第41話「勝負のとき①」

 そして勝負の日がやってきた。

 神谷は身動きが取り易いよう体操服へと着替えている。


 女子に不評なはずの体操服も神谷が着れば、流行のスポーツウエアーに見えてくるから詐欺みたいだ。スタイルがよすぎるのだ。

 手足が長いのにバランスはとても整っていて、体操服が本来獲得しえないきれいなラインを描いている。


 同じく体操服を着ている俺との違いなんぞ、いわなくても分かるくらいの圧倒的ビジュアル差。

 長い栗色の髪も頂上でお団子にまとめていて、とてもなめらかなうなじが見えている。


 それは百人いれば九十九人が見蕩れるくらい完璧な白鳥のようなうなじだった。

 ちなみに見蕩れない一人は俺だ。

 だって、神谷が体操服を着てきたという事は、本気だという事だ。


 スカートではないという事を考えると蹴りも本気で出してくる。脚の力は腕の三倍……。


 想定していた以上に気合を入れていかないと、一撃目で倒されてしまう可能性もある訳だ。

 静かに覚悟をして、俺は第二体育館へと向かう。


 ちなみにこの学校は体育館が第一、第二と別れており、用途としては、第一体育館が器械体操や球技を主とする利用方法。第二体育館には柔道場も併設されていて、空手、フェンシング、剣道など格闘技をメインに取り扱った競技の為の建物となっている。


 勝負をする場所としてはまたとない相応しい場所といえよう。

 事前に風紀委員長であるちづる先輩には断りを入れにいったのだが、KKMに先に手を回されていたようで、話が通っていた。


 あくまで生徒主体のイベントとして生徒会にまで根回しがされていたようだ。

 しかも、期末テストが終わったばかりなのに、各クラブとよく調整がついたものだ。


 裏で吉崎が暗躍して、脅迫なんかしていなければいいけど。

 目的の第二体育館に到着し、両開きの扉を両手で、ゆっくりと開いた。

 その瞬間、割れんばかりの歓声が響き渡った。


「な、なんだ?」


 第二体育館の中にはざっと百人近い生徒がいて、俺たちが歩くスペースを開けて座っており、向かう先には正方形にオレンジのラインが引かれた場所で朝霧が待ち構えていた。


「……どういう事なのかしら? これは」


 俺がたくさんの人間にとまどっていると、神谷から怒りに満ちた低い声が発せられた。


「ちょ、待て、待って、お前今にも殴りだしそうだけど、マジ俺も分からないから」


 俺は逃げるように朝霧がいるところまで走り出し、神谷は怒りを爛々とはらんだ瞳を備えたまま俺を追走してくる。


「どういう事だ! 朝霧、これは!」

「ああ、神谷嬢わざわざお越し頂いて、ご足労感謝致します」


 俺の詰問は完全に無視して、朝霧は神谷に対して慇懃に礼をいった。


「無視すんな! だからどういう事なんだって!」


 状況説明を行わないと、勝負が始まる前に俺が神谷に殴り倒されてしまう。


「おやおや、騒がしい人だ。短気なのはいけない。やはり君は紳士の風上にもおけない人のようだ」


 残念な人だという風に朝霧は顔を横にふる。

 勝負が始まる前に俺が朝霧を殴ってやりたいが――女っぽい顔をしているから、なんだか複雑な気持ちにさせられるな。


「この状況の説明をするのはね、彼にお願いしたほうがいいだろう」


 朝霧がそういうと、朝霧の背後、生徒の集まりから抜けて、吉崎が現われた。


「……やっぱりお前が仕組んでたのか、吉崎」

「いやいや、仕組んでたとか人聞き悪ぃーな。俺はただ単に朝霧先輩ひきいるKKM、それだけじゃなくこの学校でみんなが疑問に思っている事への手伝いをさせてもらっただけだぜ?」


 そういって四方を囲む生徒たちに向かって吉崎は腕を広げる。


「みんなこう思っている。本当にあの神谷かえでに彼氏ができたのか。それが何故、樋口孝也みたいな普通の奴なのかってな。みんな今いち納得できねーし、信用もできねーんだよ」


 吉崎は朝霧の横にたち、俺と相対する。


「まあ、俺からしたら、テメーが普通かどうかっていうのは横においといてだ。不自然なんだよな。クラスの連中も思ってるぜ。テメーらいがみ合っているばかりで、付き合っているっていうのはどこかおかしいってな」


 吉崎は滔々と話を続ける。


「でもそういう特殊な付き合い方なのかも知れねー。こればっかりは分からねー。だから白黒はっきりしてもらいたいとみんな思ってるわけだ。テメーらが付き合っているのか、付き合ってないのかを」


 そこで一度言葉を区切り吉崎は俺とにらみ合う。

 まわりをあおって大げさにしてこんな催し物にしたっていうのか。迷惑極まりない悪友だな、こいつは。しかし、痛いところをつかれているので、下手な反論はできない。実際、本当のところは付き合ってないわけだしな。


「まあ、本当に付き合っているならそれを証明してみせな。孝也がマジモンだったら、神谷の攻撃に耐え切れるはずだし、負けるわけねーからな?」


 そういって犬歯をみせるように笑う吉崎。

 後を続けるように、朝霧が言葉を続ける。


「吉崎くんには色々と協力してもらったよ。まあ、僕はこの第二体育館を他のクラブの人たちから勝負の間とはいえ、場所を貸し出してもらったわけだから。他のクラブの人たちにも何か楽しみがないといけないだろう?」


「……勝手な事をいってくれる」


 しかし、それでこの人だかりという訳か。


 俺たちが本当に付き合っているのか野次馬根性で見ている奴ら、第二体育館を使用しているクラブ活動の連中が集まってこの大人数の観客が構成されている訳だ。


 多分、神谷と俺が共謀して、八百長を起こせないようにこれだけの証人をひっぱってきたのが本当のところだろうが……。


 後ろを恐る恐る振り向くと、神谷はいつになく危険な表情をしていた。


 さもありなんである。


 神谷は人との関わりを嫌う上、自分の話題をされる事も決してよく思わない。


 なのにこれだけの観衆の前で、勝負をしなければならないという事はとんでもなく腹立たしい事のはずなのだ。

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