第13話「KKMってなに?②それは『神谷かえでを愛でる会』」
バッチーン!
俺が吉崎に呆れたと同時に、教室の中で高く乾いた音が響く。
音の発生源に視線を向けると、左頬を真っ赤にはらし仰向けに倒れている見知らぬ男子生徒がいた。そして当然のようにその横では神谷が右手を振りぬいたところだった。
不機嫌そうな顔で「フン」と言い残し、自分の席に戻る神谷。
俺は同じ痛みを知る者として同情したのだが、倒れた男子生徒の顔をみたら、何故か恍惚の表情だった。
「なんだあれは?」
俺は神谷に頭を下げて、満足そうに去っていく男子生徒を見ながら、思わず言葉を漏らす。打ち所が悪かったのか? もう少し手加減してやれよ、神谷。
「あれじゃねえか、最近できたKKMの奴だろう」
「なんなのそれ?」
横沢は聞いたことのない名前に疑問をはさむ。知らないのは俺も同じだが。
「【神谷かえでを愛でる会】。略してKKMだ。あいつは俺知らないから、会員候補だろう」
「なんだ、その直接的かつ痛い名前は」
「最近できた会みたいだぜ。まだ会員はそんなにいないみたいだけどよ。ようは神谷の美しさに胸を打たれ、その容姿を称え賞賛し合う会らしいけどな。かなり濃い連中でよ、神谷の暴力さえも愛でる対象であり、いかにしてその痛みという至福を味わえるかっていうのが会員の嗜みらしいぜ」
学校非公認のサークルとしては最低な活動内容だな。
「さっきの候補ってなんなの?」
横沢の問いに、吉崎は片手を振りながら面倒臭そうに応える。
「KKMは入会条件があってよ。神谷に暴力を受けたものが会に入る為の絶対条件らしいぜ」
「そっか……」
横沢は深く頷き、残念そうな目で俺を見る。気持ち悪いな、一体なんだというのだろう。
「……樋口がその、数少ない会員の一人だったんだね。ごめん、俺知らなくて、それは彼女作れないじゃんね」
「ちょっと待て!」
俺は思わず立ち上がり、横沢に対して叫び声をあげる。
「なんで俺がそんなおぞましいサークルに入ってなきゃいけないんだよ!」
「いや、だって、神谷さんに一番殴られてるの樋口じゃんか。ずっと不思議だったんだよ。無視され、罵られ、殴られ、それでも神谷さんにからんでいった樋口が。これで謎がとけちゃった感じだね」
横沢の長年の疑問が氷解したかのようなすっきりとした顔に俺は全力で待ったをかける。お前の間違った理解は俺の名誉に関わるわ!
「まったくもって納得の方向が間違ってるわ! お前は俺の地獄が分かってない!」
俺だって接触したいわけではない。学級委員としての用事があるし、ユッキーに厳命または脅迫されて仕方なくだ。日々どれだけ俺が苦労していると思っているんだ、こいつは。
「残念ながら違うぜ、横沢。孝也はメンバーに入ってねー」
俺の叫びに同意したのか吉崎は腕を組み、首を横に振る。否定してくれて感謝だが、一体なにが残念なんだ吉崎。
「あっ、そうなの?」
「ああ、元々、会を発足させた二人ってのは神谷に告白して、見事、禁句をぶちまけて、ビンタされた奴らから始まってるからな。なんかお互い慰めあいつつ、神谷のよさを共感しあってたら、仲間になったみたいな感じみたいだしよ」
「うっはー、いったいね。これだから彼女いない奴らって駄目だねー」
「そういえば殴る事を忘れてなかったか? 吉崎」
「すまねー、孝也。存分に今からボコるからよ」
吉崎が拳を握り締め、構えをとる。
「もう冗談きついじゃんね、二人とも。彼女作ろうとしてんだから、もう半分、仲間みたいなもんじゃん」
「半分仲間なら、残り半分はなんだってんだ? ああん? いってみやがれ」
吉崎の拳がうなりをあげる中、逃げまとう横沢を俺は笑い、はちみつ柚子茶を一口飲む。本当、馬鹿ばかりだよな。とりあえず横沢はきっちりしとめとけよ吉崎。
ああ、しかしうまいな、はちみつ柚子茶。ほんわかするわ。
俺はちらりと神谷の方を見て、頭を振り、さっきのを見て何もいわないのもあれなので、重い腰をあげ、神谷に近づいた。
「神谷」
ぴくりとも体を動かそうとしない平常運転どおりの神谷。
「かーみーやーさーん」
俺がよく聞こえるように砕いていってやると、ぎろりと神谷の日本刀のように鋭い眼差しが俺に向けられる。
とても眉目が整っているせいかその視線は魔眼めいていてとても恐ろしい。
蛇に睨まれた蛙状態。
神谷の容姿をうかつにも褒めたたえてしまった他クラスの女子が執拗に睨みつけられ、それだけで泣かされてしまったのは、とても有名な話だ。
しかし、神谷と接触しようとしてこの睨みぐらいで引き下がっていては話にならない。
せめていいたい事はいうのだ。無駄かもしれんが。
「お前さ、なにに腹立ったのかは知らないけど、暴力はやめろよ、暴力は。まわりが引いてしまうだろう」
「……はあ? 私の目の前でおいかけっこしている男子二人組はなんなのよ? あんたの友達じゃないわけ? うるさくて迷惑で仕方ないんだけど?」
「あれはじゃれ合っているだけだから、いいんだよ。友達同士のふざけ合いって奴だ。お前のはそうじゃないだろう。お前とさっきの奴が友達だったら知らんけど」
後ろでなにか横沢の抗議の声が聞こえるが、それは無視。
「友達?」
神谷はその言葉を疑問として吐き出し、そのままゴミ箱にでも放り込むように俺に向かってさっき以上に凶悪な視線を向けてきた。
「そんな訳ないじゃない? あんた馬鹿なの。そんな奴はいないし、友達をなんで叩かないといけないわけ。馬鹿じゃないの、いや馬鹿ね。あんたは馬鹿だ。私と友達になれる奴なんて学校にいないわよ」
……なんて傲慢な台詞。
自分に釣り合う人間がこんな高校にはいないと断言したぞ、この女は。
俺は唖然として、二の句がつげず、神谷は話は終わったと俺の反対、窓側に顔を向ける。
これ以上話すと、喧嘩になりそうだったので、俺は大人しく引き下がった。
怒りで頭痛がする以外に思った事は、じゃあ、神谷と友達になれる奴っていうのはどういう奴なのかという事だ。
まあ、きっと眉目麗しく、成績優秀、スポーツ万能の超人みたいな奴なんだろうさ。
神谷自身も容姿だけでなく、実力テストの成績も学年で十八位と好成績で、運動神経もあの体のキレを見れば、悪い訳がない。体感としてよく理解している。
そんな神谷にとって周りは足をひっぱるお荷物なだけなのかもしれない。
そう思うと何故か俺はとてもイライラした。
今の俺には神谷のように人に特別、評価されるような物がない。かつてあったそれはもう二度と戻ってこない。
右肩がずきりと疼く。
だけどあいつはそういう物を持っているのに評価される事を拒否する。自らのとても美しい容姿の事を。
ああ、そうか成程、神谷が転校してきて以来、感じ続けていた感情の意味がやっと分かった。
俺は神谷に嫉妬しているのだ。情けない。
俺は自己嫌悪をごまかすように机を枕として、そのまま目を閉じた。
俺はこの時、安穏としていたのである。
うかつだったのだ。そんなコンプレックスを感じる暇があったら、もっと別の事に気を使うべきだった。
でも今となっては仕方ないともいえる。
まさか、この学校にそんな馬鹿ばっかりいるだなんて思わなかったんだから。
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