幕間 彼方の入部
また、いつかの記憶だ。
これは確か、僕が初めて梨乃と対面した日の出来事。その記憶の中で柚希は笑っていた。僕が切り捨てた、もう二度と見ることが出来ないであろう無邪気な笑みを浮かべて……。
「紹介します! 新入部員の瀬戸彼方くんです!」
パチパチパチときっちり柚希一人分の拍手が奏でられる中、僕は初対面の女子生徒をじっと見つめていた。僕のことなど脇目にも振らず読書をしている彼女は、あの問題児と称されている――華崎梨乃その人だ。
思わず僕は、隣で僕のことを紹介してくれている柚希にこそっと耳打ちした。
「な、なあ。あの人って、かの有名な華崎梨乃氏、だよな?」
「そう! 我らが誇る文芸部部長の華崎梨乃です!」
えっへんとなぜか柚希が誇らしげな表情をしてみせた。そんな彼女に鋭い眼光を向ける華崎さん。噂通りの辛辣な面構えだ。あまり関わらない方が良いのではないだろうか。そう危惧していると、隣人に思いっきり背中を叩かれた。
「そんなに怯えなくっていいよぉ! 梨乃は別に怒ってるわけじゃないから」
「べ、別に怯えてなんかないぞ……! 僕は至って正常だ!」
「いやいや声震えてるじゃん」
そう諭されて若干恥ずかしくなった。確かに僕は怯えていた。身に纏っているオーラだけで冷酷さが十分に伝わってくるなんて噂が、まさか本当だっただなんて口を割けても言えない。だって言ったら殺されそうだ。一刻も早く話題を切り替えよう。
「あれ、部員って二人だけ?」
「うん、そうだよ?」
マジか。良く成り立っているなこの部活。先輩とか居たんじゃないだろうか。
「お二人はいつからのご関係で?」
「わたしたちは中学の時からの親友だよー」
「――親友⁉」
「何でそんなに驚いてるの?」
予想のかなり斜め上を通過した答えに動揺を隠しきれなかった。だってそうだろう。学校中で恐れられ、問題児扱いされている華崎さんと、自称腐女子の柚希が親友っていうのはどういう接点があるのかわからない。
もしかして、華崎さんも腐女子だったりして……?
「えっと、華崎さん。これからよろしく」
背中を丸めて相変わらず読書を続けている彼女に軽く会釈するが、チラリとも僕に視線を寄こすこともなかった。……さぞかし寂しい想いをした。
「…………」
「こちらこそ、だって!」
「絶対嘘だよな⁉」
反射的にツッコんだ。柚希の言葉を認めてしまえば、僕の寂しさが無かったことにされてしまう。それは駄目だ。本気でへこむレベルのシカトだったのだから。
「……はぁ。うるさい……」
ドスの利いたため息が場を凍らせた。その正体は言うまでもなく華崎さんだ。本をパタンと閉じて、キッと僕らを睨みつけている。
「あ、はい……すんません」
自然と声が漏れていた。今にも噛みつかれそうなその勢いに、ブルブルと身震いが止まらなかった。そんな僕をうっしっしと笑いながら指さす柚希は、傍から見ても心底楽しそうに笑っていたと思う。
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