第10話 王女様の依頼

「ねえ、こんな大量の情報をどうやって整理してるの?」

「わかりません。そもそも、このようなやり方に意味があるのでしょうか」

「それは……、でも他に当てはないし。現状を覆すためには出来るだけのことはしないと」

「それはそうですけど、だからといってあんな……」


 赤毛の王女様と黒髪のご令嬢が顔を突き合わせて何か話している。書庫から出てきた俺に気づく様子もない。まあ、普通は書庫の存在自体を知らないか。


 悩ましい顔の美少女が二人並んでいるのは絵になるが、この二人が資料室にいることの違和感の方が強いな。


 閲覧机の上を見ると獣皮紙が積み重なっている。どうやらここに蓄積されている資料を大量に調べているようだ。王女様の手元にあるのは地図ということは、次の狩猟計画を立てているのか?


 次の演習まで日があるのにどうしてだろう。そもそも、演習地区にこの二人が狩れない魔獣なんて出てくるわけがないだろうに。


 余計なことを考えて足を止めたのが悪かった、資料から顔を上げた王女様と目が合ってしまった。彼女は一瞬戸惑ったように目を瞬かせるが、俺が誰か気が付いたようで、思案顔になった。


 しまった、実技の練習もせずに資料室にこもっている状況で彼女と遭遇したということは……。

 今から校庭に行こうとしていた、自分でも半分信じていない言い訳をしようとしたが遅かった。彼女は俺を手招きする。俺はしぶしぶ二人の方に向かった。


「ちょうどいいところに来てくれたわね。ちょっと教えてほしいことがあるの」

「リーディア様。このようなものに聞くなど意味が……」

「こうなったら本人に聞くのが一番よ。そこに座ってもらえるかしら」

「……聞きたいことというのは何でしょうか?」


 恐る恐る二人の対面に座る。今度はどういう風に説教させるのだろうか。


「レキウス君に狩猟計画の立て方についてアドバイスしてほしいの」

「…………はい?」


 意外過ぎる説教の切り口にどう反応していいのか分からない。


「この前あなたが落とした地図を拾ったでしょ。普通よりもはるかに詳細なものを作っていたわよね。それで、今度の狩りの為に真似てみようかと思ったのだけど……実際にやってみると全然わからなくて」


 戸惑う俺に、王女様は自分の地図をこちら向きにした。説教じゃなくて、本当に教えてほしいことだった。


「無理かしら。特別な秘密があるのなら誓って口外はしないわ」

「えっ、いえ、そもそも毎回教官にチェックされるものですし、秘密ってわけじゃないので構わないのですが……。何のためにそこまで?」


 正直言ってこの二人は俺とは前提条件が違いすぎる。参考にする意味があるとは思えない。


「次の狩りで大物を狩りたいの。できれば上級魔獣がいいわ」

「上級魔獣!? そんなのが出る場所が演習にあるわけ……」

 あまりの無茶な注文に驚く。狩猟計画の書式が演習用のものではないことに気が付いた。広げられている地図は都市に近い演習地のものではなく、もっと遠くだ。


 なるほど準騎士としての狩りの計画なのか。そりゃ演習日程とは関係ないはずだ。意味は分かったが、あまりに高い目標にあきれる。上級魔獣を狩れるのは現役騎士の中でも十人に一人もいない。二年生半ばで準騎士ってだけじゃ足りないのかよ。


 こっちは準騎士どころか落第しないために必死だ。とてもじゃないがあんな時間がかかることに付き合ってなんていられないぞ。


 これは何とかして断らないと。彼女の地図を見るふりをしながら算段を考える。


 …………なるほど、少なくともちゃんと調べようとした跡はあるな。これは苦労しただろう。実績ゼロの落ちこぼれの狩猟計画を真似るためにここまで……。


 でもこれじゃあ駄目なんだよな。俺のアレはちょっと特殊なんだ。


 ちらっと、王女様をみる。こちらを見る顔は真剣だ。となりのパートーナーは明らかに気乗りしていないけど。


 困ったな。このやり方でどれだけ頑張っても時間の無駄だ。何しろ、一番肝心な情報が欠けているんだから。


 結果的に自力で逃れたとはいえ助けに来てもらった恩はある。これでは無駄だという説明だけはしよう。


「わかりました。どこが問題でしょうか」

「助かるわ。まず、根本的な疑問なんだけど、これだけのいろいろな情報の優先順位をどうやってつけてるのかしら」


 王女様は目の前に広げた沢山の資料を指さした。地形、季節ごとの魔獣の出現など様々な情報だ。ちゃんと調べようとしただけあって的確なポイントだ。


「実は優先順位を決めるための最も大事な情報はここにはないのです。過去の情報から逆算した魔脈の変動を参考にしてますから」

「過去の情報? 魔脈ってあの魔脈?」

「はい。地下の魔力の流れである魔脈です。魔獣は人間よりもはるかに魔力に依存しています。つまり、魔力の高い場所ほど強力な魔獣が集まる傾向にあります。そして、猟区の魔力の濃さを決めているのが地下の魔脈の強さと位置関係、つまり距離です」

「ええ、それは分かっているわ。でも、それって猟区の魔力の濃さでしょ。地図に書いてあるわ。魔脈の流れは安定している物でしょ?」


 文字通り教科書レベルの話だ。だが、ここからは原本の話になる。


「基本的にはそれであっています。ですが、魔脈の中にはその流れが変動するものがあります。この変動により局所的に魔力が濃い領域ができます。これは移動するので地図に載っていないのです」

「つまり、俗に言う穴場みたいなもののことかしら?」

「それに近いですね。私はホットスポットという言葉を使っていますが」

「お前が穴場など見つけても役に立つまい」

「いえ、あります。間違っても踏み込まないようにしないといけないので」


 俺が即答すると二人は気まずそうな顔になった。


「と、とにかくだ。見てきたように言うがことは地下だぞ。しかも、魔脈の魔力は透明で我々には直接感じ取れない。根拠はあるのか」

「根拠も何も教科書……じゃない、教科書の原本に書いてあります。ちょっと待ってくださいね」


 俺は書庫に引き返し、原本を取ってきた。二人の前にそれを開く。魔脈の記述は教科書にも載っているが、原本は当然何倍も詳しい。


「こういう物があるのは知ってたけど。……確かに書いてあるわね」

「だが、教科書から削られているということは、そこまで大事ではないということではないか」

「そうですね。一般的な魔獣、つまり中級魔獣を狩るのにはそこまで有効ではないと思います。猟区の通常の魔力の濃さと、直近の他の狩猟情報で十分です」

「つまり特別な場合、上級魔獣を狙う場合は意味があるということね。でも、移動するホットスポット? なんて具体的にはどうするの」

「上級魔獣が狙いならただのホットスポットだめでしょう。多分ですけど、変動する地脈同士が交わる強いホットスポットが必要だと思います。これの絞り込みとなると一日二日じゃ無理ですよ」


 演習地のだって三年分遡って狩猟記録を調べたんだ。北区となるとどれだけ情報がいるか分からない。


「リーディア様。それではあまりにも時間が……」

「でもサリア、今の話は理にかなっていると思わない?」

「頭で考えて魔獣が狩れるなら苦労はありません」

「それは……。でも、ただでさえ魔力が濃い縄張りは向こうに押さえてるのよ。本当に穴場が予想できるなら私たちにとってこれ以上のことはないでしょう」

「それはそうですが……。上手く行ったらの話です」

「それこそやってみなければ分からないでしょう」


 王女様とご令嬢が。俺の狩猟計画について議論を始める。前のめりな王女様と否定的なご令嬢。説明はしたので後は二人の問題だ。


「そもそもそれだけの時間をどうやって捻出するのですか。この後の王宮でのご公務を考えますと、もう学院を出ていなければならない時間です。明日以降もご公務はありますし。ただでさえ今後は準騎士としての狩りが加わるのですから」


 王女に学生に準騎士の三重。俺なんかには想像できない苦労だな。しかも彼女は学年代表でもある。それも、演習地を外れた落ちこぼれにまで気を配るくらい真面目に……。


「確かに時間は足りないけど……。どうしたらいいかしら……」


 側近の正論に王女様は悩む。そして、彼女はこちらを見て、少し気まずそうに切り出す。


「私はこれまでレキウス君に放課後は練習に力を入れるように言ってきたわ。それを考えればこれを言うのは都合がいいと思われるでしょう。この調査をお願いすることは出来ないかしら。一カ所でいい、北区の穴場、レキウス君のいうホットスポットを見つけ出せないかしら」


 王女様の表情は必死だ。だが、こちらにもやることがある。ただでさえさっき望みの一つが断たれたんだ。すでに十分すぎるくらい優秀な成績を上げているこの二人を助ける余裕なんて……。


「もちろんレキウス君の時間を使ってもらうのだから報酬は払うわ。レキウス君の予測で上級魔獣が狩れたらあなたにも猟の成果、魔力素材の三分の一を分けるというのでどうかしら。確かこの前上級色媒があれば中位術式が使えるって言っていたわよね。そうだ、これならあなたの実技の練習の助けにもなるはずよ」


 事前調査を担当しただけで、実際に狩りをした二人と同等というのは破格だな。平民出身者をこき使うつもりがないのはいいんだけど。でも、王女様は知らないことだけど、それはもう駄目だったんだよな……。


 ここはやはり断る一手…………まてよ。上級魔獣の魔力素材?


 さっきあきらめた可能性が頭をよぎる。もし、上級魔獣の髄液が手に入れば、先ほどの空想上の想像の半分。上級魔獣の髄液を精製すれば超上級色媒が作れるのかどうかを確認できる。


 これは俺にとってもやる価値があるんじゃないか。何しろ、自力では絶対に手に入らない『実験サンプル』だ。


「猟に出る予定の日はいつですか?」

「週明けになるわ」

「あと四日ですか。分かりました、やってみます」

「ほんと。助かるわ」

「たかが調査で魔力素材を……」

「今の私たちに一番必要なのは上級魔獣を狩ったという実績を示すことでしょ。それに、今の話を聞く限りかなりの時間を取ってもらうのだから」

「それはそうですが……。そうですね、万が一当たったらですから」


 サリアは不承不承頷いた。このまま忙しい王女様が無駄なことに時間を使い続けるくらいならって感じだな。騎士の常識から考えれば無理もないとは思うけど、ちょっとだけ見返してやりたくなる。


 もちろん、こちらの目的は最高の実験サンプルだけど。そのためにもしっかりと調査してやろうじゃないか。

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