電撃!技師魂ここにあり(上)

 何かと機械きかい人間にんげんに縁があるようだな、と、相田あいだ規満のりみつはいささかうんざりした気分で考えた。


 二度目ともなると、相手をじっくりと観察する余裕も出てくる。くろびかりする金属の頭に、光電こうでんがんが二つ付いているのは、なんだか滑稽こっけいな感じすら与える。大砲のような銃は、この間と同じもののようだ。しかし、今回の機械人間は、腕に銃を持つのではなく、肩に銃を取り付けてある。


「歩く砲台と言ったところでしょうか」


 と、感想を述べたのは、川口憲明のりあき技師だった。

 川口善三ぜんぞう社長の、甥である。三度の飯よりも機械をいじることの好きな、根っからの技術者である。

 いまも機械人間に銃を突きつけられていることより、機械人間の機構に目が行ってしまっているらしい。伯父とは、似たもの同士なのだ。


「戦車より、よほど役に立つかも知れませんね。小回りが利くし、車で運ぶこともできる」

「飛行機に乗せることもできる。しかしこいつら、どうしてここに来たのかな」

「どうやら、これが欲しいみたいですよ、専務」


 川口が指さしたのは、一枚の書類だった。


 書類と言うより、設計図に近い。この間、川口社長がどうやってか手に入れた、機械人間の部品を調べた、その調査書だ。


「ふむ。ときに、本物の部品はしまってあるんだろうね」

「爆撃されたって、壊れないようにしてありますよ。でも、目の前のこいつを分解したほうが、社長が持ってきたかけら一つよりもずっと、役に立ちそうですね」

「分解できるようなら、分解すればいいさ。それより問題なのは、警察程度じゃこれに歯が立たないと言うことだ」


 などと話している二人を、機械人間は無表情に監視している。


 なんとなく、不気味な感じだ。その場にいる人間には、立ちすくんでしまっているものもいる。


 だが、この場にいる大半は川口技師と同じ、若い技術者だ。好奇心旺盛で、しかも覇気はきのある、若さあふれる連中だ。

 その中の一人、三浦みうら一平いっぺい技師が、こっそり動き始めた。

 手にしているのは、二本の電線だ。長い電線を、それぞれ一本ずつ、天井の可動かどうから垂れ下がった鎖に、それぞれからみつかせる。


 それを見て、鈴木二郎技師が、ゆっくりと可動かどう操作そうさばんに近付いた。


 川口技師と相田規満は、ともにその動きに気付いたが、素知らぬ顔。機械人間はどうやら、まったく気付いていないらしい。

 鈴木技師と三浦技師は、うなづきあい、そしてスイッチを押した。


 機械人間が、物音に気付いて振り返る。

 鈴木技師が可動かどうを機械人間に向かって走らせ、三浦技師は高圧電流を鎖に流す。

 機械人間が、鈴木技師に狙いを定めた。


 危ない!


 と思った瞬間、こんどは中川技師が、手元にあった変圧へんあつ用コイル鉄芯てつしんを、機械人間に向かって投げつける。

 鉄の塊は、狙い違わず、機械人間を直撃した。鈴木技師を狙った銃がそれて、扉に大穴をうがつ。

 そこで、二本の鎖が、機械人間に触れた。

 ばちっ!という大きな音がし、青い火花が散って、機械人間がゆっくりと倒れた。

 三浦技師は、電流を止める。


 長い接地せっちせんのついたエボナイト棒を持った技師ぎしが、すぐに駆け寄って、機械人間が帯びている危険な電荷でんかを取り除いた。


「いいものが手に入りましたね、班長」


 さっき銃弾が耳をかすめていったばかりだというのに、鈴木技師は、にこにこ顔である。


 技師ぎしだましいここにあり、なのである。

 どんなものであれ、それが機械であるならば、触ってみたい、動かしてみたい、ばらしてみたい。そのためには多少の危険などかえりみない。


 そして、気の早い連中はさっそく、カメラや切断せつだんや計測器を引っぱり出して、機械人間を調べる準備にとりかかっていた。

 川口技師も、いそいそと機械人間を調べにとりかかろうとする。


 その時。


 ずしん、ずしん……という、腹に響く音が、しだいに近付いてきた。

 ごくわずかな者がそれに気付き、窓の外に首を出す。

 同時に、悲鳴が上がった。

 窓の外を見ていた連中のものでは、ない。機械人間を取り囲み、計測器をにらんでいた連中のものだ。


「停電だ!」

「ああっ、せっかくのデータが!」

「おい、それどころじゃないぞ!」


 窓の外を見た奥田技師が、同僚に向かって叫んだ。


「データが取れなくなったのに、それを軽視する気か、君は!」


 機械人間にとりついていた、鈴木技師が、そう叫び返した。


「ちがうんだ、窓の外を見ろ。機械人間がまだいるぞ」

「……五体はいるようだな」


 手持ちぶさたになっていた相田規満は、鈴木技師と並んで窓の外を見ながら、そうぼそりとつぶやいた。


 太陽のもと、五体の機械人間が、黒光りする体を陽にあてながら、近寄ってくるのが見えた。


 肩口の銃口が揺らめいて見えるのは、暑さゆえのことか、それとも発射せんばかりになっているせいか。

 機械人間は、ゆっくりと銃口を動かし、研究室に照準を合わせた。

 調べる手を止め、窓に群がっていた技師達は、皆、その場に凍り付く。

 さすがに、この苦境を打破するだけの手を思いつけるものは、いなかった。


 誰かが念仏を唱える。


 相田は、窓枠をきつく握りしめた。視線は機械人間に向けたままだ。あの世まで、その姿を眼に焼き付けたまま、行ってやろうという気分だ。


 だが、その覚悟は、必要なかった。


 突然、ヒュルヒュルと音を立てて、何か黒っぽいものが天から降ってくる。

 まず機械人間達が気がつき、それを見上げた。

 そしてその瞬間に、白光がひらめく。すさまじい光だ。マグネシウムをいたときより、ずっと明るい。


 技師達と相田の目がくらみ、何も見えない間に、次は轟音ごうおんとどろいた。


「伏せろ!」


 と、とっさに叫んだのは、最年長者の柳川やながわ技師だった。

 皆、『柳川の親父さん』の声で、一斉に床に伏せる。頭をかばい、体を小さくして、窓からなるたけ離れる。


 どかんどかんという腹の底に響く音と、たんたんたん……という単調な音が混じり合って響き、やがて止んだ。


 しばらくして、一人、二人と我に返る。相田も立ち上がり、そうっと窓の外をうかがった。

 機械人間が、こわれたなまりの兵隊のように、表の試験場に転がっていた。そのそばには、何人かの軍人らしき人影がある。


「みなさん、ご無事ですか」


 戸口から入ってきた陸軍少尉が、皆に声をかけたのは、そんなときだった。

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