第33話「勉強会をしよう③」
俺は冷えた初冬の夜の空気を吸い込み、バス停の近くから神谷を見る。
白のカシミアのマフラーに顔の半分を埋めており、両手を制服のポケットに入れ、長いふとももを閉じていた。
ぶるっと神谷は身震いした。
今日は特に冷えていて、息を大きく吐けば白く視界を染める。
俺は停車したバスには乗らず、自販機に立ち寄り、神谷の元へと戻った。
「ほらっ」
神谷は俺が差し出したコーヒー缶を目にして、いぶかしみながら、手にとる。
「あれだ。三角関数教えてくれた礼だよ」
「……ふーん、私コーヒー缶はブラックの微糖派なんだけど?」
人のお礼に悪態をつくとか、お前、本当口悪いな。
「へいへい、そうですか。以後気をつけますよ」
文句をいうのもあれなので、購入したはちみつ柚子茶のキャップを開けながら、おざなりに応えてやる。
神谷からは脛へのローキックが返ってきた。
「いってー! お前なにすんだよ。俺の大切なはちみつ柚子茶がこぼれてしまうところだっただろうが!」
「態度がむかつくのよ」
俺が今、まさにお前の態度にむかついているよ。くそっ。
「……あんたバスは?」
「乗り遅れた」
適当に嘘をつく。なんかあれだ。一人女の子を寒空の中、放っておくのが一男子としてどうなのかと、俺の男子力が試されている時だと思ったのだ。ユッキーの事を思い出したせいで、そんな事を思ったわけじゃないのは断っておく。
後、駅前で付き合っているはずの彼氏が電車に乗れない彼女を放って、自分は先に帰るという事実を、誰か経由で吉崎の耳に入ったらまずいという配慮はあるにはある。
むっ、結局保身か。俺らしいな。
神谷は文句をいいながらも、コーヒー缶で両手を暖めながら、ゆっくりと口をつけて飲んでいる。
そうしていると何かのブロマイド写真のようで絵になる。
俺たちは延着の為、騒がしなっている駅前で神谷の迎えを待つ。
「……神谷さ、勉強好きなのか?」
黙っていても暇なので、俺は世間話程度に神谷に声をかける。
しかし、聞こえてくるのは駅前の雑音のみ。
久しぶりの無視ですか、と思って、神谷の姿をみたら、答えあぐねている様子だった。
少し逡巡の様子をみせ、形のいい口を開く。
「……好き、とういか、勉強は結果がでてわかりやすいから、やりがいはあるわね。なにより嘘をつかないし」
やりがい、か……。
ピッチャーをやっていた頃を思い出す言葉だ。日々、練習に明け暮れて、自分の資質であるコントロールを磨き、フォームの修正をして、どうすればよりコマンドに対して制球が出来るのかを努力して、結果をつかんでいったのだ。
調子が悪くうまくいかない事もあったし、上には上がいるし、まだまだやらなければならない事があったし、そういう沢山の事にプレッシャーを感じた事もあった。それでも、それさえ乗り越えるよう日々努力して、あの頃の俺はあったのだ。
図書館での神谷をみて、俺は少なくともあの頃の俺と同じ匂いを感じ取った。
つくづく人の嫉妬心をうずかせてくれるよ、お前は。
ただ、だからこそ思う。
「……お前すごいな」
「なにが?」
「いや、だってなんていうかさ、そんな超進学校に入学して、今の学校に転校しても、ちゃんと勉強して結果も出てるのに、満足してなさそうでさ」
ただ単にプライドの高い嫌な奴だと思っていた。
けど、なんというかこいつの勉強に対する姿勢をみていて改めなくてはならないと思ったのだ。そういうのは好き嫌いとは別で、確かな事なのだから。
「――あんたにはそう見えるの?」
神谷の深く色づき夜空のまたたきをみせる瞳がこちらを覗き込む。
睨まれる時以外に神谷と瞳が合うのははじめての事だった。
瞬間、神谷の整った容姿に、純粋に目を奪われ俺は言葉が出てこなくなった。こいつの容姿のよさは異常だ。神がかっている。こんなものを産まれた頃から授かって、神様は不公平すぎる。
ちりちりと胸を焼く感情は嫉妬だ。
だからどうしてもようやく出た続く言葉は乱暴になった。
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