俺には二言目には説教だよ。助けた後も叱られたくらいだ」

「むっ。それはちょっと聞き捨てならないかな。その王女様はなんて言ったの?」

「それは………………ええっと、その、秘密主義が過ぎるって、言われたかな……」


 俺は仕方なく答えた。正直バツが悪い。ほら自分の言った通り、と言われるに違いない。だが、レイラ姉は虚を突かれたように目をぱちくりさせた。


「へ、へえ、レキウスのこと理解してるんだ……。そっか、ふーん」

「ほ、ほら、もう実験終わりだから。最終チェックをしないと」


 なぜか少し声音が低くなったレイラ姉に、慌てて仕事にもどることを提案した。


 …………


「やっぱり部屋よりは段違いだな」


 朝の光に照らされた緑色の結晶を見る。工房の設備、特に水車の回転を使った結果、収量はかなり増えた。後は工程と道具を工夫すれば、目標である倍量は達成できるかもしれない。


「レイラ姉のおかげで一日目としては申し分のない成果だよ」

「そりゃ、ウチの工房はこういう作業の為の場所ですから」


 レイラ姉はそういって胸を張る。


「でも、かなり難しいというか微妙な工程だね。後ろから見てただけだけど、その光の長さが品質になるんだよね」

「そうだな、ほんのちょっとの器具の形とかでだいぶ変わる」

「薬品も、ちょっと古いの使っただけでね」


 超上級色媒は本当に繊細だ。だからこそ、最適な薬品や器具をそろえて少しでもぶれを減らさないといけない。つまり、それはやはり魔力を持つと同時に、職人としての技術が必要だということだ。


「そこを何とかするための道具と薬品の工夫だよな」

「薬品にしても器具にしても信用できる相手に頼むから、ある程度は融通聞くと思う。今回の注文だけで、ウチだけじゃなくてそういった店や工房も大助かりだし。でも、そのほんのちょっとの差までこっちでカバーできるかって言われると……」

「そうだよな。今のところ、工程ごとに俺が品質をチェックしないと駄目だな」


 必ずしも悪いことではない。職人工房の未来を考えれば、下処理という形でこちらに任せることができればなおいいのだ。だが、それをやるためにも俺がいないと駄目だ。


「そういえば、付き合いのある工房とか原料を入れてくれる店だけど。親父さんがウチはいいけどって」

「ああ。この前も、職人の家が一つ潰れたんだ、元々父親だけだったんだけど、その父親が人頭税の支払いができなくて森で……」


 俺達は暗い顔を見合わせた。レイラ姉が言ったのは俺も名前だけは聞いたことがある細工物職人だった。


「そうだ、確か俺達よりも小さい娘さんがいるんじゃなかったか」

「それがそのね、髪の毛が白かったらしくて、誰も引き取り手がいなくてね。孤児院に入れられた」

「それって」

「父さんが言うには、昔のダルムオンに比べれば扱いは全然ましって話だけど」

「白の忌み子か……」


 グランドギルド時代、傘下の都市を押さえつけるために白騎士団という組織があった。グランドギルドに逆らった都市を懲罰するための組織だ。だからいまだに、白髪の子はきらわれる傾向にある。


 特に旧ダルムオンは大規模な反乱の際、沢山の人間が白騎士団に殺されたことが伝承として残っていたらしい。逆にいえば、そういう歴史がないリューゼリオンはそれほどでもないということだ。


 それでも、ただでさえ孤独な孤児がそんな状態というのはかなり厳しいはずだ。親を森で失った人間としては他人事には思えない。


 とはいえ、今の俺は自分とその周りを守るだけでもギリギリだ。できることは、この仕事を少しでも早く軌道に乗せて、そういう子が増えないようにすることだけだ。


 そのためには、今回できた緑の超級色媒を使ってあの二人に術式の改良について教える。錬金術で、そして何より職人の力で作った色媒の力を示さないといけない。

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