第21話 合同演習⑤ エピローグ

「……………………これを成績として認めるわけにはいかない。今回の合同演習、レキウスの成績はゼロ点とする」


 俺が提出した魔力結晶を見た教官は、こわばった表情でそう言った。



 上級魔獣との戦いが終わり、俺達は森から集合宿泊地にもどってきた。魔力切れで体に力が入らない俺は丘を上がるのも王女様に支えられる情けない姿だった。ちなみに、ご令嬢の方は狩猟衣に魔力を通すことで自立できるようになっている。山岳熊を拘束し続けて魔力を使い果たしていたはずなのに回復速度の違いがすごい。


 ともかく、同級生たちに見える俺の姿は危険地域に踏み込んだ挙句に王女様に救出された落ちこぼれの姿だ。それも前回の演習に引き続き二度目。いつにもまして軽蔑の視線が集まる。


 ただ、ゴードンのパーティーメンバーだった三人だけが、信じられないものを見たような顔になっていた。まあ、あいつらの中で俺は下級魔獣である胡狼ジャッカルの群れに食われて死んでたんだろうからな。


 ご令嬢が王女様に耳打ちしてどこかに向かった。俺とリーディアは今日の成績の提出の為に、教官の元にいく。


 まず王女様が提出する。二つの大きな緑の魔力結晶。上級魔獣銀狼王フェンリルのつがいを二人で狩ったというあまりにも大きな成果だ。注目していた同級生たちが一斉にどよめく。


 よく見ると学年が違う学生たちまで見ている。


 教官は明らかに困惑した顔で魔力結晶を前に固まるが「どうしましたか?」という王女様の声に「お、お見事です」といって成績を記録した。


「ではレキウス。お前の成果を聞こうか」


 次に歩み出たのは俺だ。教官の顔には焦りが浮かんでいる。せめて俺くらいは仕留めないとというわけだろう。俺はベルトの小袋ポーチの紐を解き、中身を盆の上に開けた。


 コロコロと小さい緑の魔力結晶が転がり出てきた。五つの魔力結晶を見て、教官の顔が引きつった。


胡狼ジャッカルの魔力結晶五つです。二つは魔力を使い切ってしまいましたが、何点になるでしょうか?」


 俺は教官に尋ねた。もちろん計算など終わっている。



 狩りが終わった後一番問題になったのが帰還後のこの成績記録だ。


 仮に俺たち三人が銀狼王を狩ったという事実そのままの形で提出したとする。上級魔獣の魔力結晶は得点とかそういう問題じゃない。三人で二体どころ一体でも、俺の退学を回避するための十点なんてクリアできる。というよりも、三人で狩ったなら中級魔獣でも大丈夫だ。


 だが、まずそんな得点を認められるわけがない。何しろ狩り場での臨時パーティーによる成果だ。ルールにのっとり公正に得点がゼロになるだろう。つまり、退学だ。


 これを不思議に思う他の教師も学生もいないだろう。当たり前だ、俺が上級魔獣狩りに参加したなんて誰が信じる。もっと言えば、信じられては困る。


 だから、銀狼王は二人で狩ったことにする。まあ、王女様はずいぶんと抵抗したけど「この狩りにおける最大の貢献はレキウスだから」とか。


 ちなみに俺は魔力結晶の代わりに銀狼王の髄液をすべて貰っている。今の俺には何よりも必要なものだ。


「これを成績として認めるわけにはいかない」


 驚愕の目で盆の上に転がった緑色の粒を見た教官が、引きつった声で言った。「認めるわけにはいかない」とは正直な言葉だ。まあ、実際に驚いているのは間違いないけど。


「何故でしょうか? これで十二、三点はあるはずです」

「そ、それはだな。……そうだこれは臨時パーティーの成果のはずだ。ゴードン。ゴードンはどこだ」


 教官はあたりを見渡し自分の共犯者を探す。


「リーダーはあっちのテントで治療中です……」


 答えたのはゴードンのパーティーメンバーの三人の中の一人だ。彼らはみな手足に包帯を巻いている。先ほどクライドに聞いたところ、リーダーは左足と右手をかなりひどくやられたらしい。おそらくもうちゃんと動かせないだろうということ。


 片足と利き手が動かないとなると、騎士としては絶望的だな。だが、教官にとってそんなことは重要じゃないらしい。


「ならお前らでもいい。この胡狼の狩りはお前たちが関わってるのではないか。お前たちのその傷、胡狼によるものだろう」


 教官はパーティーの残党をにらみつけるように言った。


「…………ええ、まあ…………そうですね。ボクらもその場にいました」

「場所はどこだ」

「……東の森の中域の河沿いです」

「ではレキウス。この魔獣を狩ったのは?」

「東の森の河沿いです」

「決まりだな。これも成績としては認められない臨時パーティーによるものだということだ」

「でも、それはこいつらが俺の跡を付けて。というか先生が計画をゴードンに……」

「何を言っているかわからんな。とにかく、お前の得点はゼロ。退学だ」

「ちょっと、いい加減に――」

「あのー。ちょっとおかしいことがあるんじゃないでしょうか。僕の聞いた話によるとレキウスはそのころ森の奥にいたはずです。確かそういっていたよね。ネーゼル」


 王女様が抗議しようとした時、のんきな声が上がった。クライドが手を上げて立ち上がり、一人の男子生徒に聞いた。親がデュースターの当主パーティーにいるネーゼルだ。実力も学年では指折りで、王女様のパーティーに次ぐ。


「そうね、私はあなたからそう聞いたわ。確かに見たといっていたわよね」


 リーディアが問い詰める。ネーゼルは明らかに青ざめる。そりゃそうだろう。デュースター派による王女襲撃計画は失敗した。失敗した計画には生贄が必要になる。


「そ、それは、私も別の人間からそう聞いたんだ」

「へえ、もしかしてそれってゴードンかな。なんかやたらと昨日からレキウスの動向を気にしてたし。あいつはもう退学だとか、そんなことを言ってるのを何人もが聞いているんだけど」

「そうだったかもしれないな。…………いや、細かいことなど覚えていない。こっちだって狩りで忙しかったんだ」


 ネーゼルはしどろもどろだ。その視線は教官と、いやその背後にいつの間にか来ていた中年の騎士院議員に向いている。だが、クライドは「なるほど」というと教官に向き直った。


「これが本当ならレキウスは河の西と東の二カ所に同時にいたことになるんですよ。それも、どちらの証言もゴードンが関わっている。これはおかしいですよね。ここは、レキウスとゴードンが事前に提出した狩猟計画を突き合せるのがいいのでは?」


 俺は今朝、クライドにゴードン達の動きの情報をそれとなく集められないかと頼んでいた。それが生きてきた形ではある。ありがたいけど、なんでいつも前に出ないこいつがこんなに積極的に……。


「そ、そこまでする必要はない。ネーゼルの言葉は本人が言う通り伝聞だ。一方、ゴードンのパーティーの証言は本人たちのものだ」

「いや、合同演習は学年の締めくくり。確認しておいた方がいいだろう」


 突然、教官の背後から老人の声がした。初日に見た騎士院の元老とかいう爺さんだ。見ると、さっきどこかに向かったご令嬢が一緒にいる。そういえば、このお偉いさんはご令嬢の祖父だった。


「べ、ベルトリオン翁。いえ、これは騎士院議員のお手を煩わすようなことでは」

「いや、構わん。こういう時の為の監督役だからな。狩猟計画二つ突き合わせるだけではないか。早く持ってくるがいい」


 青くなった教官に老人が命じた。もう一人の騎士院議員が老人に何か言おうとしたが、老人はそれを視線一つで抑えた。やがて、教官はしぶしぶと二枚の紙を持ってきた。老人は手渡された二つを見比べる。


「これを見ると、両人の計画は全く違うな。では、実際の当人たちの当日の行動はどうなっている。こちらは成績として記録されているはずだな」

「…………はい」


 教官はあきらめたように成績表を老人に渡す。


「この二つを突き合わせるとレキウスという生徒はおおむね計画通りに行動している。一方、ゴードンらは事前の計画とまるで違う。それこそレキウスの計画をなぞるように動いている」

「それは……た、確かにそう見えます」


 目の前の光景は生贄を誰にするかの駆け引きになっている。この場合、圧倒的に不利なのはこの場にいない方の平民出身者ゴードンだ。ちなみに彼のパーティーメンバーは「俺たちはリーダーの言うとおりにしただけだ」と必死にアピールを始めた。


「つまり、ゴードンらがやったことは臨時パーティではなく、妨害行為ということになるな。そうではないか教官」

「そ、そんなことは……いえ。確かにこれを見る限り…………そう考えるしかないかと」

「ふむ。では、この五つの胡狼ジャッカルの魔力結晶はそこの男子生徒の成果と認められるわけだ。そうだな」

「は、はい。その通りです。ゴードンはなぜこんな不正を、まったく……」


 騎士院議員の言葉に教官は苦渋の表情で頷いた。どうやら生贄が決まったらしい。だが、老人は続ける。


「どうも最近、学院の教育体制にほころびが見られる。今回の合同演習でも上級魔獣の演習区への侵入や多数の負傷者など。特に慎重な育成が必要な平民出身者に配慮が欠けるようだ」

「そ、それは、しかし学院はあくまで優れた騎士を排出することを第一の目的としており……」

「確かにそれも道理だな。では、平民出身者の教育については今後この老骨が骨を折ろう。理事の席が一つ空いたはずだ、久しぶりに若者と交わるのも悪くない」

「そ、そんな。その席は私に約束されて」

「ちなみに、ゴードンという学生がどうして他者の狩猟計画を盗み見ることができたのか、それに関しても審議が必要そうだな。話によるとある教官が、急にレキウスという学生の退学を推し進めたという話もある」


 老人のその言葉で教官はうなだれた。


 …………


 成績の登録が無事終わり、俺はテントで引き揚げの準備をしていた。何とか退学は免れたが、今後のことを考えると気が重い。何とかなったとはいえ、教官まで含む陰謀に巻き込まれたのだ。


 いつの間にか隣に来ていたクライドに気が付いた。俺は尋ねた。


「そういえば、何であそこまでしてくれたんだ。確かに今朝ゴードン達のこと情報を集められないかって頼んだけど」

「ああ、それは僕がそういう役目だからだよ」


 クライドがそういった時、こちらに近づいてくる三人の人間が現れた。


「改めて初めての狩りの成功おめでとうと言わせてもらうわ」

「ありがとうございます。リーディア様」

「あら、リーディアでいいわ。狩りの場ではパーティーメンバーは名前で呼び合うものだもの。一瞬の遅れが問題になるでしょ」

「それは、そうかもしれませんけど…………。あの、私がパーティーメンバーというのはいったいどういう?」

「私たちは既にパーティーとして一緒に戦った中でしょう。そうね、正式なものにするにはあなたには早く準騎士になってもらわないと困るけど」

「待ってください。今回のことはあくまで臨時。仕方なくですよ」


 俺は慌ててそういった。リーディアは目をぱちくりさせる。


「仕方なく? ちょっと待って。あなたは私たちを助けに来てくれたのよね。それも、上級魔獣三匹に囲まれてるところに命がけで飛び込んできてまで」

「…………そうですね。正直に言えば三匹を相手にしているというのは完全に想定外でしたね。ただですね。アレは私としてはもう選択肢がなかったというか…………」


 俺は実家扱いのレイラ姉の工房の人頭税のことなど、どうしても退学になるわけにはいかなかった理由を説明する。


 俺の説明を聞いていた王女様はだんだんと複雑な表情になる。気のせいか瞼の上がひくひくと動いている。


「そうだ。ほら、私達には次の狩りの計画もあるわ」

「もしかして三番目のホットスポットの件ですか。あれに関して私はあくまで調査担当で。王様に褒美がもらえるかもって言ってくれたじゃないですか。実はあれも当てにしていまして……」


 俺はさっきと同じ説明を重ねた。


「…………つまり、根本的にあなたの行動は私達じゃなくて、そのお姉さんの為だったということ」

「え、ええ、優先順位的にはそういうことになります」

「そ、そう…………」


 赤毛の少女はなぜか裏切られたような目でこちらを見る。


「姫様。そのように強引に迫っては。こういうことは魔獣を狩るようにはいかないものですぞ」


 後ろからさっきの老人が声を掛けてきた。老人は小刻みに震える王女様に代わって俺の前に立った。


「孫娘が助けられたようだ。その礼を言わねばならんな」

「いえ、こちらこそさっきはありがとうございました」


 その白い髭の口から穏やかな口調でかけられた言葉に、俺は慌てて礼を言う。


「なに、当たり前のことをしたまでだ。デュースターが騎士院のみならず学院にまで権謀を広げる以上、放ってはおけぬからな。それはそうと、孫娘のことはきちんと礼をしなければならない。一度儂の家に遊びに来なさい。いいだろうね」


 その口調はさっきと同じく穏やかだが、こちらを見る目は有無を言わせぬと語っている。俺は最後の抵抗を試みる。


「あの、お孫様の方は私を招きたくないと思うんですけれど……」

「私はそんなに恩知らずではない。それに、残念だがこれを作る者を野放しはできないのだ」


 ご令嬢は腰から鎖を持ち上げた。そこにはいまだ青く光る魔力色媒があった。


 気が付くと、王女様、その側近、その祖父である騎士院議員。完全に王家の勢力に囲まれている。クライドまで俺の背後に回っている。


 確かに今後のことを考えるともうこちらに付くしかないんだ。俺だってそれくらいは分かっている。ただ、全員笑顔なのにも関わらず、上級魔獣三匹に囲まれた時とは別の怖さを感じるんだけど……。







◆◆◆◆◆◆ 第一章あとがき ◆◆◆◆◆◆


狩猟騎士レキウスの錬金術、第一章完結です。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

フォローや評価、レビューや感想など多くの応援ありがとうございます。

誤字脱字の報告とても助かっています。


2021年2月6日

第二章は来週月曜日(2月8日)から投稿開始します(詳しくは近況ノートに)。

よろしくお願いします。

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