第34話「勉強会をしよう④」

「お前がきれいな顔をした迷惑な奴だけじゃないっていう風にはな」


 神谷の瞳によく見た怒りの色が見えた。

 あっ、しまった。

 神谷の勢いよく振りぬいた右のビンタが見事、俺の左頬を直撃した。


「……あんたが普段、私をどういう風に見ているのかよく分かったわ」


 冬の初めの乾燥した空気にはビンタの音がよく響き、なんだなんだと周りの視線を集めている。こういう目立ち方は駄目だ。喧嘩なんかしていると思われたら、吉崎になんて思われるか。


「いや、ちょっと落ち着けって学校じゃないんだから、騒ぎは」

「私が腹を立てば、あんたを殴っていいんでしょう? そういう約束よね?」

「いや、お前、何いってるんだよ。マジに落ち着け」


 確かにいったけど、こんな公衆の面前でいっていい事じゃないだろう。お前にとっても不利な事になりかねんぞ。気づけよ、そこは。

 神谷の怒りはまだ収まっておらず、攻撃動作に入った神谷をみて、これ以上騒ぎになる前に、攻撃をかわして走って逃げて、明日殺されようと心に決めていたら――。


「かえで」


 落ち着いた声音で神谷の名前を呼ぶ人が一人。


 声の主、落ち着いた背の高い好青年がそこには立っていた。

 物腰は柔らかそうで、神谷ほどではないが整った容姿をしている。吉崎のようなイケメン風(笑)ではなく、本当にハンサムな人だった。年の頃は二十代半ばくらいに見える。


 誰だ? 神谷の兄だろうか。

 神谷はその好青年をみて、ぴたりと攻撃動作をやめ、早足で近づいていく。


「叔父さん、早かったわね」


 いつになく自然な表情で神谷は声をかける。神谷の兄と思っていたら、叔父だったらしい。


「ああ、ちょっと彼女と会っていて、近くまで来ていたからね。寒かっただろう、向こうの角に車を止めてあるから、行こうか」

「うん」


 神谷は素直にそういって叔父と連れ立ってそのまま歩いていく。

 俺の事など完全に無視だ。


 ……まあ、殴られなくてラッキーだったけど、釈然としない

 俺はため息をついて、バス停へと足を向けようとしたら、神谷が整った横顔を向け、声をかけてきた。


「コーヒーごちそうさま。暖かかったわ。それだけはほめてあげる。……無糖はないけど」


 そういってそのまま神谷は歩き去っていく。

 さっきまで怒って、俺に当たり散らしていたくせに。


 ほめてあげるとか、なんという高飛車、上から目線。


 ――けど、礼をいわれた。


 その事実に俺はショックを受けて、少しの間固まってしまった。


 一つ苦笑いがもれて、体の硬直がとれ、俺はバス停へと移動する。

 明日、夏みたいな陽気にでもならなきゃいいけどな、まったく最後に嫌味をいうのは神谷らしいけど。


 さて、後何分後に次のバスは来るかな。

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