第20話 合同演習④

 右側から襟巻毛の雄、左側から鬣の雌。緑の上級魔獣である銀狼王フェンリルのつがいが迫る。俺は肘を斜めに立てて水滴型の盾剣改バッシュソード・カスタムを構える。


 左右から挟み込むようにして襲ってくる二体。ここら辺の動きは胡狼ジャッカルと変わらないな。まあ、一匹であの群れ全体よりも強いんだけど。


 犬系の対策に開いた顎に狩猟器を腕ごと突き込むってのがあったけど、絶対無理だ。俺がそのまま入る。


 最初の攻撃は雄の方だった。魔力が膨らんだと思った次の瞬間、まるで距離がなかったように大あごが目の前に迫っていた。水滴の根元を広げ、菱形の盾にしてはじき返す。その時には側面から回り込んだ雌の前足の爪が側面に迫っている。先端部を伸ばすことで剣型になったリーチを活かし、辛うじて受け流す。


 この盾剣改バッシュソード・カスタムは魔力を巡回させて術式を低魔力消費コストで維持するだけじゃない。剣と盾の術式に配分する魔力を変えることで攻防一体になるのだ。まさしく単独ソロ特化だ。


 魔術部分が形を変えることで俺のお世辞にも上手いとは言えない狩猟器捌きを補ってくれるのもありがたい。


 少しでも消費魔力を抑えようと術式を弄り回した副産物だ。練習用狩猟器ではまともに使えなかったが、演習用狩猟器の魔導金属のおかげで実用に達した。これに関してだけはあの教官に感謝だな。


 素早く魔術を水滴型に戻し、その先端で二匹を牽制する。


「ね、ねえ。そんな上位魔術見たことがないけど……」


 劫火の様な剣で巨大熊を牽制しながら王女様が聞いてきた。手に大粒の魔力結晶を握っている。体の向き見ると、こっちに駆け付けようとした感じだな。


「そりゃ、上位じゃなくて中位魔術ですから。盾剣バッシュソードです。マイナーだからご存じないかもしれませんけど」

「今のとんでもない性能が中位なわけないでしょ。って、なんでそんな小さな術式なの?」

「ちょっといじってますから。魔力が小さいといろいろ工夫がいるんですよ」


 落ちこぼれが必死の思いで工夫を続けて、やっとまともに使えるようになった魔術だ。そりゃ普通のものとは違う。


 そういえば、色媒の原料は王女様からもらったものだったな。あの時は合同演習で練習の成果を楽しみにしてる、なんて言われたっけ。期待を裏切らずに済んだかな。


「とにかくこうですので、リーディア様は前に集中してください。私他人との連携になれてないんで担当固定しないときついんです」


 俺は再び盾型にした盾剣改で、再度突っ込んできた銀狼王フェンリルを跳ね返しながら言った。


「…………確かに今は問答の時間じゃないわね。いいわ、こっちは私が押さえきる」


 言葉と同時に彼女は山の様な熊の足元に踏み込んだ。振り下ろされた左右からの交差するような攻撃が彼女の背後の地面を抉った。そのまま、熊の太ももに切りつける。残っていた左の二本目の腕に防がれるも、その反動を使って再び距離を取る。


 自前の魔力とセンスだけで今のをやってのける。俺にはあなたの方がとんでもなく見えるんだけどな。


 森の中で緑と緑、赤と赤の魔力がぶつかり合う。


 俺たちは互いの相手に向き合って戦いを続ける。二人対三匹。状況は完全に均衡しているように見える。だが、それは見せかけだ。俺の手元では次々と魔力結晶が失われていく。魔狼のはとっくに魔力が切れて、今日最初に狩った鹿も砕けた。


 いくら魔力効率がいい色媒と術式でも、攻撃を受ければ魔力は削れるし、剣と盾の両形態の切り替えでも消費する。山岳熊相手に攻防になってる王女様と違って、俺はもう守り一辺倒だ。それが分かっているのだろう、つがいの巨狼は攻撃の回転を上げてきている。


 額に汗が垂れて目に染みる。このままじゃ……。


 その時だった、清廉にして強力な青い魔力が発生した。


「なんだ、このありえない魔力伝導は……」


 そんな言葉と共に、青白く光る鎖が黒髪の少女から槍のように飛び出した。それは何もない空中で角度を変え、王女様を攻撃しようとしていた熊の片腕に巻き付いた。


 鮮やかな動きに反して、鎖に流れる青白い魔力のラインは単純なもの。おそらく青の基本型だ。塗り替えのスピードを重視したに違いない。


 術式の最適化だってしていないのにこれだ。本物が使うとこうなるんだよな。


 呆れる色媒製作者の目の前で、鎖はそのまま熊の胴体へと伝っていく。熊の片側の腕の動きを完全に拘束した。


「山岳熊は私一人で止めて見せます。リーディアは前に」


 鎖が周囲の木に巻き付き、その両端がご令嬢の手に収まる。彼女は全力で鎖に魔力を通しながら言った。全力でもがく山岳熊の膂力に完全に耐えきっている。


「今のうちにこっちを片付けるわよ。連携に不慣れ? 私があなたに合わせるから」

「わかりました。ただし、私が落第寸前の落ちこぼれであることをお忘れなく」

「その意見には同意できないけど、任せて」


 俺たちは二人並んでつがいに対する。


 拡大した盾で雄の攻撃を受け流す。たたらを踏んだ魔獣をリーディアの剣がとらえる。横腹に赤い魔力がさく裂し、銀色の毛が血と共に飛び散った。


「浅かった」


 剣を振り切ったリーディアに夫の仇とばかりに雌が襲い掛かる。そこに俺が剣を伸ばして突進する。そのまま、俺が雌に。王女様が雄に対峙する。


 俺の背中を彼女の赤毛がくすぐった。まさか、この子とこんな風に共闘するなんて。それも上級魔獣二体相手に……。うん、まるで悪夢だな。


「ふふっ。なんだか楽しくなってきたわ。三人で狩りをするのってこんなにすごいのね」

「その意見には同意できません」


 これだから生まれながらの騎士様は。ああもう、胡狼ジャッカルの魔力結晶も一つ目が切れた。だけど、相手も王女様の攻撃で満身創痍だ。しかも、傷がどんどん深くなっている。


 銀狼王フェンリルの額の魔力結晶が光り。これまでにない力が発生する。そのままこちらに突進、と思ったら大きく後ろの飛びのいた。


 逃げてくれるのか? 一瞬そう期待したが、銀狼王は尾をまっすぐ立て、大きく天に向かって口を開いた。これってまさか、まずい……。


「耳をふさぐんだ」


 俺が叫んだのと同時に、狼が天に向かって雄たけびを上げた。そして咢がこちらに向けられる。


オォオォォォォォーーー……――……キュンッ― ― ― 


 雄たけびが正面を向いたと思った瞬間、音が途中で途切れた。同時に俺の体を衝撃が走った。人間の耳では聞き取れない超高音、透明な衝撃だ。上級魔獣の上級魔獣たるゆえん、魔力による攻撃。


 耳をふさいでなお脳みそが揺さぶられたような感覚に視界がゆがむ。


「上から来る」


 辛うじてしのいだと思った時、巨大な大あごがこちらに落下してくる。音のブレスに耐えてる間に、雌の方が空中に飛びあがっていた。死角から襲ってきたのだ。


 防ぐことだけを考えて盾を全開にして斜め上に向ける。衝撃に地面を引きずられるように後退しながら、ただただ耐える。手の魔力結晶がぴしぴしと音を立てる。


 だけど確信があった。俺よりもはるかに才能がある彼女なら……。


「はぁああ」


 銀の毛皮の端に、真っ赤な光が迫るのが見えた。俺を押しつぶす寸前の巨大な銀狼の横腹に赤い螺旋の光がぶつかった。回転するそれは魔獣の緑の魔力で強化された守りを削りとり、そのまま反対側まで赤光が突き抜けた。


 重さと魔力、両方の圧力が一瞬で消え、銀色の巨体が地面に崩れ落ちた。


 緑が止めて赤が仕留める。なんやかんやで教科書通りの形だが、即席のコンビでそれを成し遂げるこの子のセンスは本当に……。


 二対一になったら後は時間の問題だ。俺も盾ではなく剣の形態を保ったまま攻撃に参加する。つがいを殺され怒り狂った雄がこちらに突進してくる。


 俺達は左右に分かれる。だが、狩猟衣に流した魔力で飛ぶように動く彼女に対して、俺は遅れる。のろまに標的を絞る銀狼王フェンリル。一瞬、盾で受けるべきかと考えるが、俺はそのまま剣の先端を維持する。


 まるで最初から予定通りのように、急旋回の軌道で赤の少女が迫る。その鋭さに俺は合わせるだけでいい。赤と緑の光刃が同時に魔獣の体に突き刺さり、断末魔の悲鳴が森にとどろいた。


 俺と王女様が拘束された熊に迫る。最後の一匹は鎖の拘束から解放された途端に逃げ出した。もちろん、俺達はそれをただ見送った。


 こちらには追う気力も体力も、俺に至っては魔力も残っていない。魔力結晶から魔力を押し出すだけの自前の魔力もない状態だ。


「レキウス君」


 へたり込もうとした俺の前にリーディアが立った。そういえば、彼女には言わないといけないことがあった。まさか膝をついたままお説教をするわけにはいかないよな。


「本当に色々と聞きたいことがあるけれど。まずは言わなくちゃいけないわね」


 真剣な視線に俺は反射的に身構えた。何度も説教された条件反射が悲しい。だけど王女様は俺に向かって頭を下げた。


「助けに来てくれてありがとう。あなたが来てくれなかったら私たちは魔獣に殺されていたわ」

「あれ、説教じゃない?」

「…………私さっきのブレスで耳がおかしくなったのかしら? どうして命の恩人に説教をするの?」

「あ、いえ。そうじゃなくて…………。ええと。そうだ、私の方こそ言いたいことがあったんだ。リーディア様は私がどれだけ慎重かつ綿密に計画を立ててるか知ってますよね。どうしてこんなところに入り込んだなんて嘘を信じたんですか」

「そ、それは……っ」


 俺は説教している。あの王女様に。王女様は騙されたことが恥ずかしいのか顔を赤らめた。俺はここぞとばかりに問う。


「それは?」

「それは、あなたが退学になるって……。この前だって、私が代表室で指導した次の演習で危険な場所に踏み込んで魔狼ダイアべロス相手に死にそうになってたでしょ。だからてっきり……」

「……あっ!」


 な、なるほど。焦った俺が危険な奥地に踏み込んだと思ったのか。まずい、前科もあるから反論しにくい。


「どうして相談しないの。いいえ、そもそもあの魔術とか、サリアに渡した色媒だってあれは何? 一体どれだけの力を隠し持ってたの。そうだわ、私これまで何のために何度もあなたに指導していたの」

「そ、それは、アレは色々ギリギリというか、つい最近やっと形になったもので……」


 誤解と過大評価が錬金術でも精製不可能なレベルで混在している。というか、俺いつの間にか説教されてる?


「前々から思っていたけど、あなたはちょっと秘密主義すぎないかしら」

「うぐっ」


 王女様の口からレイラ姉と同じ言葉が飛び出す。俺は二の句も告げない。かろうじて保っていた気力がそれで潰えてしまった。


「とういかなんで私あなたに説教してるの。そうじゃない。私は私のことを助けてくれたお礼をいってたはずなのに……。えっ、ちょっと!! どうしたの、もしかしてどこかケガを」


 倒れそうになった俺を王女様が抱き留めてくれる。俺は彼女に向かって弱々しく口を動かす。


「いえ、それが、もう魔力が全部切れて……」


 さっきまでこの子と肩を並べて戦っていたが、錬金術による底上げが無くなればこのざまだ。俺は元職人見習、王女様の命を救った騎士なんて柄じゃないんだよな……。

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