第18話「KKMは今日も活躍」

『渡り廊下でKKMが神谷さんを待ち伏せしている模様』

『孝也君、きたきたKKM出現、二―二渡り廊下で神谷さんと接触しているよー』

『売店でKKMが神谷さんに食べ物献上して、神谷さんがピリピリしてるぅ! やばいよ!』


 現実的に神谷の近くをうろうろする事は俺が神谷に因縁をつけられるだけなのでできない。また腹パンされるのは勘弁だ。なので教室外での動向については、ちづる先輩の風紀委員としてのネットワークを利用させてもらっている。


 ようはなにかあればすぐにちづる先輩から俺にメールを送ってもらうようにしているわけだ。

 かけつけて人の衆目が集まる前に問題の収拾にあたる。

 野球をやっていた以来の運動量で、学校中を走り回る俺。


 吉崎に聞いた話だとKKMはそのメンバー数を急速に伸ばしており、現在は三十人を超える団体になっているようだ。非公認としてのサークルとしては人数が多すぎた。


 俺も止めようとするのだが、どうしても出会い頭で事が起こってしまうと間に合わないのだ。

 この学校、おかしな奴が多すぎる、勘弁してくれ。


 神谷かえでを愛でる為に近寄り、または会に入会する為に、禁句をぶちまけるあいつらの所業のせいで、俺は苦労しっぱなしである。

 そして今も今とて、校舎裏で二人ばかりのKKM会員候補生らしき奴らを追い払ったところだった。


「あんたはまた……」

 俺の横でプレッシャーたっぷりに眼力を込めてにらんでくる神谷。いやー、相変わらず恐ろしいな。


「いや、だって、いくらお前が殴りつけても暴力で追い払えてないだろう」

「……うるさいわね」


 いつも通り不機嫌な神谷だが、怒りがチャージされている状態なのに、すぐさま殴りに来ないのを見ると少しは話す気になっているのかもしれない。まあ殴られた奴らが恐怖ではなく、恍惚の表情浮かべていれば、少しは変だと思うだろう。


「お前は知らないだろうけど、あいつら、KKMっていう団体なんだけど、お前が殴るたびに人数が増えていくからな。お前がいくらぶん殴っても無駄、というか悪くなる一方なんだよ」

 ようやくこの言葉がいえた。


 何度か神谷にもKKMの説明を試みようとしたのだが、そのたびに神谷に無視されるか、怒られるかのどちらかだったので、今日初めてようやくその事を伝える事に成功したわけだ。


 これで神谷も馬鹿な行動を慎むだろう。

 少しは平穏な俺の学園生活を返してくれ。頼むから。

 神谷の様子を確認すると、少し首を下に傾けただけで、なにも反応がない。


 ん? 後悔でもしてるのか? いいねー、反省しとけよ。

 めったに見れるものではないと、俺は神谷の顔をのぞきこんだ。

 俺は「うっ」と言葉をつまらせて、一歩後ろにさがる。


 そこには阿修羅の表情をした神谷がいた。

 俺はその時確かに鬼をみたのだ。


「……そう、そういう事……ふざけているわね……まったくもってふざけているわね……ふふっ、上等じゃない……ふふっ……」


「……あの神谷?」

 ぶつぶつと言葉を並べ立てている神谷を不気味に思いながら、俺が声をかけたら呼応するように神谷は鬼火でも宿したのごとく意思の力を瞳にこめて、俺をにらみつけてくる。


「……とりあえずあんたは今日も邪魔してくれて、お礼をしなくてはね」

「ごふっ!」

 神谷の声とともに鋭角に入った渾身のレバーブローに俺はなすすべもなく、倒れ込む。


 こんなものに喜びを見出すKKMの奴らは心から理解できない。


 俺が痛みに耐えているのをよそに、神谷は早足に去っていく。

 一人残された校舎裏の芝生が少し冷たいのが物悲しい。 


「孝也くん」

 少したって、なんだか泣きたくなってきた俺の頭上から、とても明るい声がかけられる。

 声の主を見上げると、ちづる先輩がペットボトルに入った、はちみつ柚子茶を差し出してくれていた。

 リスのようなくりくりとした瞳には慈愛があり、俺はありがたく体を起こしそれを頂戴した。


「……ありがとうございます」

「私、今来たんだけど、神谷さんは?」

「ああっ、終わりましたよ。KKMは追い払って、俺が神谷に沈められました」

「……あははっ、ご愁傷様」

 苦笑いして両手を合わせるちづる先輩。


 大丈夫ですよ、先輩、もう半ば諦めてますから。

 キャップを開け、こくこくと飲み込む。

 ああっ、ちづる先輩の癒しと合わさったこの一杯は格別おいしい。


「孝也くん、幸せそうな顔して飲むよね」

 くすくすとちづる先輩はくすぐったそうに笑う。そういうあなたはいつも癒し効果抜群な表情でいますよね。


「なんか、はちみつ柚子茶が好きで、俺の秋冬のベストアイテムですね」

「ああ、やっぱりいつも飲んでるもんね」

「っと、そういやお金は」


「いいよ、いいよ、神谷さんの対応でいつも助けてもらっているし。みんな神谷さんの空気に呑まれちゃって中々口をはさみづらいんだよね。何かいってもあの目でみつめられるとさ、男女問わず言葉がとんじゃうんだよ。けど、さすがは孝也くん、神谷さん相手でもガンガンいっちゃうところがかっこいいよねぇ」


「いや、どちらかというと助かっているのは俺の方ですし。後、ただ単に俺はクラスメイトだから他の人より慣れているってだけですよ。それに大体、俺のクラスメイトが迷惑かけているわけだから、そんなお礼をしてもらったら申し訳ないんで……」

 担任に脅されているからとはいえないところが悲しいところだ。それに神谷に文句をいえるのはちょっとでもガス抜きしたいからで、さらに悲しいところだが……。


「孝也くんは律儀だねぇ。まあ、あれさ、先輩のおごりなんだから、後輩は黙って受けとっておけばいいんだよ」

 ふふんと小さな指をふる先輩。


「じゃあ、ありがたく」

「はいはい、頂いちゃって下さいな」

 ニコニコと本当に笑顔が絶えない人だ。


「……んー、でも大変だよねぇ、いつもさ」

「ええ、本当、いい加減にしてもらえたら有り難いんですけどね。俺はもう走り疲れましたよ」

 そろそろ、その時々にその場に現れるのも限界に近い。


「いや、孝也くん大変なのはもちろんなんだけど、神谷さんがさ」

「へっ?」


「なんだか最近、疲れた表情している気がするんだけどな」

「ああ、きっとそれは不機嫌が顔に張り付きすぎて、調子悪そうに見えるだけなんじゃないですかね」

 あれだけ本日も強烈な一発を俺にお見舞いしてくれたんだ。あれで本調子じゃないなのだとそれは恐ろしすぎるだろう。


「んー、だったらいいんだけどねぇー……」

 ちづる先輩は目を棒線のようにして、小動物のように小首をかしげている。

 

 けど、俺が軽く考えていたことは、ちづる先輩の杞憂ではなかったのだ。

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