第14話 次の狩りは演習で

「今度の獲物は帝王獅子カイザル・レオだって話だ」

「緑の上級じゃないか。青に続いて……上級魔獣を立て続けなんて前代未聞だよな」

「次の王宮での宴にはリーディア様の獲物の肉が出されるって話だ」


 廊下を歩く俺の耳に同級生の会話が入ってくる。興奮気味に話しているのは、俺と同じ出自の連中だ。


「これはあの家もうかうかしていられないんじゃないか」

「おいおい、めったなことは言うなよ、騎士院に睨まれたら……」

「だけどさ、猟地が全部一つの家に仕切られるのはやっぱり……」

「…………確かにな。最近はあの家に近いところばっかりいい思いしてるじゃないか……」


 それを、少し離れたところで見ているより身なりの良い連中まで、会話の内容が聞こえるくらいに声が高い。


「そりゃ確かにウチも割を食ってるけど……って。しー」


 廊下の向こうから肩を怒らせた男子生徒が歩いてくる。騎士院に席のある名家で、しかもデュースターの当主のパーティーに親がいる生徒だ。


 廊下に出現した勢力模様を迂回して学年代表室に向かう。


 実は今回の狩りに関して少し気になっていることがある。二番目のホットスポットは山と森の中間あたりにある。当然どちらの計画も立てたが、第一候補は王女様の色である赤の魔獣が出やすい山だったのだ。


 …………


「今回もあなたの予想はぴったり当たったわよ」


 王女様は前回同様に上機嫌だ。ただ、いつもならまっすぐ伸びている背筋が少し傾いている。まるで左手をかばっているような……。それに、かすかに漂っているこのツンとした匂いは薬香か?


 よく見ると制服から覗く白い二の腕に包帯が覗いていた。


「これ、ちょっと掠っただけよ。大げさなんだから」


 俺の視線に気が付いたのか、王女様は左腕を回して見せる。包帯の向こうに白い腋がちらっと見えた。あわてて目をそらす。


 確かに小さな傷のようだ。準騎士様を俺が心配するのもおこがましいな。むしろ上級魔獣とやり合って傷一つというのが驚異的なんだよな。魔力の強さと体格は関係ないけど。この細身の体のどこに帝王獅子を仕留めるだけの力があるのやら。


 ただ、やはりどうして森の方に向かったのかが気になる。術式の選択や戦い方なども基本的には山での戦いを想定していたみたいだったし。最初に山に行ったけど空ぶったとかだとこちらの調査に問題があった可能性もある。


「あの、最初の予定では山の方に向かうはずだったのでは……」

「えっ! ええっと……。そう、森の方に大きな魔力の気配がしたのよ。それで計画を切り替えたのよ」


 なるほど、狩り場では魔力感覚が優先なのは当たり前だ。上級魔獣がホットスポット周囲にいたことには変わりないし問題はなさそうだ。隣のご令嬢が何か言いたそうな顔をしている気がするが。


「じゃあ、これが今回のレキウス君の分配ね」


 王女様は粉末の入った瓶を俺の前に出した。中身は見事なほど鮮やかな緑の粉末だ。くしくも俺の得意の色だ。量も結構あるけど、全部貰っていいのか。


「じゃあ次の話。これでホットスポットは二カ所当たったことになるわ。これはもう偶然じゃないわよね」

「可能性はかなり高まったと思います。ただ、私の予想はあくまで一連の魔脈の流れが前提です。特に最北のホットスポットは最も強く、一連のスポットの流れの言わば起点ですから確認は重要だと思います」


 俺は机に広げている地図の三つの点を指でつないだ。王女様の言葉に反論する形になるが、調査をしたものとしてはやはり譲れない。


「私はもう間違いないと思うのだけど。どちらにしても確認する必要はあるわね。今度こそ赤の上級魔獣を狩りたいし」

「狩猟計画という意味で言えば。この三番目の計画はこれまで以上に注意しなければいけないと思います」


 俺はケガをしてなお次の狩りに意気込む同級生に注意を促す。これも調査担当としての役目だよな。


「どういうこと?」

「二つ理由があります。まず、この三番目のホットスポットの周囲に関しては狩猟記録が少ないんです」

「確かに、リューゼリオンの猟地の北の端だものね。河を越えたら旧ダルムオンの猟地だし」

「二つ目ですが、ホットスポットの強さを考えると出現する魔獣はこれまでの二カ所よりも強力であることが予想されます。つまり、これまでよりも強力な魔獣に十分な準備無しで当たる可能性が高いということです」

「なるほど、レキウス君の言うことは分かったわ。でも大丈夫、私にも奥の手があるの」


 王女様は俺の言葉に頷くが、すぐに自分の腰から剣を抜きテーブルに置いた。何度見ても魔獣を相手にするには短くて細い狩猟器だ。ただ、その刀身の輝きに俺は目を見張った。


「この二回の狩りの実績でお父様から頂いたの。これがあれば上位術式が問題なく使えるわ」


 すごいわけだ、王家の狩猟器だ。確か上位魔術ともなると色媒だけでなく術式の土台であり、効果を発現する芯でもある狩猟器の魔導金属も高純度のものが必要なんだよな。


 ちなみに、これは普通の教科書に書いてある。まあ、ほとんどの人間には無用な知識だ。上位魔術を必要とする狩りなんて、それこそ上級魔獣相手くらいだ。そして、こういった最高クラスの狩猟器なんてほとんどの人間には無縁のものだ。


 なるほど、王女様にこの狩猟器がそろえばそれこそどんな魔獣でも大丈夫なのかもしれないな。俺が納得しようとしたところで、黙っていたご令嬢が口を開いた。


「私もその周囲での狩りには慎重を期すべきだと考えます。デュースター……騎士院は旧ダルムオンの猟地には手を付けないという方針を打ち出しています。その場所……ホットスポットの位置的に、おかしな難癖をつけてくる可能性があります」

「つまり、北区で立て続けに大物が狩れるのはおかしい、猟地の境を超えて密猟した、なんて言われたら厄介ということね」


 途端に話が政治的になった。当たり前だが、こういう要素は俺の地図からは完全に抜け落ちている。魔脈の流れは人間の引いた国境なんて関係ないからな。


「それに、すぐにというのは難しいかと。もうすぐ合同演習が始まりますから」

「そうね。いくら準騎士としての活動が優先といってもあれを外すわけにはいかないわね。しばらくはそちらの準備に専念しないといけないわね」


 合同演習か。俺たち二年生にとっては初めてだが、年間で一番大きな演習だ。二年生から四年生まで勢ぞろい、泊りがけで二日間という話だ。そういえば前回デュースター先輩がここに来たのはその打ち合わせという話だったな。


 とりあえず、次の狩りについては演習明けということで話は終わった。そして、前同様にお茶が振舞われた。代表室でのお茶もこれで二回目だ。少しは慣れてきたと言いたいところだが……。


 俺は前回よりも居心地が悪い気分を味わっている。準騎士レベルの話が終わってしまったので、自然学生としての話題に移行したのだ。つまり……。


「確かに、演習の点数がゼロなのは問題なのよね。いまだに放課後校庭に姿が見えないし……。次の合同演習は大丈夫?」


 油断していたらお説教が始まってしまったのだ。


「そういえばこの前の上級魔獣の素材はどうしたの? 確かレキウス君は緑だったわよね」

「そ、それは、その……ええっと」


 まさかグランドギルドの白魔術の復刻をやってるなんて言えないよな。今回緑が手に入ったおかげで二色目が入手できたけど。まだ一色足りない。そもそも、肝心の術式の書き順については全く目途が立っていない。


 でも、最近は俺の考えもちゃんと聞いてくれるみたいだし、ちょっとだけ話してみても……。


「ええと、じつ――」

「大方金にでも変えたのだろう。裏でそういうやり取りをしている連中もいると聞いている。後はそれに関連して他人の色媒の調整を引き受けている者もいるという話もな」


 ご令嬢の視線が俺に突き刺さった。


「自分の色媒を他人に調整させるなんて騎士としてあまり感心しないわね……」

「やる方もです。それで金を得ているとなるとなおさらです」


 あー、これは俺の内職を知っているのだな。危なかった、色媒の精製云々を口にしなくてよかった。絶対に誤解されていた。


「でも、ほら今回は緑だもの。練習に使えるわよね。確か以前上級色媒があればと言っていなかったかしら。術式っていうのは一度うまくいけばその後はスムーズに行くものよ。演習までにやってみたら」


 それは、ちゃんとした魔力の持ち主の話で……。あんな言葉よく覚えていたな。


 そういえば赤を優先のはずだったのにわざわざ緑……って、自意識過剰にもほどがある。さっき、緑の大物が先に目についたからだって本人が言ってただろう。


 そもそも、その件に関してはすでに結論が出ている。相当に残念な方向に。上級色媒“相当”の魔力伝導率でも足りなかったのだ。ただし、


「そうですね。せっかくですから、これを使って練習してみようと思います」


ついさっき手に入ったこの“正味”上級の髄液で試してみたいことはある。少なくとも失われた白魔術の術式をヒント無しで復活させるよりは現実的な方向だ。


「期待しているわ。でも、油断はしては駄目よ。合同演習は二年生が狩りに慣れてきた前提だから、場所もこれまでよりも魔力が濃いところになるわ。まあレキウス君に限って危ないところに迷い込んだりは…………」


 そこまで言って赤毛の王女は少し困った顔になった。どうやら前回の演習のことを思い出したらしい。


「合同演習は規模も大きい。リーディア様は学年代表としてお忙しいのだ。今度はあのような迷惑はかけてくれるなよ」

「わ、わかっています。万全の計画を作って望みますから」

「サリアは……。そうね、演習後の最後のホットスポットのこともあるし。あなたにはケガをしてもらっては困るわ」

「気を付けます。では、私はそろそろ……」


 俺はカップのお茶を飲み干して代表室を出た。別に説教から逃げたんじゃない。寮にもどって早速今言ったこと。つまり、実験をするのだ。


 何しろこの計画は触媒の精製だけでは終わらないからな…………。


「んっ?」


 いま、廊下の角に人影みたいなものが見えた気がした。一瞬だが、さっき廊下ですれ違った男子だったように見えた。あの時は校庭の方に向かっていた気がしたけど……。


 まあ、気のせいか?

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