機械人間のなぞ

 さて、事件はこうして一応の決着を見ても、騒ぎがこれで収まったわけではなかった。


 新聞もラジオも、謎の機械人間について取り上げなかったものはない。なにしろ、あんなものが小説や紙芝居の中以外に存在するなど、今まで誰も、夢想だにしなかったのだ。衝撃的なこの事件に、ブン屋が飛びつかないわけはない。

 しかし世間が騒がしい一方で、事件に巻き込まれた当の本人である相田規満のりみつは、機械人間以外のことに気を取られていた。


「お兄さま、それは帝大にいらした頃のアルバムですわね?」


 気になって探し出してみたアルバムを広げていると、それを目に留めた妹の道代みちよがそう、おっとりと言った。


「ああ。おまえにも見せたことがあるだろう」

「ええ」


 規満が大学にいた時分はまだ非常に珍しかった、カラー写真である。十年近く経っているせいか、色があせ始めているような気がしないでもない。


「でも、今ごろどうなさったの?」

「ちょっと気になることがあるのだよ。……ああ、あった」


 規満はアルバムをめくる手を止めて、一葉の写真を指さした。

 『六帝大陸上競技大会にて、横田君と』と下に書き込みがされた写真である。写っているのは二十歳ぐらいの規満と、同じくらいの年頃の若者だった。


「横田さん?お友達ですの」


 道代は、興味深そうに規満の指さした先を見、訊ねた。


「友人だったんだ」

「今は違いますの」

「……この写真を撮ったその日に、行方不明になってしまった」

「まあ」


 規満は消息を絶ったかつての友人の写真をじっくり眺め、そしてこの間、新聞社にいる友人から手に入れた写真を、横に並べてみた。


 新聞社の写真に写っているのは、この間の事件を解決した、陸軍部隊の指揮官である。警察の大塚警部によれば、この指揮官の名前は横田さかえ。偶然だろうか、失踪した友人と同姓同名である。

 だから気になって、写真を手に入れてみたのだ。こうして比べると、六尺あまりの身の丈は、たしかに二人とも同じである。わりと細身で、そのくせ筋肉質な感じがするのも同じ。しかし顔は?わからない。なにしろ少佐は軍帽を目深く被っていたのだから、写真にはっきりと残っているのは顎の線だけだ。


 かくたることが判らぬので、規満はアルバムを閉じた。

 それから顔を上げて、妹が外出する用意をしていることに気がついた。


「仕事かい」

「ええ。今日はちょっと早く出かける必要があって」


 道代は、職業婦人なのである。


「そうか。気を付けていっておいで」


 執事が道代に、自動車の仕度が整ったことを告げに来たので、規満はそう言って妹を送りだした。



 道代の勤め先というのは、帝都の西の外れ、第一高等学校の近くにある、洋風の建物の中にあった。


 いくつか並んだ洋風の建物の南側には、練兵場があり、そこでは兵士達が黙々と訓練に励んでいる。

 建物の中を行き交う人々の半数は、軍服を身につけている。軍服には陸軍も海軍もあり、また陸軍軍人の襟に付けた部隊色も、ばらばらではあるが、それでもたしかに軍人が多い。

 そして軍人でない残る半数は、たいがいが作業服姿か白衣姿である。建物の大半も、様々な機械や実験器具がいっぱいの部屋ばかりで、何やら研究所のようにもみえる。


 軍の研究所だろうか?それにしては婦人が多い。

 しからば、ここは一体なんなのか。


 はじめから打ち明けてしまおう!

 ここは軍務長官直属の特務とくむ科学かがく作戦さくせん機関きかん、通称特科とくか機関の本部である。本郷ほんごういわお大佐を司令官に仰ぎ、侵略の魔の手から帝国を護るべく、日夜ひそかに活動している、その本拠地なのだ。

 そして今、本部であるどっしりした洋館の一室に、特科機関の主だった面々が集まっていた。


 「すると、これの電子頭脳は壊れていないわけですね」


 そう、口を開いたのは、参謀の藤澤ふじさわ敬二けいじ大尉だった。


 「そうです。少なくとも、機械は壊れておりません」


 答えたのは若き電子工学者、小出こいでしげる博士である。


 「すると、これを我々が使うことは可能とお考えですか」

 「原則としては、使えます」


 手術台にも似た作業台の上に、ばらばらにされて置かれている機械人間を見、小出博士は断言した。


 「ただし、これを操作するためには特別の人工言語が必要です。それと、非固定記憶が炸裂さくれつ磁界じかい爆弾の影響で抹消されているので、これをこちらで書き込まねばなりません」

 「炸裂磁界爆弾?」

 「この前、わたしが使用した試作兵器だよ」


 そう口を挟んだのは、横田榮少佐だった。


 「一秒の何分の一という短い時間に、超強力な磁界じかいを発生させる仕掛けだ。磁界を瞬間的に発生させるために多少の爆薬は使うが、それ以外はいたって人畜無害なものだよ。電子頭脳にしか効果がないのだ」

 「しかし少佐、それを至近距離で使ったら、あなたにも悪影響が出ませんか」

 「体はとにかく、わたしの脳は生身だ」


 横田少佐はそう言って、苦笑した。


 しかし、『体はとにかく』とはどういう意味なのか?


 まさか、横田少佐が人造人間である、ということではあるまい。自分の脳は生身である、と少佐本人が言っていることでもある。それにだいたい、これほど人間そっくりに行動できる人工頭脳など、まだまだ夢のような話だ。最新式の三極素さんきょくそ電子でんし計算機けいさんきでも、これほど小さく高性能のものは作れないのが現状なのだ。

 では、機械人間の体は作りうるのか?

 これもまた、否である。


 「ずいぶん小型の電動機でんどうきですな」


 横田少佐達とは離れた場所に固まっている数人の一人、技術部の吉岡よしおかつよし技師が、分解された部品の一つを手に取り、嘆息していた。


 「うむ、たしかに小型だな。これで腕や足を動かしていたのか」

 「関節一つあたり、二つか三つ使用していますな」


 と、これは井上いのうえ弥一郎やいちろう博士。


 「なりは小さいですが、私見では数馬力は出る代物ですな。力が強いのが特徴です。電動機だけではない、これ以外にも驚異的な性能を持つ部品は、まだまだありますぞ。たとえば、このない骨格こっかくに使われている金属も、その一つですからな」

 「鋼鉄ではないのですか、博士」


 訊ねたのは、兵器部長の新田にった和彦かずひこ中佐。


 「新素材ですな」


 井上博士の言葉に、その場にいた、参謀長の神田かんだ壮史郎そうしろう中佐が顔をしかめた。


 「たいした科学技術の持ち主のようですな、我々の敵は」

 「それに対抗するため、特科機関は作られているのだよ、中佐」


 それまで黙っていた、本郷大佐がそう、参謀長に向かって言った。


 「それに、我々にも秘密兵器がある。そうだな、横田少佐」

 「こんなポンコツには負けないつもりでおります」


 けっして、大きな声で話していたわけではない。しかし、横田少佐は確実に本郷大佐の言葉を聞き分け、そう即答していた。

 答えて、不敵な笑みを浮かべる。本郷大佐は頷いて見せ、こちらも太い笑みを浮かべた。


 その時である。

 突然、サイレンの音がけたたましく鳴り響いた。


 「緊急きんきゅう出動しゅつどう要請ようせい、緊急出動要請。機械人間出現」


 サイレンに重ねて、放送が響く。

 本郷大佐はその場にいた面々を見回し、


 「特務とくむ歩兵ほへい中隊、直ちに出撃せよ。参謀長は作戦室へ。無電むでん班、出撃部隊との連絡を保ちつつ、警察無線も傍受せよ。藤澤大尉!」

 「はっ」

 「君は今回、横田少佐に同行せよ。ただし戦闘には加わるな」

 「了解いたしました」

 「総員、出動!」


 その場にいた軍人が一斉に敬礼し、そしてさっと散っていった。

 藤澤大尉は、先を走っていた横田少佐に、途中で追いつく。

 そして、横田少佐の専用車になっている、四起よんき偵察車ていさつしゃに、少佐とともに乗り込んだ。

 偵察車付きの無電手は、すでにレシーバーを耳に付けている。それが少佐を振り返り、


 「出現場所、連絡が入りました。深山みやま工業研究開発所です」

 「わかった。行くぞ!」


 少佐は、アクセルを強く踏み込み、偵察車ははじかれたように発進した。

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