第9話 伝説の魔術、の初歩
資料室の裏ともいえる書庫、その奥に一つある机の上に俺は一冊の分厚い本を紐解いた。
本の名は『魔力原理 第一巻』。どうやらグランドギルドで“魔術師見習”が使っていた“教科書”らしい。そして、この騎士学院の一年生の座学『魔術基礎』のぺらぺらの教科書の“原本”である。
第一巻と言うのが曲者である。
俺達が使う教科書よりも五倍は厚い上に記述もぎっしり詰まったこの本ですら、グランドギルドの教科書の最初の三分の一、つまり初歩の抜粋にすぎないということになる。
ちなみに現在の騎士が使っている魔術は下位、中位、上位の三ランクだが、これらの魔術はグランドギルドでは“狩猟魔術”とひとまとめで第一巻に収められているのだ。
今の騎士が最高峰と考えている上位“狩猟”魔術ですら、グランドギルド時代の基準で言えば半分以下ということ。さすがは魔術を極め、そして俺たちが今住んでいる都市を作った
ちなみに第二巻、第三巻はおそらく存在しない。グランドギルドから持ち出し禁止だったらしく、グランドギルドと共に三百年前に失われた。
辛うじて第一巻の巻末に付いている次巻以降の目次で、第二巻は個人レベルの白魔術、第三巻が白の儀式魔術だと知れる。
そう、白魔術だ。これら失われた魔術は俺たちの“狩猟”魔術とは根本的に格が違う。狩猟魔術のような単色の魔力で発動するのではなく、三色を合わせて白い魔術として発動するのだ。
グランドギルド時代にはこの白魔術で竜を狩っていたという伝承すらある。現在都市のある場所は全て元々強い魔力の噴出場所、竜の巣であったという言い伝えが残り、リューゼリオンの、王家の紋章が竜を模しているのも、その名残だって話と合致する。
とにかく大昔の、信じられないような隔絶した魔術だ。現在の騎士教育を受けている身としてはおとぎ話にすら聞こえる。
だが、白魔術が存在していたことには明白にして最大の証拠がある。リューゼリオンを守る白い結界がそれだ。グランドギルド時代から何百年間も街を守り続ける
王宮の地下にある三色の術式を合わせた巨大な魔術器が作り出す白の大魔術である結界はこの頭上にある。
そして、俺が原本を探しに来た理由がこの白い魔術、失われたグランドギルドの秘術だ。
正直自分でも何を言ってるんだと思うが、ちゃんと理由はある。理屈としては、だけど。それが色媒だ。
実は、現在の騎士が使えるのが単色魔術だけであることには理由がある。三色の魔力は互いに干渉し打ち合って術式を崩壊させるのだ。
狩猟団の連携で最も重要なのは異なる色の魔術を使う者同士が、互いの魔術を邪魔しないことだ。
それが同じ狩猟器上で三色の術式が組み合わさる白魔術など想像の外である。そもそも、単色の術式の中で魔力伝導率が必要なのも、近接する触媒のラインを流れる魔力同時が干渉するからといわれている。魔力という物は下手したら同色ですら干渉するのだ。
逆に言えば、現在存在する以上の魔力伝導率の色媒があればこの問題は解決できる可能性がある。つまり、上級を超える色媒があればいい。
もちろんそんなものは存在しない。伝承では結界器の色媒は竜の髄液から作られたなんて言われているが、それですら確かめようがない話だ。
だが、俺には上級以上の魔力伝導率の色媒に心当たりがあるのだ。つまり、上級魔獣の髄液を錬金術で精製することで超上級色媒を作り出せる可能性だ。
錬金術を使えば失われたグランドギルドの白魔術に使用可能な色媒ができるのではないか。昨夜、というか今朝だが、この想像に至った瞬間の体の震えは今でも覚えている。落第の恐怖が一瞬吹き飛んだくらいだ。
言うまでもなく、現時点では空想上の想像だ。上級色媒を精製したら超上級色媒ができるというのがまず想像。それが白魔術に使えると言うのはどちらかといえば空想かな。
それでも調べてみる気になったのは、今の俺にとって最大の問題である術式の規模をこの白魔術は解決する可能性があるからだ。
狩猟魔術と白魔術の両者が完全に隔絶していることがポイントだ。つまり、狙うべきは白魔術の中での初歩だ。実際、教科書の原本の最後に第二巻の紹介として一つだけ載っている術式『白刃』の規模はそこまで大きくないのだ。
三色合わせて中位狩猟術と同じくらいの規模だ。三色合わせてというのがポイントだ。中位“狩猟”魔術の場合は緑の魔力一色で術式を満たさなければならないが『白刃』の場合は三色でだ。
騎士にはそれぞれ得意な“色”がある。王家の赤、デュースターの青、俺の場合は緑だ。だが、騎士が魔力を練る時に白く光るように、体内には三色の魔力が全部ある。魔力は魔獣の肉や森の果物から取り込むからだと言われている。
得意な色というのはその中で最もうまく使える色というだけ。
つまり、体内の魔力を三色ともかき集めれば白刃の術式を満たせる可能性がある。例えて言えば、片手で持ち上げられない荷物も両手なら持ち上げられるようなものだ。
改めて原本の最後に付属する白刃の術式をじっくり見ていく、記憶の通り形そのものはそこまで複雑に見えない。それぞれの色の術式は基本独立して赤、青、緑の三角が三つ、その頂点を中心に向けたような形をとっている。
ちなみに術式の効果の説明には小型の魔力干渉効果を打ち出す、とある。なんかすごそうだが、とりあえず今は術式そのものが問題だ。
ここまでは思惑通りだ。理屈上、この
「術式の魔力の流れが全然見当つかないな……」
単色の狩猟魔術は規模と複雑さはともかく様式に共通性がある。俺にはまず使えない上位魔術でも、見ればどう動くか何となく見当がつく。だが、この『白刃』の術式は全く見当がつかない。それぞれの色が独立しているといっても、その色の中の術式回路ですら、馴染みのものとは様式が違う。
特に問題になるのがいわゆる“書き順”だ。術式は一見平面に見えて実際には書き順がある。同じ円でも右回りで描かれたのか、左回りで描かれたのか、交差するならどちらが先かが分からないと駄目なのだ。
一色だけとっても書き順が問題になる箇所が十カ所近くある。すべての書き順が一致しないと駄目だから組み合わせの数は……多分千通りくらい試さないと駄目なのかな……。
つまり、この失われた白魔術はちゃんと動いているのを実際見ないと失われたままだ。失われたものを復活させるためには存在しなければならない。
…………それって無理だってことじゃないか。
「やっぱりグランドギルドの秘術なんて無謀すぎる考えだったか」
錬金術の力で超上級色媒が作れるのではないかという発想に浮かれての、のこのことこんなところまで来たが、実際に見ると頭が冷えてくる。理屈はしょせん理屈にすぎない、実用には程遠いということか……。
「考えてみればこれを試すにはまず上級魔獣の髄液がいるんだよな。そんなものどうやって手に入れるんだよ……」
原本を閉じてのろのろと立ち上がる。
今からでもグラウンドに出て地道に魔力運用の訓練でもしようか。それと並行して夜は寮で精製の収量を上げていく。今から二年、死ぬ気でやればもしかしたら中位術式が使いこなせるようになるかもしれない。
教官やあの王女様の受けもいいだろうしな……。
書庫から閲覧室に出た。重い足をひきずって閲覧室を横切ろうとする。そこに来た時にはいなかった他の学生がいることに気が付いた。
赤毛の王女様と黒髪のご令嬢だ。二人は大量の資料を前に難しい顔をしている。学年一、いや学院一資料室に入り浸っている俺が一度も見たことがない光景だ。
学年のエースコンビがこんなところで何してるんだ?
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