第11話 調査と報告、そして提案?
「始めるか」
エースコンビが去った資料室。積み上げた大量の獣皮紙を前に俺はペンを取った。さっき二人が集めていた資料の倍はある、北区の一年分の狩猟記録がとりあえずの相手だ。
これでも、今からやることの為には全く足りない。
何しろ割り出さなければならないのは上級魔獣が出現するに足る強いホットスポットだ。しかも対象となる地域は、他の猟区に比べ魔力が薄い北区。これは記録を集めていて気が付いたが、狩りの頻度も少ない。
演習地の魔脈を調べた時は過去三年以上の情報を集約したけど、もっとかかる可能性が高いだろう。
改めて今からやる調査の手順を整理する。
猟区の豊かさに直結する森の魔力の濃さは地下を流れる魔脈で決まる。魔力は地下の魔脈から上がってくるものを植物が取り込み、それを魔獣が食べるという流れで得られる。その魔獣をもっと大きな魔獣がとこれは続く。
ちなみに騎士の魔力も森の魔獣や果実からという意味では同じだ。
魔脈には本流と支流があって、本流は大きく安定しているので地図に現れるレベルの魔力の濃い領域を作り出す。リューゼリオンの場合、本流は遥か北のグランドギルド跡から今は滅んだダルムオンの猟地を流れ、一度東に湾曲して真横からリューゼリオン猟地に入る。そして都市リューゼリオンの直下を通った後、今度は西に湾曲してから南に抜ける。
この結果、リューゼリオンの東や南の猟区は豊かだが、北は魔力が薄く貧弱になる。これは、猟地の地図に書かれている領域毎の魔力の濃さと一致する。つまり、周知の情報だ。
だが、魔脈には本流だけでなく支流がある。支流は本流に比べて細い上に年や季節によって流れる魔力が変動する。年によっては枯れることもある。つまり、地図に現れるようなはっきりとした領域は作らない。
だが、二つの支流が交わる場所では、本流に負けないくらい濃い魔力が局所的に発生しうる。これが今回探すべきホットスポットだ。支流の流れが変化するので、ホットスポットは発生したり消えたりする。
文字通り
去年一年間の狩猟記録から獲物の狩られた場所を地図上にプロットしていく。上級魔獣はサンプルとして少なすぎるので、中級魔獣の中でも比較的強力なものを選び、季節ごとに色を変えて点を打っていく。
二年前、三年前とどんどん過去にさかのぼる。これにより支流の大まかな流れを浮き上がらせるのだ。
大量の狩猟記録を前に、延々と同じ作業を続ける。
結局その日は一年分をプロットし、まったくそれらしいものが見えない状態で作業を終えた。北区は本当に獲物に乏しいな。こんな中で本当に強いホットスポットなんて見つかるのだろうか。
△ ▽
放課後になるや資料室に向かう日々が二日続いていた。明日は日曜日なので、締め切りまでにチャンスは今日だけだ。
「今日も
「やめてくれ、今の俺にはシャレにならない言葉なんだ」
席を立ったところでクライドに呼び止められた。俺は苦笑した。
「そういえば北区について何か知ってるか」
「北区? ああ、王家に残った最後の縄張りだな」
「最後、そうなのか!?」
「ああ、昔はもっと広かったんだが、騎士院の裁定でどんどん削られているからな」
「そんなに追い詰められてるのか……」
俺が驚くとクライドは少し暗い顔になった。
「まあ、縄張りはそこで狩りの成果を上げることが前提だからな。…………ただ、騎士院が明らかに王家に不利になるように裁定してるのが拍車をかけてる。最近は……」
騎士が沢山の魔獣を狩ることが都市の繁栄の条件だ。狩りの力のない騎士に縄張りを抱えられては困るのは確かだが、それを口実に王家の力を削ろうという騎士院の意図があるという関係か。
なるほど北区か。王女様はその流れを押しとどめるために成果を求めているというわけだ。落ちこぼれの知恵にも頼りたいわけだ……。
しかし、同い年だというのに王女様っていうのはこんな大きな責任を背負わないといけないのか。それも、こんな不利な状況で………………。
同級生の常に気を張ったような姿を思い出す。なるほど、最初聞いた時はなんでそんなに成果を焦るのかと思ったけど…………。
いや、結局はお偉いさん同士の争いだ。王女様はこれに失敗したからって命の危険のある労役に駆り出されるわけじゃない。
俺はただ上級魔獣の髄液の為に頑張るだけだ。
…………
目の前に膨大な点を記した六枚の地図を並べる。五年前までの記録、それも隣接する東西の猟区まで調査を広げた結果、何とか魔脈の支流が浮かび上がるところまでは来た。
ある程度予想していたとはいえ、大まかな支流の流れを把握するだけでこんな掛かるとは。それでも一応は把握できた。
北区とその隣接する東西に三本の支流がある。どうやら旧ダルムオン猟地で湾曲した本流から分かれた支流が真っすぐ南下しているようだ。一つなんて、そのまま
だが、支流といっても細いもののようだ。年によっては完全に枯れていることが狩猟の記録からわかる。
やはり流れだけでは駄目だな。支流同士が交わる場所まで絞らないと。そのためにも、もう少しサンプルを増やさないといけない。
六年目の調査を開始する。勘所が分かってきたおかげで、比較的短時間で終えることができた。
よし、はっきり支流が見えてきた。念のためもう少し足しておくか……。
次の一枚を手に取ったとことで。年が変わっているのに気が付いた。日付を見ただけで、指先から血の気が引いた。
こからは七年前、あの年の記録だ………………。
天を舞い、火を吐く竜の姿。それがやっといなくなり、ぼろぼろになった労役者たちが森から帰ってきた光景。そして待っても待っても……最後まで帰ってこなかった両親。
掌が勝手に翻った。裏側になった紙から目をそらす。
「とりあえずここまでいいだろう。……七年前は参考にはならない可能性が高い」
火竜が荒らした年の記録だ。当てにならないというのは妥当な推論だ。時間もないし仕上げに掛かろう。
あらかじめ筆写して置いた白地図を広げ、頭の中で川の流れをイメージ、地図に流れを書き連ねる。当てはめては消すを繰り返す。三本の流れを丁寧に追い、流れが重なる場所を探していく。
やがて地図の上で三本が螺旋を描くように交わる点が見えてきた。
よしホットスポットになりうる場所の候補が見えてきた。次は逆算だ、この二重丸を起点に、各年の魔獣の分布を遡っていく。
六年目、五年目、四年目……ホットスポットの遷移が見えてきた。元となる三本の支流にはそれぞれ増減のパターンがある。すべての経路が均等な年、一つの経路が弱い年、一つの経路が強い年など……。
三年前、二年前、そして去年。なるほど、一年前がこの配置だとすると今年の今からの季節はおそらく……。
「うん。三本の内、ちょうど中央が強くなるタイミングだ。となるとホットスポットは中央経路に沿って綺麗に並ぶぞ…………。ここと、ここと、ここだな。この中で一番近いのは……」
俺のペン先が地図上に三つの二重丸を記した。よし、これでホットスポットは完成だ。後は通常の手順だ、地形と季節による魔獣のリストと照合すれば狩猟計画に必要な情報がそろう。
ここまでやったんだし。最後まで仕上げてやろうじゃないか。俺はリストを取りに棚に向かった。
…………
「何とか間に合ったな」
完成した地図を前に両手を突き上げた。資料室の窓から校舎を見た。夕暮れの校舎。学年代表室にはまだ光がともっている。俺は地図を持って校舎に向かった。
△ ▽
学年代表室のドアをノックした。顔を出したのは黒髪の女生徒だ。何をしに来たのかと言わんばかりのご令嬢に、頼まれていた仕事が終わったと告げる。俺の声に気が付いたリーディアが入れるように言う声が聞こえた。
「北部猟区における狩猟計画について、特にリーディア様がご所望の“大物”の出現場所の絞り込みについて説明します」
俺は獣皮紙を机の上に広げた。
「…………ずいぶんとしっかり調べてくれたみたいね。楽しみだわ」
「机の上でペンを走らせていただけで獲物が狩れるのなら苦労はありません」
バサッという音と共に机の上に置かれた紙の束に、王女様は少し引いている。そして、自分たちが広げていた地図を畳んだ。
「では説明を始めます」
俺は両手を机についた。正直言ってこれは自信作だ。調査だけならこの二人にだって負けない。
…………
「というわけで、魔脈支流の流れから北区のこの三カ所にホットスポットの発生が予測されます。つまり、強力な魔獣が引き寄せられる可能性が高い場所です」
俺は地図上に北区に南北に並ぶ三つの丸を指さし、説明を終えた。王女様を見る。彼女はびっくりした顔で地図を見ている。
「いかがでしょうかリーディア様」
「……え、ええそうね。想像以上によくできてるわ。七年近い資料記録を参考にするなんて大変だったでしょう。サリアもそう思わない?」
リーディアが隣に水を向ける。
「……苦労して調べたのはそうなのでしょう。もちろん、机上の空論としてですが」
ちなみに、俺が説明を始めた時は完全に詐欺師を見る目だった、多分旧時代の錬金術師が向けられていたような。
「もちろん、実際に行ってみないことにはね。それで、この三カ所の内どこを目指すべきかしら」
この質問は予想済みだ。
「一番強いのは最北のホットスポットだと考えられますが、まずは
俺は次の計画書、周囲の詳細な地図と魔獣のリストを彼女の前に広げた。
「そこまでしてくれたのね。なるほど、この三日月湖の周辺で青の大物を狙うのがよさそうね……。いいわ、レキウス君の予想に従いましょう」
リーディアは自分たちの計画書に、目的地を記した。そして、少し考えて俺の地図を見た。
「これは預かってもいいのかしら」
「えっ、はいもちろん。リーディア様に頼まれた調査ですから」
リーディアは調査報告書を机にしまう。わざわざ鍵まで掛けている。自分のやった調査がそこまで丁寧な扱いを受けることに逆に不安になる。
「あの、確実ではありませんから」
「わかってるわ。猟は水物。空振りしたからといって文句を言ったりはしないわよ。少なくとも私たちが考えるよりも納得いく計画が立てられた」
リーディアはそういうと、強い意志のこもった瞳を窓の外、北方に向けた。
「私たちは週明けに狩りに出る。お土産をまっていて」
そういえば狩った魔獣の素材を分けてもらえるんだったな。悪い癖だ、途中から説明に夢中になって本来の目的を忘れていた。
とにかくこっちは調査としては出来るだけのことはやった。後はエリートコンビの成功を祈ろう。
あくまで俺の実験サンプル入手のためにだ。
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