第39話「KKM会長②」
「……ふむ。胆力はあるようだね。仕方ない。樋口君、君が彼女に何故ふさわしくないか話してやろう」
「いいだろう、いってみろよ」
KKMの言い分っていうのも聞くだけなら面白そうだし。なによりふさわしくないから別れない訳ではないから、何をいわれても平気だ。
「君は神谷嬢と付き合っているというのに愛情を感じられない」
そういって朝霧は指を1本立てる。
「まず、神谷嬢の好みも分からず、望んでいない飲み物を購入してくる。次に彼氏なのに神谷嬢からの積極的なアプローチを頂けていない」
また一本と指を立てていく度に頷く他の六人のKKMのメンバー。
「しかも君と付き合ってからというもの神谷嬢は僕たちKKMのメンバーに対して、その美しさを褒め称えても、一切のご褒美を与えなくなった。君のみが一身に恩恵を授かっている」
神谷あれで、約束守っているんだよな。
その分たまに訳もなく殴られる事があるから、喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら……。とりあえずまわりのKKMのメンバーからの嫉妬の視線がうっとおしい。
「後、これが致命的だ。神谷嬢の豊穣なる寵愛を一身に受けながら、その愛ある一撃を受けた後の君の様子はいつも、とても嫌そうな顔をするらしいじゃないか。あれ程のご褒美はないと思うのだけど。あまつさえテスト期間前に駅前で、および腰で口論になったそうだね。神谷嬢に反逆するとは身の程を弁えていない上に逃げようとするなど、KKMからすれば極刑に値するよ。永久追放ものだね」
激しく頷き、そうだ、そうだと声にだすKKMのメンバー。憤慨やるせない様子だ。
朝霧の語る口調は丁寧で理性的に話すタイプの人間だと思っていたら、自らの組織の変態性を語りだしたので、俺はどうすればいいのだろうか。とりあえず分かり合えないであろうという事は分かった。
「ここにいるメンバーはかつて三十八人いたKKMに残った最後の七人だ。みんな神谷嬢の事を憂い、君といる事の不幸をなげている。真の紳士たちだ」
真の変態どもという訳だな。中性的で雰囲気のある奴なので、より話している内容が濃く感じる。普段なら近寄りたくないし、こういう連中とは関わりたくないところだ。
だが、神谷が関わっている以上、俺は反論するのみである。
「ふーん、だからどうしたって感じだな。俺は別れるつもりはないし、お前らが解散したら?」
内心どん引きしてしまっている感情を隠し、無関心を装う。
お前らが復興して、神谷へのアプローチが再開されると、俺の平和な学校生活が終焉するんだよ。誰が付き合っているふりをやめるか。お前らがご褒美だといった拷問のような攻撃を今まで我慢していた意味がなくなるだろうが。
ただ、意見の押し問答になってしまって、ヒートアップしたら俺は困った事になるんじゃないだろうか。
まさかいざとなったら七対一で俺を私刑にしようとするのではあるまいな?
ここは密室で人通りも少ない場所だ。俺は引き戸までの距離を数える。本当にやられそうになったら、逃げないとまずい。
朝霧は俺が引き戸に意識が向いた事に気づいたようで安心させるように薄く笑う。
「心配する必要はない。僕たちは紳士の集まりだ。暴力に訴えるつもりはない。それに君は風紀委員長である高梨ちづるとつながっているんだろう? そんな馬鹿な事はしないよ」
「……朝霧だったか、あんた色々と詳しいな」
さっきから、俺と神谷の細かな事に触れ、ちづる先輩と俺の関係まで知っているとは。人数が少なくなっているのにそれだけ情報収集できるようなものなのだろうか?
「ある情報筋からの話でね。高くついたが色々な事を聞かせてもらってるよ」
――吉崎だな。
そんな事を高値で売買するような奴はあいつしかいない。
とりあえず今度殴っておこう、いい迷惑だ。
俺が吉崎に仕返しする事を誓っていると、朝霧は蠱惑的な微笑みを深くする。
「けど、こうやって話し合っても君の意思は固そうだし、僕たちの会話は平行線だ。だから――」
そういって朝霧は俺の胸元へと再び指をさす。
「どちらが神谷嬢にふさわしいか勝負をしよう」
「……勝負だと?」
「ああ、そうだ。僕が勝ったら、君は神谷嬢と別れる」
当然そういう要求はしてくるだろうけど、俺に見返りがないと成立しない条件だ。
「……俺が勝ったら、どうするんだよ?」
「君が勝ったらKKMを解散しよう」
驚いた。
思い切った事をいってきたな。
驚いたのは俺だけではないようで、その言葉に周りをかこむ六人が、ざわざわとざわめく。しかし朝霧は冷静に手をあげるだけで場を沈めてしまう。
「僕たちは真に神谷嬢を憂いている。ならば、それを我が身を賭けて、行動であらわさなくてはならない時がある。聞けみんな。正義をなす時だ。神谷嬢の為を思い、この身を賭けろ。自らを律し、神谷嬢を想えばこそ、だからこそ僕たちは勝利をたぐりよせる事ができる」
朝霧の言葉を心に染み込ませるように少しの間をもたせ、先ほどのばらばらだったざわめき声が一変し、六人から一斉に鬨の声があがる。
「やりましょう!」
「勝ちましょう!」
「俺たちなら絶対大丈夫です!」
その熱気を受け、朝霧は勝負の方法を声をはり、提示する。
「勝負の内容はどちらが神谷嬢の寵愛に耐え切れるかだ。ご褒美を頂き、最後まで失礼のないよう立っていた紳士こそ、本物という訳だ。当然、KKMからは代表して、僕が出る」
中性的な整った容姿から、覚悟が読み取れた。
そうしたKKMの熱気と相反して、俺は冷静にこの勝負を受けるか、受けまいかを考えていた。
裏で糸を引いているのは吉崎だ。
二回目の勝負を俺にハンデをもたせてまで、持ち込んできたのはこういう事だろう。
俺がKKMとの勝負に負けて、奴は俺に罰ゲームを受けさせ、彼女のいないクラス唯一の男という烙印を押したいのだ。
吉崎は真性の変態であるKKMの長、朝霧要であれば、勝算があると思ったのだろう。この馬鹿みたいなテンションを見れば、こう思うに違いない。
中性的で線が細くとも、その変態性をもって痛みを凌駕するに違いないと。
――だが、甘い。
吉崎は今一、俺がどれだけ神谷から殴られ、蹴られ、肘を入れられ、叩かれ、ひれ伏せられたかを分かっていない。
俺は自信をもっていう事ができるだろう。
神谷の日々の攻撃に耐え切っている俺の忍耐に死角はないと。
それに基本的に俺は勝負事が嫌いではない。ピッチャーをやっていた訳だからな。
だから当然、答えは決まっている。
「いいだろう、受けてやろうじゃないか」
「……いい返事だ。勝負は一週間後、場所は第二体育館でだ」
こうして俺とKKMとの勝負が決定した。
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