第16話「相談相手は風紀委員①先輩の様子がおかしい」

 翌日、俺はちづる先輩の所属している二年四組へと足を運んだ。

 風紀委員長であるちづる先輩の手助けが必要となると思ったからだ。自分のクラスメイトの面倒事でちづる先輩を頼るのは心苦しいが、致し方ない。学校の平和と秩序と俺の安寧の為、お願いするしかない。


 普段、足を踏み入れない上級生の空間なだけに、居心地は決してよくない。出来る限り速やかに立ち去りたいところだ。

 ドア側近くを通りかかった男子生徒にお願いをして、ちづる先輩を呼んでもらう。


 ちづる先輩は女子三人でガールズトークを楽しんでいた模様で、名前を呼ばれると振り向いて、俺の方に気づき目をまん丸にした後、リスのごとき素早さで、俺のところまでやってきてくれた。


「孝也くんじゃん。どした、どした? 珍しいね、私の教室まで来るなんて」

 というか初めてである。


「いや、ちょっと話したい事がありまして……」

「んー、なになに? なんでもいってみたまえ。聞いてあげるよん」

 おおらかになだらかな胸を軽く叩き、先を促してくるちづる先輩。


 気前のよさとかわいらしさは一級品である。

 ただ、先ほど、話していた二人も俺のほうを見ていて、なんだかやり辛い。あの二人がというわけではないが、下級生が上級生の教室をうろうろする事にあまり感じよく思わない人がいるかもしれない。


「あの、ここじゃなんなんで……」

「なんなんななん?」

 くりくりと無邪気な瞳をして、こちらの顔をのぞきこんでくる。


 というかちづる先輩、ニュアンス伝わりますけど、日本語として意味不明です。

 俺は先輩の小動物が見上げてくる特有の愛らしさと上級生の教室ということもあり、きまずさを感じ、視線を横に向け頬をかく。


「……あの大事な話なんです。だからここじゃあ、ちょっと……」

 先輩は小さな顔を角度をつけて動かし、自分自身へと視線を合わせようとしない俺を見ながら、なにやら数秒考えていた。


 それから軽く目を見開き、後ろの二人を振り返り、何故か二人が同時に首をしっかりと縦に振った。


 振り返ったちづる先輩はなぜか真剣な表情をしていた。

 あれだろうか、俺のせっぱつまった感じが表情に出ていて、ちゃんと話を聞かなくてはならないと察してくれたのかもしれない。


「……真面目な話なんだね?」

「ええ、できたら静かなところで話したいですね」

 再度、確認をとられた。やっぱりちづる先輩は風紀委員長だけあって、相談事とか受けなれているのかもしれない。神谷の事を相談にのってもらう為にも、この人を選んだのは間違いがなさそうだ。


 俺たち二人は教室を後にした。

 移り変わって屋上前の踊り場。


 下の五階が特別教室など、一般生徒が授業以外使用しない教室の為、普段は人通りが少ない場所である。人に聞かれたくない類の話をするにはうってつけだ。神谷の話題はあんまりお手軽に出すにはキャラクターが濃すぎて選ばれる話題でもあるからな。


「……それで話ってなにかな?」

 俺とちづる先輩は今、立ったまま向き合っている。


 ちづる先輩はいつになく真剣な表情で、俺の言葉を聞き漏らすまいとしている。ただ、この踊り場が寒いのか、細くてやわらかそうな内ももをもじもじとさせていた、少し頬と耳のあたりが赤い。風邪なのだろうか? 最近また冷えてきたしな。


「ちづる先輩? 調子が悪いなら、また今度にしましょうか?」

「えっ!? ないない! すっごく調子いいよ!」

 ぶんぶんと小さな手を振り、否定するちづる先輩。


 真実はどうあれ、こうやってちゃんと聞いてくれようとしてるだけで嬉しいものだ。どこかの誰かさんだったら、会話のキャッチボールをしようとしてボール放ったら、強襲ライナーとして返ってくるからな。


「……じゃあ、すいません、聞いてもらえますか?」

「うん」

 こくりと小さくちづる先輩はうなずく。


 さてさて、どう相談したものか。そうだな、正直に少しずつ思っている事を話していこう。それが一番、俺が神谷の事で思い悩んでいる事が伝わるだろうし。


「前から気にしていた事ではあるんですけど、最近特にその事を考えるようになって、いつも、思い悩んでもやもやとしてたまらなくなるんです」

 ついでに胸がむかむかして、頭がずきずきするのだが。


「時々、動悸が早くなることもあって、もうどうしたらいいか本当分からなくって……」

 神谷に殴られたときを思い出した時なんかはリアルに鼓動の刻みが早くなるんだよな。いまだにどうやったら暴力を振るわれずにすむか謎だ。


「――はあっ、ちづる先輩にどうやってこの気持ちを分かってもらおうかと思ってたんですけど、難しいですよね、ちづる先輩には迷惑でしょうし……」

「そっ、そんな事ないさ! そんな事ない! 私嬉しいし、話をしにきてくれて!」

 ちづる先輩は身を乗り出して、強く俺の弱音を否定してくれる。素晴らしい感受性である。どこかの誰かにもこの一欠けらでもいい、あってしかるべきだ。


「よかった……もし、ちづる先輩に断られたらって俺、正直不安で」

 ちづる先輩に話を聞いてもらえなかった場合、有効的な解決策を模索するのが非常に難しくなると思っていた。何分、風紀委員の協力なく、問題が学校全体に広がっている中で神谷の問題の処理にあたるのは不可能といっていい。


「そんなの断るわけないし! 私こそありがたいよ!」

 上気した表情でそんな事をいってきてくれるちづる先輩に俺は感動した。


 なんていい人なんだろう。

 こんな先輩をもって俺は幸せ者だ。


「よかった、ちづる先輩がそういってくれて……じゃあ、いいますね、実は俺……」

「……うん」

 ちづる先輩は本当にいつになく真剣な表情で一言一句聞き逃すまいとしてくれていた。


 俺もそこまで包容力があり、真摯に向き合ってもらえたら、素直に言葉にできる。本当にありがたい話だ。

 息を吸い気持ちを整え、俺はその人物の名を放つ。


「神谷の事で悩んでいるんです」

「―――――――――――――――――――――――――――――――――へっ?」

 ………………。

 …………。

 ……。

 沈黙。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る