第13話 超級色媒?

 寮の机の上にさっき手に入れたばかりの瓶を置く。目の覚めるような鮮やかな青色の粉末、ホットスポット調査の報酬である青の上級魔獣の髄液だ。最高等級の色媒の元となるこの粉末はかなり貴重なものだ。少なくとも学生が手に入れることができるものではない。


 とはいえ、得意な色は緑で中位術式の維持すら苦しい俺にとって本来は宝の持ち腐れだ。


 だが、俺にとってはこれは実験サンプルだ。


 これまで錬金術による精製で規格以下を下級に、中級色媒を上級の色媒相当の魔力伝導率にできた。髄液の粉末の中から色媒として必要な成分のみを純粋な形で取り出すことで、魔力色媒としてのランクを一段上げることができるのだ。


 ならば、これ以上はないはずの上級色媒になるはずのこの髄液を精製したらどうなるのか? その疑問に答えるための実験をいよいよできるのだ。


 卒業の為に中位魔術を使いこなせるようになる必要がある俺にとって、出来るかどうかわからない超上級色媒の精製は冷静に考えれば回り道かもしれない。しかも、最終目的は失われた白魔術『白刃』の再現だ。ここまで来ると無謀を通り越しているな。


 ただし、少なくとも色媒ついては成算がある。これまでの実験で、錬金術の純粋な物質を取り出すという考え方と、それを実現するための職人見習として培ってきた技術、この二つの組み合わせが役に立つことはハッキリしているのだ。


 そう、選ばれた存在である騎士様にしか使えない魔術、その為の特別な魔力素材マテリアルといえども、錬金術や職人技術の対象である、物質コモディティーであることには変わりがないのだ。


「よし、超上級グランドクラス色媒マナ・ダイを作ってみるか」


 染料の染みついたエプロンを見につけながら気合を入れた。さすがにグランドクラスというのは半分冗談だけど。


 いつも通り、酸と灰水アルカリで粉末から不純物が溶け、色媒成分だけを残すための条件を探していく。まず三本の試験管を用意。灰水の濃度を変化させて黒い不純物あくの溶けだしを確認する。


 三本の中で一番よく濁りが出た条件を確認して、さらにその周辺の濃度の灰水で処理を試す。ガラス棒を使って一滴、一滴濃度を調整して不純物の溶けだしを観察する。ちょっとでも油断すると、色媒の色の方が褪せてしまう。かなり条件が厳しいな。


 中級色媒を精製した時も等級下の色媒よりも条件が厳しかった。救いはこれまで同様に黒い濁りとして不純物が見えること、そしてこれまでの経験で手順が手に染みついていることだ。


 工房では親方が「勘が働くようになったな」なんていう状態だ。


 よし、灰水の条件は決まった。次は酸による中和だ。同じく慎重に濃度を調整した酸で粉末を洗い。最後に水で繰り返し洗浄した。乾燥させれば精製は終わりだ。


 しかし、これだけ条件が厳しいとかなり量が減ったな。三分の一以下どころか十分の一くらいになってないか。危なかった、もしも原料が三分の一だったら途中で実験が出来なくなっていたかもしれない。


 …………


 乾燥が終わり、布の上に載った粉末を見て息をのんだ。これまでとあまりに質が違う。色が鮮やかとかそういうレベルじゃない。まるで青い宝石を粉にしたようにキラキラと光っている。


 これまでは色が綺麗になると共に、粉末のきめ細かさが増していた感じだが、これはまるで純粋な成分がそのまま結晶化したようだ。


「おいおい、本当に超上級色媒グランドクラスが出来たんじゃないか」


 ランプの光を反射して輝く粉末を試験管に移す。比較の為に無処理の粉末を隣の試験管に入れた。期待に胸を震わせながら左右の試験管にエーテルを注ぐ。そして、色媒を溶かすために試験管を振った。


「…………あれ、色が付かない?」


 いつまでたっても片方のエーテルが色付かない。試験管を台に置いて観察する。片方は綺麗に溶けて純粋な青色なのに、もう片方はキラキラと輝く粉末が沈んだ。上澄みは微かに青色になっているだけ。ほとんど溶けていないってことだ。そして、溶けていない方が期待した精製色媒だ。


「これまで全然こんなことはなかったのに」


 グランドクラスとか言ってたくせに予想外の事態に慌てる。色媒成分はエーテルに溶かすことで初めて色媒として使える。このままでは術式を描くどころか魔力伝導率を測定することもできない。ただの綺麗な砂粒だ。


 何とか溶けないかと、激しくかき回したり湯煎したりする。だが、心なしか色が付いただけでほとんど溶けないのは変わらない。


 そうこうしているうちに、出していたエーテルを使い果たしてしまった。実験に必死でふたを閉めるのを忘れていた。インクに使う油のようにすぐに蒸発してしまうのだ。


 水よりも酒精に近いんだよな。


 恨めし気にエーテル瓶を見ていてふと気が付いた。底に粉が吹いている。これは工房の水の場合でも起こる。特に硬い水を繰り返し使っていると水にしか使っていない容器にも白いものが付着するのだ。


 錬金術の言葉を使えば、水に溶けていた地下の岩なんかの成分が、繰り返し蒸留されたことで析出するということになる。そういえばエーテルも地下から染み出すんだよな。ある意味井戸水と同じだ。地下のエーテル泉から組みだされたものが学院に運ばれているが、もとの泉は魔脈と平行に地下を流れているのだ。


「もしかしてエーテルの不純物が悪さをしている?」


 中級色媒を精製するときは綺麗な水が必要だった。超上級色媒には綺麗なエーテルも必要なのかもしれない。エーテルには良い井戸、悪い井戸などない。このエーテルで何とかするしかない。


 となると……。そうだ、あれが使える。俺の父親の仕事だった蒸留だ。


 俺は昔の記憶、父親の蒸留酒工房のことを思い出す。手持ちの器具を探す。必要なのはエーテルを加熱するための器と蒸発したエーテルを受けるための器、そして冷やすための水の循環だ。


 三角形のフラスコを湯煎にかけてエーテルを蒸発させる。口から出てくる蒸気を上で水で冷やすという簡易的な蒸留器を作り、残った全てのエーテルを蒸留した。

 フラスコの底に白いものがこびりついている。ありあわせの器具でやったのでエーテルの量は十分の一以下になった。


 だが、試すだけならこれで十分だ。


 蒸留エーテルを青く煌めく粉末に注ぐ。結果は劇的だった。粉末はあっという間に溶け、エーテルは青く色づいていく。予想通りエーテル内のごくわずかな不純物が溶解を邪魔していたのだ。


 それにしても、きれいな水に綺麗なエーテルまで必要とは、さすが超上級は一筋縄ではいかないな。でも、今回のトラブルはこの前の経験のおかげですぐに解決できた。やっぱり技術は積み重ねだな。


 試験管をランプにかざしてみる。鮮やかを通り越して、液体自体が光を放っているようにすら錯覚するほどに澄んだ青色だ。こんな色媒は見たことがない。


 いよいよテストだ。


 精製上級色媒でラインを引く。魔力を通すと青い光が弾けた。思わず目をつぶる。瞼の裏に青白い光の線が消えない。普通は色媒のラインがボヤっと光るのだが、これはまるで青い線が浮き上がっているみたいだ。


 まず、普通に調整した色媒は二つ目の大目盛りに到達するかしないか。上級魔獣の髄液とはいえ、得意でない色ならこんなものだ。


 問題は精製した方。魔力伝導率は三つ目の大目盛りを振り切っている。なんだ、得意じゃない青の魔力でこれってとんでもないぞ。文字通りランクを飛び越えてる。


 ごくりとつばを飲む。今更ながら目の前にあるもののあり得なさに気が付く。


 上級色媒を精製したらという単純な思いつきでやったことだけど、これって誰も作れないものを作り出してしまったってことじゃないか。


 全く無駄がない魔力の流れ。安定性を試すために、何度も魔力を流してみる。全く曇る様子がない。敢て抵抗の大きいはずの術式のパターンを狩猟器に描いて試してみる。ほとんど抵抗なしだ。


 すごい、すごいぞ。そう思って次を試そうとした時、体からいきなり力が抜けた。また、使用者である俺の限界だ。くそ、このクラスになるとテストですら俺のポンコツ魔力じゃままならないのかよ。


 力の抜けた体で、青いラインを見る。魔力の光がまだ残っている。そこであることに気が付いた。


 待てよ、考えてみれば苦手な青でこれだけ持ったのなら……。


 緑の上級魔獣の髄液が欲しい。これは王女様の狩りに期待だ……って、次の獲物の候補は王女様の色である赤が優先される。俺がリストから選んだのだから間違いない。

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