第43話「勝負のとき③」

 周りの百人ほどの観衆からはそんな俺の姿をみて笑い声が聞こえるが、じゃあ、お前らが受けてみろといいたいところだ。俺が立っているだけでどれだけすごい事か理解できるはずだから。


 ケロリとしている朝霧の方が異常なのだ。

 神谷はボディーと足に効き目がないと思ったのか、次は頭部への攻撃へと切り替えてきた。


 鋭い踏み込みから、掌底で朝霧のテンプルを打ち抜く。

 鈍い音がなったが、それでも朝霧は動じない。


「脳天にも突き抜けそうなこの一撃。やっぱり神谷嬢、あなたは素晴らしい人だ」


 変わる事があるとすれば、徐々にうっとりとした顔になってきたという事くらいだろうか。顔だけ見ていれば、中性的で整った顔をしているので得も言わぬ色気があるのだが。何分、殴られて、そういう表情を魅せているだけになんとも気持ち悪い。


 さすがKKMのトップ、本気でどうかしている。


 俺も同様に掌打を頭部にくらうが、なんとか耐える。

 だが、女の打ち込む威力とは到底思えない威力なので、視界がくらくらする。

 ゆれた視界が収まって、神谷の様子を見ると、とてつもなく苛立っていた。


 それはそうだろう。腹の立つ朝霧はこたえた様子はなく、ご満悦の表情なのだから。神谷は朝霧を地獄に落としにきたのに、逆に天国へと昇られたら頭にもくる。


「神谷嬢、次はどういうお菓子をご馳走してくれるのかな?」


 その言葉に神谷の表情に、より深い怒りの感情がほとばしった。

 なまじ顔が整っている分、正視するには怖すぎる。

 比較的近い場所にいる生徒からも神谷の表情をみて息をのむ感じが見て取れる。


「……そういう調子にのった事をいえなくしてあげるわ」


 神谷はそういって助走をつけてから、高く飛び上がり、高速で回転、その運動エネルギーの一切を長く伸ばした右足にのせ、朝霧の脇腹へと放つ。


「――死になさい!」


 神谷の死の宣告と共に放たれるその大技に第二体育館はどよめく。

 さすがの朝霧もその特大の攻撃は、動かざるをえなかったようで、衝撃のまま、後ろへと引きずられていった。


 しかしそれでも朝霧を倒すまでに至らない。

 それどころか蹴られた脇腹をまるで感触を覚えこますかのようになで、朝霧はいつにない恍惚の表情を浮かべていた。


「……今のは、今のは、なんとも素晴らしい。今まで頂いた中でも最高の御菓子だ。神谷嬢あなたはやはり選ばれた人だ。僕の腹筋があなたからの愛で至福に包まれているよ」


 KKMの大歓声とは別に、他の生徒たちからはドン引きの声。

 性的な魅力を兼ね備えた朝霧がいうからこそ、その言葉の変態性はとても常人にはついていけない領域へと達していった。


 さすがの神谷もその様子に対して、瞬間、呆然とした顔をしたが、すぐにそれを塗りつぶす様に怒りに表情を染め、苛立だしげに舌を打った。

 朝霧の超人的耐久力と変態性に俺もドン引きしたいところだが、それより次はあのとんでもない攻撃を俺がくらわないといけないという事に戦慄していた。


 神谷が俺を見る。


 その瞳にはお前は大丈夫なのかといわれているようだった。

 俺はごくりとのどをならし、覚悟を決める。

 勝算は低いだろう。


 だからといって負けるつもりはない。


「こい!」


 俺の気合の一声に反応し神谷は助走し、再び回転、今度は朝霧とは逆、左足が俺へと襲いかかる。


 左足の向かう先は腹部ではなく、俺の右肩へとつきささった。

 その衝撃は今までの比ではなかった。


 通常であればショルダーガードをしたようなもので、ダメージは非常に軽微なものかもしれない。

 けど、俺にとっては違う。

 そこは爆弾なのだ。


 俺がかつてピッチャーができなくなった原因。事故にあった箇所。今でも疼く古傷。

 それが右肩なのだから。


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」


 痛みで視界が真っ白にそまり、まともな思考ができない。右肩が弾けとんだかのような激痛が神経をかきむしる。


 俺は右肩を抑えて床を這いずり叫び倒し、痛みのまま、わめき散らしたかった。

 しかし、目に涙が溜まりそうになるその前で、ゆがんだ景色の中で神谷を見て、俺はなんとか踏みとどまった。


 神谷の顔に動揺がはしっている。

 自分でやっといて、なんて顔をするんだか、こいつは。


 さっきまであれだけ怒りの表情でいたくせに、どういうギャップだ。

 そう思いながらも、痛みの中で少しずつ思考を取り戻し、神谷の行動の意図に至る。


 多分神谷は手加減したつもりだったのだ。俺に遠慮したのだ。多分耐えれないだろうと思って。

 神谷に情をかけてもらえた嬉しさと、信用に耐えない無様な姿をさらしている自分に腹が立ってきた。


 その感情がなんとか俺に膝を折らせなかった。


 ちづる先輩が近寄ってきそうだったのも左手をあげて制する。


 ――まだ、まだやれる。一応でも俺は神谷の彼氏なんだから、こんな場面で彼女に気を使われるとかありえないだろう。

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