幕間 届かなかった声

 真っ白な壁。鼻を突く薬品の匂い。一定のリズムで部屋に反響する電子音。それらに包まれるようにしてベッドの上で眠っているのは――椎名柚希だった。

 彼女に取り付けられている管を見るたびに思う。今の彼女は、生きているというよりかは、生かされているのだと。

 僕は馬鹿だった。自分勝手に柚希に想いを告げ、そのくせ柚希の想いを踏みにじって逃げだして、挙句の果てに柚希を事故に遭わせてしまった。延命治療により一命をとりとめた柚希は、決して目を覚ますことはない。医者には、奇跡でも起きない限りは無理だろうと告げられた。

 西日に照らされた彼女の顔はとても青白かった。

 全部僕の所為だ。僕があの時逃げ出さなかったなら、柚希が事故に遭うなんてことも、もう二度と目を覚まさなくなるなんてこともなかった。だからこれは全部僕の責任だ。僕が柚希を……。僕が、僕が……。

 そばで眠り続ける彼女に、何度も何度も謝り続けた。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 その声は届いているだろうか。

 いいや、きっと届いていない。柚希が僕に告げようとしていた本当の言葉さえ、僕には届かなかったのだから。

 だから、きっと僕の声も届かない。


 あの文化祭の夜、しつこくなり続けていた着信音は、柚希からの最後の電話だった。


“ごめん、なさい……。わたし、嘘……ついちゃった……。わたし、ね……。本当は、彼方くんのこと…………”


 僕は、もう一度あの日に戻れたらって、ずっと後悔していたんだ――。

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