第32話「勉強会をしよう②」

「……あんたに教えている時間で私、英語の文法と単語どれくらい覚えられたんだろ?」



 少し疲れた顔でそんな事をいわれてしまった。

「いや、やっぱりあれだな。頭いい奴が教えるのうまいわけじゃないんだな」


 俺も疲れていたので、余計な事をいってしまう。

 誰の為に時間を割いて教えてやったと思っているんだと、ぶん殴られるかなと思って身構えたが、神谷は舌打ちをしただけだった。


「……私、頭いい訳じゃないし」

「頭いいだろう? なんてったって実力テスト学年十八位」

「前の学校で勉強がすすんでいたし……それにこの学校でその順位じゃあ……」


 神谷はそういって自嘲気味に笑う。

 ちっ、馬鹿にしやがって、俺なんてお前、実力テスト順位三桁だぞ、吉崎に至っては後ろからベスト十位以内に入っていたんだぞ。嫌味にしか聞こえんわ。


「なんだよ、それじゃあ、前はよっぽどいい高校いってたんだな。どこ行ってたんだよ」


 因縁をつけるようにいってやる。たいしたところじゃなかったらどうしてくれようか。


 しかし、神谷が答えた高校は県内随一の進学校だった。毎年、現役で赤門をくぐる奴があらわれるくらいのレベルだ。ちなみに今のこの高校は中の上くらい。かつて懐かしき進学校という時代もあったが、今は並程度の私立学校である。野球しかやってこなかった身としては受験勉強を随分がんばって入ったんだが、神谷が前にいた高校に比べたらミジンコみたいなもんだろう。


 まったく美人だけじゃなく、勉強もできるとか、どうかしてる。


 その日、神谷は電車、俺はバスの為、学校の最寄り駅で別れた。

 それ以降、期末テスト前までのしばらくを、神谷と放課後に残って勉強をしていた。


 神谷は本当に雑談する事もなく、教科書や参考書に目を走らせ、ノートに書き込んでいく。とても話しかけづらい雰囲気で俺も黙って勉強にいそしむ。家にいると、合間に漫画を読んだりしてはかどらないから、ちょうどいい。


 話しかけづらいとはいったが、いつも教室でただ一人、自分の席に座って、外を眺めている時との意味合いとは違う。教室でいる時は転校初日の宣言通り、関わるなっと一線を明確に引いて、あえて孤立している。


 けど、今は神谷がとても真剣に勉強に取り組んでいるため、関わるのがこちらにとって悪い気がするのだ。邪魔をしてはいけないと思う。


 そう思った時に、ふっと気づいた。


 気づいたというより、当たり前の事を認識させられた。

 こいつは純粋に頭がいいかどうかは別として、努力して今の成績を維持しているんだな、と。


 他の図書館にいる奴らを見回しても、たまに休憩を入れたり、隣の奴に話しかけたりしている。人間の集中力なんてそんなに持つわけがないのに、神谷は俺が話しかけない限り、集中力を切らさず、真剣に勉強へと向かい続けているのだ。


 俺は初めて神谷のいいところを発見した。


 明日から休日をはさみ、いよいよ期末テストを迎えるにあたる日、俺たちは図書館で勉強も終えて駅についたところだ。


「……なんか電車、遅れているみたいだな」

「そうね」


 改札前の電光掲示板から流れる情報ではいつになったら電車がつくか不明だった。流れてきたアナウンスによると人身事故が発生し、復旧次第、電車を動かす事になるらしい。これは長引きそうだ。


 神谷はスマホを取り出し、家の人間と話しているようだった。


「……うん、事故があって、電車おくれるみたい。いつ動くかはちょっと……ああ、そう? うん、いいのに。……わかった。じゃあ、待ってる」


 聞こえてくる声音はいつもより、リラックスしている。前にちらりと家族の話になった時の感じからは、家族とうまくいってなさそうだったが、そうでもないのかもしれない。


「なに? 誰か迎えにくるのか?」

「そうね」


 応対した声はいつも通りの不機嫌な声。

 俺が乗り込む予定の路線バスがこちらへ向かっているのが見える。バス停に急がなくては乗り遅れてしまう。


「それじゃあな、神谷」


 神谷はヒラヒラと面倒くさそうに細い手を小さくふるだけだ。

 ぞんざいな態度だが、無視されないだけ進歩している。学校で俺以上に仲のいい奴はいないぞ、ユッキー。お互い心底、嫌い合っているけどな。

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