第16話 最後通牒
寮の裏口から日暮れの校庭に出た。夕方まであれだけいた学生たちが皆引き上げていることを確認する。念のため寮から距離を取り、後者の裏まで来る。ここなら文句も来ないだろう。
鞘から引き抜いた狩猟器を見る。調整を繰り返した結果出来上がった緑色の
全体としての形は水滴型に見えるこの術式は、錬金術で作り上げた超上級色媒の卓越した魔力伝導率により圧縮した
体内の魔力を高める。狩猟器の持ち手に指を合わせて魔力を注ぎ込む。エメラルドを流し込んだような細い緑色蛍光のラインが二本、術式の中央に向かって伸びていく。
術式の全てを魔力が満たした。前回森の中で試した時の倍以上の速度だ。狩猟器全体が光り、剣と盾を組み合わせたような形状が一瞬浮かび上がりそうになる、だがほぼ同時に狩猟器が細かく振動し始めると、魔術が霧散した。
街を覆う結界の干渉を受けて魔術の効果が打ち消されたのだ。
「干渉が働いたってことは、間違いなく全体に魔力が通ったってことだよな」
術式の全てに魔力が通らない限り魔術は発動しない。圧縮した術式の全てに魔力が通る設計になっているかの第一関門、効果が狩猟器の魔導金属に発現するかという第二関門は突破した。
発動しかけた魔術が結界に干渉を受けるのは想定内なので発動しないことも含め、全て予定通りだ。
肝心の魔力の必要量だが、圧縮のおかげで術式を満たすまでの時間は半減。前回は発動までも結構きつかった盾剣なのに普通に術式を起動できたのは大きい。まだ楽観は出来ないけど、手ごたえを感じる。
しかも、全体を通してみてわかったことだが、まだまだ改良できる点は多そうだ。部分ごとのテストじゃ見えない点が色々見えてきた。
メモを取り出し、さっきと同じことを何度か繰り返す。少しでも魔力が通りにくい場所を見つけていく。一番難しいのは盾と剣の出力バランスだ。単独で狩りをしなければいけない俺にとって攻防いずれもおろそかにできないからな。
何回かそれを繰り返したところで、唐突に体から力が抜けた。
狩猟器を見る。触媒に曇はない。使用者の方が先に音を上げるのは変わらないか。色媒と術式が優秀な分、わが身の情けなさが身に染みる。
ただ、発動してないとはいえこれだけの回数の試行が出来たということは、やっぱり術式の圧縮はかなり効果ありと見ていいだろう。もちろん、実際の魔術を用いての本物のテストは合同演習まで待たないといけない。
だけど、これまでやってきた錬金術が自分の魔力を補ってくれているというのは心強い。職人見習の経験、両親や工房の親方の教えが役に立っているのだ。
もちろん、色媒の安定性が高いとはいえこれの原料は上級魔獣の髄液だ。極めて貴重であることは変わりない。そういう意味では中位術式を実用レベルで使えると認められるまでにはいくつも課題がある。
だが、卒業までにはまだ二年以上ある。錬金術による精製の収量を解決しつつ、術式の最適化、運用を磨いていけば目標に届く可能性が見えてきた。
少なくともやみくもに自分の低い魔力に頼るよりはずっと性に合っている。
とにかく一歩一歩進めていこう。まずは、明後日からの合同演習で術式の維持とできれば実際の狩りでの運用だ。明日は万全の狩猟計画を練らないといけないな。
△ ▽
「レキウスちょっと話がある」
翌日の放課後、資料室に向かおうとした俺は教官に呼び止められた。教官はあたりを確認してから、廊下の隅に俺を呼ぶ。そして、要件を告げた。
「退学……ですか」
教官からの言葉にさすがに声がこわばった。
「そうだ。次の合同演習で演習点を……そうだな十点以上取れなければこれ以上学院に置くわけにはいかない」
「そ、そんな急に。それに十点って、下級魔獣三体分じゃないですか」
「……急ではないだろう。二年生になって演習が始まってから今日までどれだけ時間があったと思っている。そもそも、お前には努力の跡が全く見当たらない。これまで私の指導ちゃんと聞いていれば、こんなことにはならなかったはずだ。今も自主練習もせずに裏の資料庫に行こうとしていただろう」
「それは狩猟計画の……。そもそも、一人十点って言うのは無茶では……」
三か月前くらいから指導なんてあきらめてましたよねという言葉を飲み込む。目に見えるような努力を全くしていないのは事実だからだ。ただ、俺の魔力じゃそういう当たり前の努力では届かない。って、こんなこと言っても無駄だ。
「パーティーが組めないのもこれまできちんとしてこなかった報いだな。まあ、合同演習は二日間ある。必死にやれば三体くらいは仕留めれるはずだ」
教官は俺から顔を背けて言った。出来ないって知ってるだろうに。いや、そんなことを言っている場合じゃない。結論が決まってる相手に何を言っても……。
「とにかく、そういうことだ。ちゃんと伝えたからな」
「待ってください。じゃあせめて……」
用が済んだとばかりに教員室に引き上げようとする教官を呼び止めた。
…………
重々しい音と共に厳重に錠がされた倉庫の扉が開いた。中には狩猟器を立てる木の枠が並んでいる。学院の狩猟器の保管庫だ。
「さっさと選ぶんだぞ。本来なら下位術式がまともに使えない学生には使用許可が下りないところを、特例なのだからな」
「わかりました」
俺がお願いしたのは演習用の狩猟器を使わせてほしいということだった。
緑に適した狩猟器を探す。退学が掛かっている、最適の物を選ばないといけない。
見渡しただけでそれが難しいことが分かる。まず、保管庫といってもスカスカだ。碌なものが残っていない。俺以外の学生は既に演習用に移行している、残っているのは誰も使いたがらなかった余りだ。
しかも、演習用はパーティーの一員として使用するために形状が特化したものが多い。俺はこれまで棒しか使ったことがない。アレは何の長所もない代わりに癖もない。だから練習用としては最適なんだけど。
まばらに残る立てかけられた狩猟器の前を通過する。入り口で教官の足音がせかすように地面を打つ。
どうすればいいかは答えを出している。緑にとって一番一般的な槌か、違う。いっそのこと守りに特化した盾を……ってそんなもの選んだら詰みだ。
…………そうだよ、教官の言葉通りだ。俺はまともな騎士気習いじゃない。狩猟器で何とかしようと考えているのが間違いなんだ。俺の場合に最優先すべきは魔力ではなく錬金術に合わせた選択だ。
現在の最大の問題、そして術式の性質を考えれば答えはシンプルなんだ。迷わず保管庫の隅に向かった。そして、ほこりをかぶった一本の狩猟器を手に取った。
「…………これにします」
「お前、この期に及んでそれか。…………まあいい、これで文句は受け付けんからな」
教官は俺の手に持つそれを見ると、呆れたように言った。目録に俺の名前を記して自分のサインを入れた。これで、この狩猟器は俺に貸与されたことになる。
保管庫のドアが閉まった。やっと厄介ごとが片付いたとばかりに引き上げる教官だが、何かを思い出したように振り返った。
「言っておくが学年代表に泣きついても無駄だからな。これはずっと上の……教官の会議で決定していることだからな」
そういって今度こそ振り返りもせずに足早に去っていった。
「わかってるさ。あの王女様はそんな融通が利く相手じゃない。誰にだって公正な扱いをするんだから」
俺は呟いた。手にはさっきまでよりも少し長いだけの“棒”が収まっていた。使い慣れた癖のない形状は今の俺にとっては安心感を与える。だけど、魔導金属としての質はしっかりと演習用のグレードだ。
王家の伝来とは比べ物にならないが、練習用の狩猟器よりもずっと上の。これが今の俺にとって最適の選択、そう信じるしかない。
△ ▽
夜。俺は再び一人校舎の裏にいた。手には今日支給されたばかりの長めの
「当たりだ。予想以上に魔導金属の質の違いが効いている」
これなら術式に無理だと思っていた工夫を付け加える余地がある。俺は改良の最後のアイデアを書き留めた。
後は狩猟計画だ。なんとしても三匹の魔獣を狩る。そのためには演習地区の全てを検討しないといけない。
…………
「今の光……」
王宮の私室から夜空を見上げていた私は、視界の下で感じた緑光に首を傾げた。今、確かに魔力の光が……。どこかしら、学院の校舎の方だったように見えたわ。
でも、だとしたらこの距離でこんなにはっきりと。ううん、一瞬だけ鋭い魔力が通り過ぎたような……こんな変な反応あり得るのかしら?
じっと校舎の方を見る。だけど、さっき感じたそれは幻みたいに欠片も残っていない。
「以前同じような魔力を感じたような気がしたけど……。やっぱり気のせいかしらね。明日から合同演習だしもう寝ないといけないわ」
私はベッドにもどろうとして、ふと校庭の向こうにある学院寮を見た。
「……合同演習までに練習するみたいなことを言ってたのに。結局放課後には姿を現さなかったわね。大丈夫かな……」
ことによっては合同演習が終わったら引きずってでも練習させよう。せめて下級の魔獣くらいは倒せるようになれば少しはやる気も出すかもしれない。
手負いとはいえ
私はそう決意してカーテンを引いた。
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