第17話「相談相手は風紀委員②新たな見方」

 あれ? なに? なんなの? なんかちづる先輩の表情が面白い事になっているんだけど。


「……ちづる先輩?」

「あっ、あれっ、そっかいい間違い? それはそれで最低だけど、あっ、もしかして違うのかな、聞き間違いか私の」

 アハハとちづる先輩にあるまじき空虚な笑いだった。


「えっ、あの、神谷かえでの事で相談したいんですけど、って先輩分かります? 神谷かえで、俺のクラスの超問題児の」

「あっ、そう、悩み事? 相談って、あの超きれいな神谷かえでさんの? ――って、ええっ! 神谷かえでさんが好きなの! 孝也くん!」

 何故か混乱し、胸元をつかんでくるちづる先輩。


 意味が分からないが、気が動転していてもつかみ方がソフトで女の子らしいのが素晴らしい。 


「いや、なんでそうなるんですか。冗談じゃないですよ。奴は俺をその辺に転がっている空き缶くらいの扱いしか示さないんですよ、好きになるわけないじゃないですか」

 リサイクルできるだけ空き缶のほうがマシだと思ってそうな程、神谷の態度は険悪だ。


 そして俺にとっても一億光年はるか彼方の存在だ。彦星と織姫より距離が遠い、物理的にもできればそれくらい離れていたい相手でもある。


「最近、神谷のもめ事が多くなってきているでしょう? その事で風紀委員長であるちづる先輩に相談したくてきたんです」

 俺がそう説明すると、ちづる先輩は急にしゃがみこみ、顔をふせた。まるでリスがまるまったかのような愛らしさだが、さっきから言動と行動が不審だ。


「ちづる先輩?」

「………………………一分、一分だけ待って」

 そういってちづる先輩はなにやらそのままぶつぶつと呟いていた。


「……さっきコイバナしてて、その流れで現れたから、勘違いした、ああ、無駄に喜んじゃった、恥ずかしい、超恥ずかしい、穴があったら入りたい、もうなんかいっそのことしばらく冬眠して、忘れるまで寝てしまいたい」

 小さな声で聞き取れないけど、なんだかナーバスになっているようだ。やっぱり体調が悪いのかもしれない。んー、手短に話をすませたほうがいいな。


 ちづる先輩がそれから五分後に顔を上げてから、俺は神谷の事をかいつまんで話した。ユッキーに脅されている事はいっていない。そんな事で動いていると思われては男の沽券に関わる。

 嘘だ。そんな事を俺が話しているとどこかでユッキーに聞かれたら、俺の学園生活に終止符を打たれる。色々な意味で。


「KKMねー……」

「そうなんですよ、すごいやっかいな連中なんですよね」


 おかげで俺の学園生活は散々である。吉崎との勝負どころではない。まあ、あいつに彼女なんかできるわけはないので、どうせノーカウントになるが。俺にも彼女ができないという事実についてはあまり語りたくはない。


「最近さ、風紀委員会でも取り上げられた問題ではあったんだけど、難しいんだよね」

「難しいっていうと?」 

「被害者がいないんだよね」

 そういってちづる先輩は細い指をふる。


「KKMの入会条件の話は今、初めて聞いたから、ようやく色々理解できたんだけど、結局、その人たちって好きで殴られにいっているから、なんていうか極端な話、じゃれ合っている範疇なんだよね」

「あんなじゃれ合い方があっていいわけじゃないじゃないですか」

 何度、俺が地べたをはった事か。


「まあ、そうなんだけどさぁ。ただそこは本人間の問題でもあるわけで。男の子同士でもプロレスごっこ? とかそういうのするじゃないですか。そういう扱いになっちゃうというか。ただ、プロレスごっこもそうだけど、あんまりも騒がしくしすぎたら当然、先生とか風紀委員なんかが注意しにいく事になるし、騒ぎの大きさにもよるけど、場合によれば両親が呼ばれたりってするんじゃないかな」


 そんなところまで問題が発展してしまえば、俺は監督不届きでユッキーの制裁を受ける事になる。

 どんな汚名をきせられる事か、考えたくもない。


「……具体的な解決策って、ないんですか?」

「んー、一番いいのは神谷さんが相手にしない事だよね。神谷さんが我慢して、暴力ふるわなければKKMも騒ぐ意味がないわけで」

 できる? とくりっとしたつぶらな瞳をちづる先輩は向けてくる。


 そんな事ができていれば、俺は神谷にここまで殴られていない。コミュニケーションの基本は会話なはずなのに、あいつはボディーランゲージが激しすぎる。


「今はさー、神谷さんとKKMが接触したら、すぐに対処して、問題が大きくならないようにするしかないんじゃないかな。抜本的解決策は追々見つけていくしかないというか」

 場当たり的に当面は進めていくしかないという事か。


 俺は先がおもいやられる思いでため息をつくと、ちづる先輩はとんとんと優しく背中を叩いてくれた。


「まあまあ、私も風紀委員のみんなも協力するからさ、がんばっていこうよ」

 風紀委員の職務としては当然のことなのかもしれないけど、こうやってちゃんと言葉にして励ましてくれるのはありがたかった。なによりにっこりと微笑むちづる先輩の表情はなんともいえない癒し効果がある。


「……ちづる先輩はかわいいですよね」

「ちょっと、なにいってるんだよ」

 赤くなってさっきより、少し強めに叩いてくるところがさらにかわいかった。本当、なんでこの人に彼氏がいないのか謎だ。


 ちづる先輩はかわいい人だ。

 そしてかわいいといわれて、素直に喜んでくれる。

 どこかの誰かさんとは違う。


「……なんで神谷はきれいだっていわれて怒るんですかね」

 誰かさんの事を思い出し、愚痴るように俺は言葉をこぼす。


「それはきれいだからじゃないかな?」

「えっ?」

 想定していた反応とは違った言葉が返ってきて、俺はよく意味が読み込めず、ちづる先輩の顔をみた。


 小さな指をふり、ちづる先輩は言葉を続ける。


「きれいだって事は女の子の私にとってはすごく憧れることではあるんだけど、その分、苦労も一杯しているんだと思うよ? あれだけ目立つんだもの。そこにいるだけで何もしなくても一挙一動を見られちゃうんだよ? そういうのっていやにもなるんじゃないかな」

「……俺には、よく分からないですけど」

 ピッチャーをやっていた時、自分が注目を浴びるに相応しいプレーをした時の観衆の目っていうのはすごい満足感があったけどな。


「げんにほらKKMみたいなおかしな人たちに付きまとわれているわけじゃない? それだけでも十分不幸だと思うんだよね」

「……それは確かに」

 神谷以上に不幸なのは間違いなく俺だ。完全に巻き込まれているだけだからな。


 しかし『きれいなのに』ではなく『きれいだから』か。

 そういう事は考えた事なかったな。

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