第42話「勝負のとき②」

「……神谷、お前、大丈夫か?」


 俺は神谷に近寄り小声で話しかけたが、神谷は寒気のする表情でうっすらと笑ってみせた。


「……ふざけた催し物だわ。せいぜい後悔だけが残るようにすり潰してやるだけよ」


 どうやら、帰る気はないらしく、やる気は十分のようだった。

 ただ、俺の声に反応して答えたようでもなさそうで、「潰す、潰す、潰す」 と呟いてらっしゃるのが、マジ怖い。


 KKMと吉崎が企画したこの勝負は神谷の怒りを十二分に買ったようであり、俺の命もすり潰されそうだ。勘弁してくれ。

 吉崎は神谷の様子に一歩腰を引き、朝霧は目を輝かせている。

 吉崎は腰を引きつつ勝負の方法を改めて周りにも聞こえるように説明する。


「勝負の方法はお互いが交互に神谷の攻撃を受け、足の裏以外を床につけた方、ようはダウンした方の負けだからな。倒れるまで勝負は続くサドンデス方式といきてーとこだけど、風紀委員長が止めに入った場合も同時に負けとなるから覚えとけ」


 俺はオレンジラインのすぐ端まで近寄ってきたちづる先輩を見て、頷く。

 ちづる先輩は申し訳なさそうに俺をみて軽く頭を下げた。多分こういう大げさな事になってしまった事への謝罪だろう。俺に連絡を事前に出来なかったという事は急ピッチで決められた事だし、何より俺がOKした事だ。ちづる先輩を責める気はない。


 大げさな事になったが、勝てば、問題ないのだ。

 全て丸く収まる。


 ただ、一つ気になる事があるとすれば、朝霧の服装が道着だという事だ。第二体育館を指定するくらいだろうから、格闘技の嗜みがあるのかもしれない。ただ、俺よりも一回り以上小さなあの体で神谷の攻撃に耐えられるとは思えないがな。


 そう思っていた矢先に吉崎は生徒側の観客席へと足を向けながら、こういった。


「ああ、ちなみに、なんだかいまいち分かってねーみてーだからいっておくけど、朝霧先輩って空手の県大会、軽量級準優勝者だからよ」


 ――――――――――――――――――なんだとっ!?。


 俺は朝霧の方を愕然とした表情で見ると、蠱惑的な笑みで吉崎の弁を肯定していた。


「まあ、そういう事だよ。テメーが真に神谷の彼氏ってんなら、それくらいの条件クリアしてみせろよ」


 けっけっけ、と笑いがなら吉崎が観客側の席へと戻っていく。


 ――野郎、吉崎め!


 いきなり想定しない不利な条件をつきつけられたが、動揺している暇はない。この勝負、勝つしかないのだから。

 朝霧は余裕の体で俺を見て、それから神谷へと相対する。


「――さあっ、はじめようか」


 朝霧の開始の声があがる。

 同時に、神谷は我慢できないといったように豹のような俊敏さで、朝霧へと襲い掛かる。


 驚異的な速度で朝霧の間合いに侵入し、踏み込んだ左足の勢いのまま、右の拳がボディーをえぐる。

 その威力は体をくの字に折り、場合によれば、そのまま地面を這いずり回りたくなる一発だ。


 だがしかし、その勢いのついた右ボディーに対して、朝霧は体を微動だにしない。


「……久しぶりの、本当に久しぶりの御菓子を頂けた。体に染み渡る甘美な衝撃。なんともありがたいことだ」


 そういって微笑む朝霧。

 マジかよ、こいつ。


 神谷の攻撃力をこの身で知っているだけに、鋼でできているかのようなその耐性に俺は度肝を抜かれた。


「ちっ!」


 神谷は舌打ちをして、今度は俺に対しても右ボディーブローをお見舞いしてくる。迫り来る迫力は朝霧の時と大差なかった。

 ボディーに突き刺さった衝撃のまま、俺は体を折り、痛みに耐える。


「おやおや、一発目からそれかい。まだ勝負は始まったばかりなんだけどね?」

「……うるさい。俺は痛いのは痛いと感じる一般人なだけだ。あんたみたいに面白おかしい感性しているわけじゃないんだ。けど痛いだけで、まだまだ耐えられるからな」


 本当は今すぐにでも保健室にいってしまいたいのが本音だ。腹筋が悲鳴をあげている。

 痛い、マジ痛い。


 どうやら県大会準優勝というのはブラフではないようで、朝霧にはまるでこたえた様子がなかった。


 ――これは本気でまずいかもしれない。

 俺の焦燥をよそに、続く神谷の攻撃はローキック。


 これもまるで細い電柱をけったかのように、微動だにせず、朝霧は微笑を絶やさない。


「ふー、さすがにいいローキックだ。神谷嬢はやはり筋がいい。僕の足も喜んでいる」


 細い中性的な容姿のどこにそれだけの耐久力が潜んでいるのかは謎だ。

 KKMからは「会長うらやましいー!」「さすがです!」と激励の声。

 続く俺に対するローキックもむちのようにしなり、俺のふくらはぎを強打する。


「いってえ!」


 俺は蹴られた瞬間、痛みに耐え切れず、飛び上がって、片足で動き回ってしまう。

 本当にむちで打たれたような痛みに泣きそうだ。

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