一回目 ④生徒会来訪

 ということがあり、僕ら文芸部の作業が遅れているというわけだ。因みにガチャは引かせてもらえなかった。更にはスマホも没収されるという始末。

 てかちょいちょい柚希さん? 全然大丈夫なんかじゃなかったじゃん? めちゃめちゃ怒ってますやん、この人。目で彼女にそう訴えかけるが、ニコッと笑って首を傾げられた。

 どうやら何も伝わってはいないみたいだ。

 梨乃の何が怖かったかというと、とにかく視線が一番恐ろしかった。

 普段から彼女は、僕にだけかなり当たりが強い。それに比べて、柚希への態度は煮込んだ里芋くらいには柔らかいと思う。

 同じ部活の仲間なのに、優しく扱ってもらえない悲しさで、真向いの彼女をぼーっと見つめながら考え事をしていたら……。


「「っ……!」」


 瞬間、その双眸と重なり合った。

 一瞬ドキッとしてしまう。が、胸キュンするような相手ではない。

 彼女の方も、驚きハッとした表情になったのはほんの束の間。瞬きするほどの速さで表情は一転し、まるで害虫や汚物でも見るかのような目つきに早変わりした。

 わー凄いですねー一体どんなトリックを使っているんでしょうねー? 僕すっごく気になっちゃうなー。あは、あははは……。

 もはや人としてカウントされてないのか、僕は。

 せめて人でありたかったと、そう思わざるを得なかった。


「何? 瀬戸君、私に優しくしてほしいの?」


 憐れんだ目で、梨乃は僕に一瞥をくれる。

 うん、優しくしてほしいよ切実に。そう心の中で独り言ちた。

 と、そこで違和感を覚えた。だって僕は心の中で一人語りしていただけで、別に口にしていたわけではない。なのになぜか梨乃は僕に対して反応を見せた。

 つまるところ、それらが意味するのは――。


「梨乃って、もしかしてエスパー?」


「……は?」


 まるでお風呂場でゴキブリを目撃したかのように梨乃は顔をしかめた。


「あのね、彼方くん。声に出てたよ? 全部」


 それに比べて、柚希は優しく真実を突き付けてくれた。


「えっ、はっ、マジで? うっそーん」


 つまり僕の思考はすべてだだ漏れだったということか。俗に言う、自爆というやつだ。

 そんな僕の心中を察してか、柚希がニッコリ笑顔を僕に向けてくれた。


「彼方くん。たぶん無意識だろうけど、色々呟いたり、何か言ってること結構あるよ?」


「えっと、それはー即ち独り言、ということでございましょうか?」


「うん。お化け屋敷に居た時も、『何たる役得。よくもまあこんな暗黒世界を作り上げてくれたもんだ。おかげで女子と合法的に密着できちまっているじゃないか』とか、それから、肉――」


「あーあーあー! もう大丈夫です! これ以上は心臓に悪いので勘弁してください! ってか二つ目のやつは言わない約束じゃありませんでしたっけー柚希さーん?」


 渾身の大声で柚希の台詞を掻き消した。

 お願いだからこれ以上僕をいじめないでくれ、頼むよ。常日頃から思考を独り言のように周りに晒していたとかシャレにならない。しかもこの年齢になってこんな黒歴史を発見することになるなんて思わなかった。そして何より、僕の下心が丸見えじゃないか。

 僕の慌てた様子に、うっしっしと笑う柚希。その隣に座る梨乃は、先程から僕を痛ましい視線で見つめ続けている。それも、今にも何かを言いたげな様子で。


「独り言、ね。病院にでも行ったら? 気が進まないならカウンセリングとかお勧めするけど。この学校にもカウンセラーは居るだろうから訪ねてみたら?」


「ちょ、またナチュラルに酷いこと言ってない⁉」


「別に、ただのアドバイスだけど?」


 僕のガラスのハートへ、梨乃の銃弾が再び打ち込まれた。

 そんな可哀想な人を見るような目で見ないでほしい。だって僕は正常なはず。正常だと、そう思いたい。僕が僕自身を労わってあげないと、きっと誰も認めてくれないだろう。


「いやいやいやいや、そのアドバイスはおかしいでしょ! 病気とか患ってないし! 大体僕を何だと思っているんだよ!」


「常に独り言呟いてる僕カッコいい系勘違いダメ男。更に言うと、人じゃないと思ってる」


「それ、悪口通り越して侮辱してるよね? 悪気がないとは言わせない」


「私はただ、どう思ってるか聞かれたからその通りに答えただけ。それに、病院うんぬんは心配して言ってるんだけど?」


「あ、そ、そうだったんですね。それはどうも、ありがとうございます。しくしく」


 心配してくれてるかどうかもかなり怪しいところだ。寧ろ、馬鹿にされているか嫌みを言われている気しかしない。どっちにしろ、良い意味ではないことだけはわかった。

 それを言ってきた本人は、スッと僕から視線を逸らしてあからさまにそっぽを向く。


「まあまあ彼方くん、泣かないで? 梨乃にも悪気はないからっ、ね?」


「いやいや、明らかに悪気あるじゃねーか! つか、悪気の塊じゃん!」


「そんなことないよ。ねー梨乃?」


 柚希は自信満々といった表情で梨乃にフォローを求めた。

 だから僕も、柚希の視線を追って同じところへ目を向ける。

 視線の先で一人、素知らぬ顔をして作業に没頭している梨乃は、その手を決して止めぬまま面倒くさそうに顔を上げてたった一言。


「……そうね、悪気なんてあるわけない」


 視線をがっつり逸らしてため息交じりに呟いた。


「やっぱり悪気の塊じゃんかぁぁ――!」


 天井を見上げながら、僕は二人に向かって盛大にツッコんだ。その大声に、またもや突き刺さる真正面からの鋭い視線。梨乃の、僕への評価を改めて実感した日だった。


 トントントンッ。


 不意に、部屋の扉が軽快にノックされた。

 この部室に用事なんてのはかなり珍しい。なぜなら、他の部活との交流は一切なく、更には校舎の最上階角部屋という地獄の配置だ。足を運ぶ者など殆どいない。


「はーいっ。どうぞー?」


 僕たちの代表で、柚希が返事をした。

 それに合わせて、扉の向こうから快活な声が響く。


「しっつれいしマース!」


 その直後、扉が勢い良く左にスライドして開かれた。


「やっほー! 仕事は進んでるカーイ?」


「お忙しいところすみません。お邪魔しますね?」


 扉の低い位置から、ぴょこぴょこ跳ねるサイドテールと小学生のような容姿が特徴的な生徒会長――新田いろはと、高い位置から、生徒の模範という佇まいを一切崩さない才色兼備の生徒会副会長――一条泉里が顔を覗かせた。

 相変わらずの身長差だなぁと思わず感心してしまう。

 因みに会長が一四二センチ、副会長が一六五センチという驚異の差である。スタイルの方は、言わずもがな、察して頂きたい。


「ちょいちょい瀬戸彼方くーん? 何か、失礼なセリフが聞こえてきたんだケドー?」


 会長が凄く怖い笑みを浮かべてこちらを見つめている。どうやら僕は、またしてもやっちまったらしい。そんな失言を僕は慌てて取り繕う。


「そ、そんなことありませんよー? 我らが誇る、最強の生徒会長さまっ」


「本当カナー? 何だかすっごーく嫌みなこと言われた気がしたんだケドー?」


「め、めめめ滅相もございません!」


「そう? ならいいんだけどネー」


 軽く受け流すと、会長は紙袋をぶら下げて僕らの方へと歩み寄る。

 ジャッジが曖昧なところなのだが、恐らく何とか誤魔化せたのだろう。

 一刻も早く、この考えたり思ったりすることを口に出す癖を直さないと本当に危険だ。いつか身を滅ぼしそうで怖い。

 自分の行いを反省していると、向かい側に座る二人が揃えて口を開く。


「……ほんと馬鹿」「アホだね」


 何も言い返せない自分が実に不甲斐ない。もういっそのこと、このまま黙っておくのが一番いいのかもしれないな。たぶん無理だろうけど。


「それで、わたしたちに用事って何かな?」


 柚希が作業をする手を止めて会長にそう尋ねる。


「ちょっと後夜祭のことで話があってネー。それと、これは柚希たちに差し入れー。まぁ、と言っても、クッキーの売れ残りなんだけどネー」


 照れくさそうに頭を掻きながら、会長は手に持っていた紙袋を柚希に手渡す。


「ううん、それでも嬉しいよー。ありがとーいろは。お返しのぎゅぅ~してあげる~」


 紙袋を受け取ると、柚希は満面の笑みで両手を広げる。


「く~! 柚希はやっぱり優しいナ~! もうこのままあたしと結婚してクれ~!」


 会長は、そんな柚希の胸に飛び込み、顔をスリスリしている。そんな会長のことを、柚希はぎゅっと抱きしめた。鼻息荒く顔を埋める会長に、「ちょっと~、そんなところスリスリしちゃだーめ。くすぐったいってば~」と言いつつも楽しそうに笑う柚希。椅子に腰かけた状態で、あまりにも体を密着させているものだから、プリーツスカートから覗く透明感のある真っ白な太ももが絡まり合う。

 なんだここは、花園か。花園なんだな、そうなんだな。僕は目を見開き、この美しい絵画のような光景をしっかりと脳内に焼き付ける。


「彼方さん? どうかなされたんですか?」


 そんな二人を凝視していると、副会長が不思議そうな表情で僕に視線を寄こした。


「いやはや素晴らしい光景だなーと思わず見入ってしまっているんだよ。副会長もそう思わない? やっぱ百合って最高だよなぁ」


「ゆ、百合? えっと、花ですか?」


 目を点にして副会長は小首を傾げる。

 しまった。副会長は一般人なのか。目の前の光景に目を奪われ、ついつい普段の調子で語りかけてしまった。世の中にはそういうオタク的ジャンルに疎い人もいるというのに、何たる失態だ。


「えっと、なんて言うか、女の子同士でイチャイチャ……じゃなかった、仲良くするのってとっても素敵だよなー。こう百合の花みたいで綺麗でさ。副会長もそう思うだろ?」


 そんな僕の言葉に、副会長は納得したように頷いた。


「なるほど、そういうことなんですね。確かに素敵だと思います。今のお二人は、まるで姉妹のようでとても微笑ましいです」


「わかってるじゃないか副会長! やっぱ『ゆずいろ』だよなぁ~! いや、待てよ。案外柚希は誘い受けポジションなんじゃないか? こっから形勢逆転の可能性がある。おっしゃ決めた! 僕は会長の手によって落ちる柚希に一票だー!」


 感極まって立ち上がる程燃え上がった僕のことは誰にも止められないだろう。いや、寧ろ誰も止める気がないというべきか。部室内に冷然たる静寂が坐した。


「ゆ、ゆずいろ? 誘い受け?」


 聴きなれない単語で更に混乱する副会長。それを見ていた梨乃がボソッと呟く。


「……きも過ぎてほんと引くんだけど」


 自分がきもいことくらい言われなくてもわかっている。僕はこのきもいくらいに変態で正直な心を持っていることを誇りに思っているんだ。僕は自分の気持ちに嘘はつかない主義なのだ。だから、何と言われようともめげることはない。


「彼方め、何を熱くなっているのかは知らないケド残念だったナ! これは女子同士の特権! 柚希の触り心地の良い胸も、泉里の膨よかな胸も渡さないからナー!」


 カッと見開かれた瞳孔に明らかな敵意を感じる。どうやら僕は今、会長にライバル視されているみたいだ。負けて堪るものかと、僕は勢い良く口火を切る。


「別に羨ましくなくもなく……まあ羨ましいけどっ! だが僕は変態紳士だ! きちんと節度を弁える! それに、百合に野郎なんざ必要ないからな!」


 しめに、言ってやったと言わんばかりに頭上へ拳を突き上げた。


「正直者ー、変態、彼方くんのえっち~」


 柚希はジト目で僕のことを軽蔑する。

 会長は、そんな柚希の腕からひょろりと抜け出すと、標的を副会長に変更したらしく、彼女の背後へと素早く回り込み、その胸を持ち上げるかのように鷲掴みにした。

 その時、確かに音がした。ポヨンと。


「ひゃぁっ⁉ ちょ、ちょっと……いろは⁉」


「彼方が何を言ってるのかさっぱりわからないからもうしーらナイ! はぁ~やっぱり泉里の胸が一番落ち着くナ~。こう、弾力があって~、手のひら全体でも掴みきれないこのふわふわな綿菓子ホルスタイン! やっぱ泉里の胸は世界一だネ!」


 恥ずかしそうに、そして婀娜めく表情で頬を赤く染める副会長。

 これは、凄い。僕の意思とは無関係に喉が音を鳴らす。副会長の表情、声にとんでもない程の色気を感じ、僕の体が熱を帯びる。これは恐らく見てはいけない光景だ。

 だから僕はガン見していた。そして柚希の目も血走っていた。恐らくこれは次の百合小説の題材になるだろう。是非ともじっくりと観察していたい。

 だかしかし、そろそろ僕の理性が暴走しそうなので、さりげなく視線を逸らした。

 その視界の隅で、副会長の胸と自分の胸部をチラリと見比べている梨乃さんの、何とも寂し気な光景が目についた。

 凄くいたたまれない気分になった。

 まさかこんな場で、梨乃の意外な一面を知ることになるなんて誰が予想できただろうか。

 やがて、その視線に気づいた様子の梨乃が一瞬頬を赤くし驚くも、瞬時に冷酷な目つきへと変貌し、その鋭い眼光で僕を睨みつける。


「……何? どうかしたの? 瀬戸君」


「い、いや、別に何もないですよ? 何も……」


「そう? ならいいんだけれど……」


 あはは、と苦笑いをしつつ、あからさまに視線をあの二人に移したその刹那――、


 ゴツンッ!


 部屋中に響き渡るような轟音が僕の耳を貫いた。


「もう! いろは! いい加減にしてください!」


「イテェぇえい……。て、手加減してヨ~泉里~」


「あなたがいつまでもふざけているからでしょ!」


 頭を押さえながら、背中を丸める会長。そんな会長を気にも留めず、説教を続ける副会長。何だかこの二人、親子みたいだな。いや、姉妹というべきだろうか。

 やがて説教が終わり、会長は半泣き状態で頭を押さえながら話を戻す。


「今日の後夜祭なんだけど、雲行きが怪しくなってきたから、早めにやるよう指示されたんダ。でも、今ちょっと放送室が使えないみたいだから、一つ一つ教室を回って連絡してるんだよネ~」


「ほへー、大変だねぇ~。ご苦労様です」


「ありがとう。それで時間なんだけど、一七時三〇分開始になったからよろしくネ~」


「おっけー。頑張ってねー」


「お互いにネ~。おっと、それと……君達にはこれもあげるヨー」


 そう言って会長は、僕に向かって何かを投げて寄こした。

 それから軽く手を振って、部室のドアを開き会長は部屋を後にする。それに倣って、副会長は軽く会釈をして彼女の後を追った。

 嵐のように忙しない二人が去っていき、僕は自身の手元にある、三つ入りのそれに目を落とした。


「これ、会長がいっつも持ち歩いてるチョコだよな? よくポケットなんかに入れてて溶けないな。ってかストック幾つあるんだよ」


「そうだよねー。ペロチョコだっけ? 子供の頃よく食べてたなー。せっかくだし食べよ」


 柚希は子供のようにはしゃぎながら僕に催促した。

 僕は三つ入りのチョコを開封すべく開け口のある裏面を向ける。するとそこに、こんな文字列が並んでいた。


【ペロちゃんからの質問コーナー。あなたへの質問です。あなたには恋人がいますか?】


「いねーよ喧嘩売ってんのか! こん畜生!」


「うわっ! びっくりしたぁ。今度は何? どうしたの?」


「あ、いや、何でもありません……はい」


 興奮状態を鎮め、僕は大人しくペロチョコを開封した。三つに繋がっていた小さな持ち手を引き離して二人に手渡す。それを彼女らは受け取り、面々に口に銜えた。だが僕は口にするのを躊躇ってしまった。なぜなら、そいつが僕にこう言った気がしたから。


 ――お前には無理だ。


 チョコに型取られたペロちゃんの笑顔を無性に踏みつけてやりたくなった。

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