四回目 ㉒笑う篝火
四回目のキャンプファイヤーも、僕一人で眺めることとなった。というのも、現在部室では、柚希と梨乃が大事な話をしているらしいのだ。その場に居合わせるわけにもいかないので、僕はこっちへやって来ているというわけだ。
涙には癒し効果があると聞いたことがあるが、どうやら本当みたいだ。さっきまで酷く気落ちしていたのに、不思議と今の心は晴れ渡っていた。
真っ赤な太陽と、多くの生徒によって囲われているグラウンドの中央で立ち上る篝火。見飽きてうんざりしていたはずなのに、今日は少しだけ綺麗に見えた。
「お、その表情を窺い知るに、どうやらちゃんと仲直り出来たみたいダナ!」
視界の隅で、見覚えのある二人組が肩を並べてやって来た。肩の高さはまったく合っていない、どう考えてもアンバランスなその二人は、上機嫌に笑う会長と、優しい眼差しを向ける副会長だ。
二人に向かって僕も会心の笑みを浮かべる。
「ああ、おかげさまで。マジで助かったよ」
「いろはから聞きましたよ? 最初はびっくりしちゃいましたが、解決したのでしたら本当によかったです」
副会長は、我が事のようにそっと胸を撫で下ろしていた。
そんな些細な言動、表情、動作の一つ一つが堪らなく嬉しかった。僕らのことを気にかけてくれる人が居るってだけで、もの凄く安心する。
「やっぱ我らが生徒会長様は最強だよ。それを今日、改めて実感した」
素直な気持ちを口にした途端、副会長が目の色を変えた。
「ええ、そうですよ? いろはは普段はお茶らけていますが、ここぞという時には誰よりも凄い実力を発揮するんですから。今年の文化祭だって去年とは比べ物にならないくらいの来場者数を獲得し、いろはの知恵や統率力、信頼があってこその――」
誇らしげな語り口で会長を持ち上げ続ける副会長を見て思った。
会長と副会長、両想いじゃん。
「オイオイ何だ何だー二人して。褒めても何も出ないゾー」
会長は、僕と副会長を交互に訝しそうな目で見やる。
「別に何も企んじゃいないって。さっきのは正直な気持ちだよ。あんな恥ずかしい相談に乗ってくれて、今日は本当に感謝をしてもしきれないよ」
あの時いろはが部室を訪れてくれなかったら、きっと今でも僕らは拗れたままだっただろう。
「恥ずかしい相談なんかじゃないゾ? あれはとても大事なことなんダ。相手が例え友達であれ家族であれ、誰かに対して好きって伝えるのは恥ずかしいことなんかじゃナイ。寧ろ、大切な人にも素直になれない方がよっぽど恥ずかしいことだし、それに、すっごい息苦しいんだってことがわかったダロ?」
「ああ、身に染みて感じたよ。大切に思ってるのに、どうしてそれが伝わらないんだって、じれったくて仕方がなかった」
気取った言葉を用意する必要なんてない。そんなことをすれば却って伝わりにくくなるし、余計に恥ずかしくもなってしまう。自分の気持ちをストレートな言葉に乗せて相手に伝えること。その重要性を享受できたのは他でもない、会長が居てくれたからだ。
「ほんと、どうやってお礼をしたらいいか……」
「お礼だなんて、そんなの簡単サ」
「え?」
「柚希をあたしにクレ」
「駄目だ。柚希は僕のものだ」
「何⁉ もうそんな関係になったのカ⁉」
「ああ、ついさっきな」
僕は勝ち誇った顔で豪快に反り返って見せる。会長は、本気で悔しそうに唇をきつく噛み締めている。
「抜け駆けはずるいんダゾ!」
「抜け駆けも何も、僕は柚希から告白されたんだ」
まあ本当は先に僕が告白していたのだが。あの日はフラれたのだから無効になるだろう。だから実質告白されたということになるはずだ。
「じゃあちょっとでいいから少しでいいからあたしにも柚希を貸してクレよ~」
「駄目だ。柚希は譲らない」
「何ダヨ、いいじゃないかシェア柚希ー」
「駄目だ。柚希は僕が独占する」
会長の望みをバッサリ断ち切ると、会長は子どものように駄々こね始めた。
「ケチケチー。彼方のイケズ! コンババ!」
え、何? こんばば? 何だよそれ初めて聞いた。
何も言い返せずに僕が呆けていると、副会長が啖呵を切ったように笑い出した。
「お二人は、本当に柚希さんのことが大好きなんですね」
副会長が大きな声を出して笑っている姿なんてのはかなり珍しい。というか今までそんなことはなかった気がする。
まるで、安心しきったと言わんばかりの笑顔だった。
会長も驚いた様子で副会長を眺めている。
「っはは。そこまで笑われると、なんか恥ずいな。柚希のことが大好きなのは事実だけど」
「そうダナ。あたしだっていつまでも柚希のことが大好きなままダ」
視線を副会長から会長へと戻す。会長は、眩しいくらいに煌びやかな表情をしていた。副会長は今も尚破顔したままだ。そんな二人につられて、遂に僕も綻びを隠し切れなくなった。
しばらく僕らは、わけもなく笑い続けた。傍から見れば、さぞかし奇妙な光景に見えるかもしれない。それでも構わないと思えた。
今はこうして、只々笑っていたかった。人の温もりを肌で感じられる今だからこそ、気兼ねなく笑っていられるのだから。明日のことは明日考えればいい。夢が覚めた後のことは覚めてから考えればいい。
だから、今は笑っていたい。
「彼方! 柚希のこと、頼んだからナ!」
「お二人が笑顔でいて下さることが、私たちの何よりの願いですから」
その刹那、二人が涙を拭うような素振りを見せたのを、僕は決して見逃さなかった。
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