第40話「決戦前の昼休み」

「あんたって馬鹿なの?」


 翌日の昼休み、いつもの非常階段前の芝生の上で俺は寝転がされていた。


 神谷にKKMとの勝負の事を説明したところ、それはそれは大層お怒りになられて、とりあえず、上段、中段、下段に三連続コンボをくらわされ、俺は脆くも倒されたわけだ。


 こんな体たらくで、勝負が本当に大丈夫なのか、心配になってきたな……。


「いっ、いや、これがそんな悪い話じゃなくてだな」


 俺はなんとか顔をあげそう答えると汚物をみるような目で見下している神谷と目が合って体が硬直した。あれだけ殴っておいて、怒りがおさまっている様子ではない。


「悪い話じゃない? そうきっととてもいい話なんでしょうね。あんたにとって。ちなみにその話を聞いて私がどういう気分になったか分からせてあげましょうか?」

「いや、もう十分、理解させてもらったんで……」


 とりあえず顔とか腹とか足とかは、文字通り痛すぎる程、理解しております。

 しかしその俺の想いも通じず、ピキッ、と空気がひび割れそうな鋭い視線にさらされ俺は再び言葉を封じられてしまう。


「大体、あんた以外、殴るなっていう約束はどこへいったの? 人にあんな約束させておいて、あんたから破るの? あんたそういう奴なの? 駄目ね。嘘つきは。やっぱり死んでもらうしかないわね」

「すいませんでした。先に相談するべきだった。先走りすぎたと思っている」


 俺はそのまま土下座した。だって剣呑に光った瞳には倒れた体勢の俺に追撃をせんという意思に満ちていたし、倒れた状態でそんなものくらったら、俺に明日はなく、入院送り。見事不戦敗だぞ。そんな自滅はなんとしても避けたい。


 決して神谷が恐ろしくて、謝罪した訳ではないと明言しておく。


 後、確かに神谷に対して自分から出した条件を、先に話を通さず今回のような勝負を飲んだ事は付き合うふりをする契約を結んだ者同志の信頼関係を壊す事にもなりかねないとも思ったからだ。だから、そこは俺が悪いのだから、謝るべき事なのだ。


「今回だけは例外だ。利があると思う。ただ、決して神谷に俺以外を殴って欲しいと思っているわけじゃない。信じてくれ」


 俺はなるべく真摯にそういった。

 神谷が他の奴を殴ってしまうなら、それは付き合ったふりをする意味などないのだから。

 神谷はそんな俺を見て、何故か苦い顔をした。


「……その言い方ってまるでさ……」


 神谷は珍しく続く言葉を口には出さず、ため息をはいた。


「……腹は立つけど、まあ、いいわ。それで勝負するんだから、何かあるんでしょう?」


 渋々とだが、俺に話をふってくる。

 俺は内心ほっとして、理由を述べる。


「ああ、俺が勝ったらKKMが解散して、平和な日常が戻ってくる。万一、俺が負けてしまうと神谷と別れる事になっているけどな」

「なんだそういう事なの。だったらそれを先にいいなさいよ」


 いおうとしたら、三連コンボを決められた上に、汚物を見るような目で見下されて、黙らされたんだがな。

 しかし、何故、神谷は急に納得した顔になったのだろうか。


 やはりそれだけKKMの連中を毛嫌いしていたという事だろうな。奴ら変態だし、またにぎやかに出てこられたらいかに神谷といえども困るんだろう。


「まあ、理解してもらえたならいいけどな。ほぼ間違いなく俺が勝つから何も問題ないとは思うし」

「違うわよ。別にそんな事を心配していないわ。どうせ勝っても負けても私にはメリットしかないじゃない」

「そういう納得の仕方かよ!」


 KKMと同列に並ばされるくらい嫌われているとかマジへこむわ。

 俺は体のダメージと精神的ダメージを負い、膝をついたまま立ち上がれなかった。勝負の時へ補完すべき余力など残ってなどいなかった。


「……でもまあ、私のいないところで勝手に話を決められた事は不本意だけれど、ちょうどいい機会かもね。あんたに邪魔されて、奴らに地獄をみせてあげられなかったから」


 そういって「ふふふ」と笑う神谷の底冷えする笑みは心底、恐ろしかった。勝負の時が、朝霧の命日にならなければいいけど。


「ついでに私を通さず、勝手に決めたあんたも一蓮托生で地獄へ連れて行ってあげるから、覚悟しておきなさいね」


 ――命日になるのは俺も一緒ですか? 


 神谷のやる気という名の殺る気がここまでだとは計算外だった。勝負以前に文字通りの意味で生き残れるかどうか不安になってきた。

 しかし、神谷は俺のそんな心配をよそに少し笑いながら、こんな事をいってきた。


「けど、あんたは地獄に突き落としてもしぶとく戻ってきそうだけどね」


 神谷お得意の皮肉だ。

 だが、それは同時に信用しているという事だとも感じ取れた。

 神谷なりのエールのようなものだと。


 そう思ったら現金なもので、力が湧き上がり、気力も充実する。

 今度の勝負、朝霧でも俺でも関係なく、神谷は手加減をしないだろう。

 しかし、それでいいのだ。


 中途半端な八百長を演じて、後で勝負が不履行になるならこんな勝負はしない方がましだ。

 不正なく、明確な勝敗がついた方が言い逃れができない。


 神谷がそこまで考えているかは知らない。

 もしかしたら本当に明日、どちらが勝っても神谷には損はないと思っているのかもしれない。


 ただ、俺が勝つと神谷が思ってくれているのが、俺は嬉しい。

 右肩をつかみ、俺は強く思う。

 どういう事にしろ誰かに期待してもらえるのは久しぶりの事だ。


 しかも相手はあの神谷だ。


 理由はどうあれ、悪くはない。

 じゃあ、その期待は裏切れないな、と俺は密かに決意した。

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