第9話「バイオレンスの始まり(回想)」
「神谷」
帰りのホームルームが終わり転校初日、足早に教室を出て行こうとする神谷に俺は声をかけた。
神谷は立ち止まらず、そのまま歩き去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待てって」
俺はさすがに無視されるとは思わず、急いで神谷の前に出た。
「…………なに?」
神谷はさも迷惑だといわんばかりの冷めた目つきで、こちらに視線を投げてくる。
「ああっ、いやっ、今から時間あるか? これから学校案内でもさせてもらえたらって。なるべく早く学校の事知ったほうがいいんじゃないかと思うんだよな。どうかな?」
俺はやや緊張した声音になってしまったのを自覚していた。自己紹介があれだったし、その上、本当にまー、近くでみると、同じ人間とは思えない顔やスタイルをしているよな。これ緊張するなっていうのが無理だろ。
「ないわ。私、時間ないから」
すぐに拒否の返事。
「あっ、そっ、そうか」
神谷は話は終わったと、足早に教室から出て行った。
翌日も。
「ないから」
その翌日も。
「ないわ」
「……あの、いつだったら、大丈夫なんだ? 予定合わせるけど」
三日連続で断られるとは思わず、俺は神谷に尋ねてみた。
下校前の教室で神谷は鞄を片手に立ち上がり、面倒臭そうに俺を横目で見た。
「いつだって無理だから」
「どういう意味だよ?」
「……鈍い奴ね。必要ないっていってるのよ、私は」
「必要ないってなんだよ。必要あるだろう? この学校の事まだ何も知らないんだし」
「……私いわなかったかしらね?」
そういった神谷の周囲の温度が下がったような気がした。
「私に関わらないでくれる? 迷惑だから。……三度目は言葉にしないから」
最後の言葉に何故か、俺の背中から汗が一筋流れ落ちた。……なんだ? なんなんだ? なにかよく分からない凄みがあるぞ?
言葉を発せずにいた俺をほうっておいて、神谷は教室から出て行った。
転校初日から、今日まで神谷とまともに会話した人間はいなかった。
自己紹介の事があるとはいえ、神谷に話しかける奴らは少なからずいたのだが、基本的に無視を貫き通されるか、今みたいに端的にばっさりと会話を終了させられるのだ。
本当に絡みづらい奴だよな。
後、個人的に一人自分の席に腰掛ける神谷を見ていると、なんともいえない気持ちになるのだ。
神谷の見た目の派手さに感嘆させられた後から湧いてくる気持ちで、なんだか落ち着かなくなるようなそんな感じだ。できれば神谷をあまり見たくない。けど気になってしまうそんな感情。
一応いっておくが、恋愛感情とかそういったものじゃあない。
見た目がどれほどよくても、性格に難がありすぎる。
休憩時間に別クラスの奴らが神谷に対して、熱い視線を投げかけるようなそんな気持ちにはとてもならない。
そう熱くはならないのだ。
心臓は高鳴らない。
ピッチャーとしてマウンドに立っていた頃のようには。
そんなこんなんで複雑な気分にさせられる奴だったが、関わるなといわれたからといって、学級委員という立場上、そういう訳にもいかない。
「……なに、これ?」
翌日、俺は数枚のプリントを神谷の机に広げた。
「なに、これって、校内案内図だよ。なんだか忙しいみたいだし、これだったら時間かからずに説明できるしな。ああ、ちなみに手書きのところは、売店や食堂の人気商品や移動教室の場所とか書いといたから」
神谷は少しの間、目を細めてプリントに目をやり、おもむろに細い手の中で丸めた。
「ってなにしてるんだ! お前は!?」
「あんたこそ三度目はないっていったわよね?」
凍えるような瞳で座ったまま俺を見上げ、野球のボールくらいに丸められた紙を俺に向かって放り投げた。
――こっ、この女。
俺は怒りで口角がひきつるのがわかった。
人の親切をここまで踏みにじられたのは初めてで、怒りをどんな風に表現すればいいかわからなかった。
「私さ、あんたみたいな奴、一番嫌いだから」
本当に嫌そうな表情で、神谷はそういった。
その後、面と向かって初めて神谷に対して容姿の事に触れた女子が現れた――今までは神谷と会話にならなかったので、そういう機会がなかったのだ――。
文化祭の衣装係がどうしても神谷に特注品を着て欲しいが為に、頼み込んだ為の惨事だった。
人一人の気配がこうも怒気に染まるものかという空気が教室中に渦巻いていて、本当に恐ろしかった。
同年代の女子を本能的に恐ろしいと思った初めての体験だった。
俺は空気に怖じ気づきそうになったが、クラスメイトからの『どうにかしてくれ、学級委員!』という視線を無視できず、なんとか仲裁に入った。
そしたら何故か、俺が殴られた。
あまりにも理不尽。
机を巻き込みながら盛大に倒れ、冷たい教室の床にキスをしながら強く思ったさ。
ああ、そうさ、どういう感情かよくわかったよ。
俺こそお前が大嫌いだよ、神谷かえで!
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