閑話2 陰謀

 王宮の周囲に並ぶ立派な屋敷はいずれも名門と呼ばれる騎士家のもの。中でも、最大の大きさを誇るのはデュースター家の大邸宅だ。夜の闇に逆らって周囲を照らすその姿は、猟地を管理する騎士院の支配者としての権勢を誇っている。


 母屋二階の書斎。屋敷の中心ともいえるその部屋は、壁を巨大な牙や角が飾り、床には分厚い毛皮が敷いてある。いずれも強力な魔獣の素材を用い、職人により贅を尽くした加工がされたものだ。


 最も目立つのが右の壁に掛かる分厚い黒檀の木枠に収まった大地図だ。そこにはリューゼリオンの猟地の全てが描かれ、頭を三色に塗られたピンが多数刺さっている。


 これだけならば、歴史ある騎士家なら規模はともかくそろっているものだが、この部屋で特に目を引くのは左右の棚に並ぶ品々だ。リューゼリオン、もっというなら大陸中央部では見られない明るい彩色の壺や彫刻などだ。


 見るものが見れば、それは遠方の都市で作られたものであることに気が付くだろう。狩猟都市はそれぞれの猟地での自給自足を主とし、特にこのリューゼリオンは唯一隣接していた北のダルムオンが滅んだのちには半ば孤立していことを考えれば、これらの品々の稀少さは言うまでもない。


 そんな豪華な部屋には今、四人の人間がいた。彫刻の施された椅子に座る二人は、デュースター家当主アルベドロスと騎士学院三年生学年代表アントニウスの親子。彼らの前に立っているのは白い衣服の学院教官と灰色の文官衣の男だ。


「入学後二年にして準騎士、しかも立て続けに上級魔獣を狩るとは……」

「王家の血筋はやはり侮れないということでしょうね」


 吐き捨てるように言ったのは父親。肩をすくめて答えたのは息子だ。


「感心している場合ではない。王女の活躍ということで、もともと王家に近かった家が動揺している。騎士院でもベルトリオンの老人の言葉に耳を傾けるものが出てきている。あれの孫娘はリーディアの側近だ」

 現王が狩りに出られず、王家にはいまだ学生である王女一人。もはや騎士院における己の力は揺るがぬと思っていたアルベドロスにとって極めて不快な状況だ。


「大体、お前の行動のせいでもあるのだぞ。ブラント家の娘にクレメス家の姪だったか。いったい何人に手を出すつもりだ。どちらも小さな家ではないぞ。もともと騎士の家とは我が強いのだ。派閥の締め付けを嫌う気質の者はいくらでもいるのだぞ」

「向こうから言い寄ってきたのですよ。むしろ新参故に焦っているのでは」


 父親の叱責に息子は悪びれない。


「とにかく今は少し控えろ。来年には北区の縄張りを王家から取り上げる必要があるのだ。これが遅れては今後の計画にも差し障る。そもそも王家は結界の管理権という揺るがぬ力を持つ。こればかりは騎士院の議決ではどうにもならん。監査委員の力で引き込んだ文官どもも王家に勢いありとなれば動きが鈍くなる」

「どうしてもというのならば当の本人を何とかするしかないでしょう」


 息子の言葉に父親は頬をひくつかせた。


「…………騎士同士の殺し合いは禁忌だぞ。万が一知られたら元からこちらについている家すら背を向ける。危険が大きすぎる」

「もちろん直接手を下すなどという下品なことはしない。ちょうど合同演習があります。そこで事故が起こればいいのですよ」


 アントニウスは立ち上がると大地図の前に立った。彼が指で囲んだのは合同演習ということで通常よりも遠方に設定された演習地だ。その周囲には多くのピンが林立している、つまり勝手知ったデュースター派の縄張りが広がっているのだ。


「ここらには我々しか知らぬ穴場も多い。いつものように傘下の狩猟団を勢子として用いれば……」


 地図の上をよどみなく指が走る。明らかにすでに考えていた思考をなぞっている。


「学院の演習で魔獣に後れを取ったとなれば、リーディアが所詮はまだ学生である、将来などまだ分からないということに皆気が付くでしょう。別に命まで取る必要はない。腰が定まらぬ者たちの動揺などそれで収まるのでは」

「…………藪蛇になったらどうする。王女の将来性が多く学生の前で示されることになる。当然、その親にも伝わる。上級魔獣を二人で狩るのはマグレではできん。お前も先ほど王家の血筋は侮れんといったばかりだろう」

「騎士の実力は単に個人の力だけではない。狩りとは狩猟団で行うもの。いくら優れていようと二人で対応できる状況には限りがあります」


 アントニウスの指先が地図上の複数の点を巡った。


「…………なるほど。確かにそれならどうにもなるまいな」

「あとは頃合を見て私が自分の狩猟団で駆けつけましょう」

「評判の王家の娘がデュースターに助けれたということになるか。なるほど動揺している物も目を覚ますだろう……。だが、ここまでやるとうのなら、それこそ事故が起こったらどうする」


 父親の疑問にアントニウスは冷たい顔で笑った。


「側近であるベルトリオンの娘に期待しましょう。死んでだとしても当家にはむしろ幸い。本人は…………まあ、腕の一本も失っても子供は出来ます。むしろ、それくらいの方が大人しくてよいかもしれない」


 下級生に対する息子のあまりに酷薄な言葉、それも彼女の父王の負傷をあげつらうようないいように、さすがに顔をしかめる父親。だが、彼は少し考えた後でさらに問う。


「……学院の様子はどうだ。王女を孤立させるための圧力はちゃんと効いているのだろうな。一人でも力ある者が加わればお前の計画もどうなるかわからんぞ。狩猟団という物は二人と三人ではまるで違う」

「今のところリーディアの周りにまとわりついている平民上がりが一匹いる程度です。その一匹も学院始まって以来の落ちこぼれ、だったな」


 アントニウスが学院の教官に聞いた。学生が教師に命じるような態度に、教師は恭しく答える。


「成績を見る限り卒業すら危ぶまれる状況です。近年の資質に乏しいものまで入学させた弊害とでも言いましょうか。我らも指導のしようがないほどです」

「そんな役立たずをどうして傍に置く? まあ、所詮は小娘ということか。いや、あるいはお前に対する当てつけかもしれんな」


 自信家の息子を諭すための言葉だったが、それを聞いた息子はあからさまに顔をゆがめた。蛇を思わせるような冷たい瞳が教官に向いた。


「……あんなものと比較されること自体が不愉快ですね。一応排除しておきましょう。できるだろうな」

「そ、そうですね。今の成績ならば誰も異を唱えないでしょう。次の合同演習を機にその方向に…………。どうも座学は得意だったよう、本人も文官の方がいいのではないでしょうか」

「王家に振り回されて気の毒なことだな。まあ、寄生虫へいみんなどそういうものだがな」


 親子が笑い、追従するように教官も合わせた。そこにドアをノックする音がした。


「御屋形様。ラウリスの商人が参りました。ご所望の虹真珠が手に入ったゆえ届けに来たと」

「そうか。よし、庭に通しておけ」


 部屋のコレクションを見渡して相好を崩したアルベドロス。執事は僅かに逡巡した後聞いた。当主は不快げに言った。


「護衛の者はどういたしましょう」

「同じでよい。傭兵など根無し草を騎士として扱う必要などない」

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