第二章 結界

閑話 深夜の密談

 リューゼリオン王宮に近い一つの屋敷。周囲と比べれば小さいながら無骨なたたずまいに歴史の古さを感じさせるその建物は、騎士院の中でも数少ない王家派、ベルトリオン家の屋敷だ。


 母屋二階の一室には日付が変わろうというのに明かりがついていた。中では二人の少女が座卓を挟んで話をしている。足を斜めに崩して座るのは赤毛の少女。入浴の後の朱の髪はしっとりと水気が残っている。半袖のベージュの夜着は胸元を紐で結ぶ飾り気の少ないゆったりとしたものだ。


 少女のほつれた赤毛が頬からテーブルに垂れ、よじれた胸元から無防備なふくらみが見えそうになっている。床に崩した足の健康的な白い肌がまぶしい。


 彼女の話相手は幼馴染でパーティーメンバーの黒髪の少女だ。薄藍色の七分袖の夜着は胸元に同色のリボンがあしらってある。きちんと足をそろえてテーブルに座っている。


「彼が恩人であることは間違いないでしょう。明日招く理由は助けられたお礼なのよ」

「もちろん恩人として歓迎するつもりです。ですが、第一の目的はあの者の秘密を見極め、王家にとってその存在が有益であるか害であるかを判断することです」

「害だとは思えないわ。だってそうでしょ? 彼がいなければ私たちは今頃……」

「その通りです。我々があの場から生き延びることができたのは、あの者が上級魔獣を倒すほどの力を隠し持っていたからですから」


 二人の美少女が話題にしているのは同級生の男子だ。ただし、二人の話はどこかかみ合っていない。


「そうね、私は彼と肩を並べて戦ったのだもの。彼の魔術は凄かったわ」

「ではお聞きします。その魔術を用いていた本人の魔力はいかがでしたか?」

「それは……。正直とても小さかったわ」

「私はあの者から青の色媒を譲られました。あり得ないほどの質の高さだったのです。私が知る最高の物と比べても隔絶していました。どうして緑の魔術を用いる者が、私が使ったこともないほどの青の色媒を持っているのかはともかく、まずはあの者がどのようにしてあの触媒を手に入れたのかを知る必要があります」

「確かに。狩猟器に描かれた術式の光はまるで……」

「西方や東方の都市連盟には我が都市を凌ぐ魔術があると聞きます。そういったものを扱う闇の組織があるという噂も……」

「あくまで噂でしょ。あったとしてどうやって彼が入手するのよ」

「それは……」

「それに色媒だけじゃなくて術式自体すごかったじゃない」

「それもです。あの者はこともあろうに中位術式の盾剣バッシュ・ソードだと言ったのですよね」

「あれが中位なんて確かにあり得ないけど……」

「学年、いえ学院始まって以来の落ちこぼれといわれながら、あれほどの力を隠し持っていたのです。あまりに得体が知れない。怪しいと言わずに何なのですか」

「でも、彼は私達を助けるためにその隠していた力を振るってくれたんじゃない。サリアには秘密の色媒まで分けてくれたわ」

「それは……。確かにそうなのですが……」

「あなた流に言うなら王家の為にも協力を得るべきではないのかしら」

「確かに、あの色媒一つとっても……」


 リーディアはここぞとばかりにパートナーを説得する。だが、サリアは警戒心を解かない。


「ですが、あれほどの力です、一体どれだけの対価を要求をしてくるか。警戒は必要です。いきなりパーティーメンバーに誘うなど早計過ぎます。まあ、断られてしまいましたが」

「…………だって、あんなふうに助けに来てくれて、その後も肩を並べて戦ったのよ。応じてくれると思うじゃない」


 リーディアはその時のことを思い出したのか、ぎゅっと掌を握り込んだ。


「そういえば、あの者は私たちを助けたのは養家の為だったといっていました。どうやらレイラという平民娘のことをよほど大事に思っているようですが」

「だ、大丈夫よ。養家ってことは家族同然ということでしょう」

「何が大丈夫なのでしょうか? よもや……」

「ええっと、それは………………あれ、何でかしら? こちらに上がっても養ってくれた恩を忘れないのはいいことよね……」

「…………はあ。とにかく、あの者は王女直々の誘いを断ったのです。リーディアが散々説教したことが祟ったのでは? 助けられた後にも説教をしていましたが」

「あれはいつもの癖で……彼を心配してのことだし……。それをいうのなら、サリアこそさんざん彼に強く当たってきたじゃない」


 親友の反論にサリアは「くっ」と口ごもった。


「確かに、あれほどの力を隠し持っていたとは思わず、失態だったと言わざるを得ません。もし私の態度であの者が王家に反感を持ったなら私の責任です」

「ええっと、そこまで言うつもりはないのだけど……」

「いえ、私にも覚悟はあります。もしもあの者がこれまでの私の態度を問題にしたなら」

「したなら?」

「この身を差し出してでも、恨みを解くつもりです」

「ちょ、ちょっとサリア?」


 悲壮な覚悟をその表情に現す友人にリーディアは慌てた。


「己が家に誘い込むこの機会は逃せません。あの者が私に対して恨みを抱いていても。一晩かけて晴らさせれば多少はましになるでしょう。男という物は女を支配して喜ぶものと聞きますから……」

「ね、ねえ、冷静になりましょう。話がおかしな方向に行っているとおもうわ」

「そうでしょうか、もともと王家の為にあの者を篭絡するという話では?」

「違うでしょ。……というかサリアはその、そういうことうまくできる自信があるの?」

「それは、まったく自信はありませんが…………」


 二人の少女は同時に部屋のベッドを見た。そして、何を想像したのか、そろって顔を朱に染めた。


「…………申し訳ありません。少し冷静さを欠いていたかもしれません。王家の為に切り札足り得る相手であることは確かなのです。それが私の不見識で敵に回すことになればと」

「も、もう、いつも通りだったからそんな風に切羽詰まってるなんて気が付かなかったじゃない。とにかく、ちゃんと礼を尽くして歓迎することから始めればいいのよ。王家の為云々にしてもまずはそこからでしょう」

「…………確かにそうかもしれません。そもそも、あの者がそう簡単に秘密を明かすなどあり得ないのですから、長丁場の覚悟が必要です。一歩一歩冷静に進めなければ」


 ようやく結論らしきものに達した二人の少女だが、それはやはり食い違ったままだった。ただ一つ言えることは、話題人物がいま何を思っているかは二人の想像の外だということだ。


 同じころ、学院の寮では一人の男子生徒が眠れぬ夜を過ごしていた。騎士院の名家に呼びつけられたことを、そこで求められるマナー等も含め、戦々恐々としていたのだ。

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