第8話「転校初日の挨拶(回想)」

 神谷が転校してきたのは十月の始め、秋頃のことだ。

 文化祭がさしせまっており、準備に忙しくて、あまり話題にもあがらなかった。今になって思うと、転校生は女子という前情報があったにも関わらず、男子さえ盛り上がらなかったのは、既にほとんどが彼女持ちだったからだろう。


 うらやましいなんて、いわないからな、ちくしょうめ。

 しかし、そんなみんなの関心のなさも、神谷が現れるまでの話だ。

 ユッキーと一緒に教室に入ってきた瞬間、教室の空気が激変した。

 

 目を奪われるというのはああいう事をいうのだろう。

 

 淡いウエーブのかかった絹糸の髪はまるでうっすらと光を帯びているように見え、大きな瞳からは星空のような瞬きが見えた。

 同じ人間とは思えないくらい容姿が整っていた。

 しかもただ容姿がいいだけではなく、見る者の目を惹き付けてやまない圧倒的な存在感を持って、神谷はそこに立っていた。

 

 みんなの意識は否応もなしに神谷に釘付けとなった。

 こほんとわざとらしい咳払いが一つあがる。

 そこでようやく神谷へと集まった視線がとけて、咳払いをしたユッキーが『あなたたちがそうなるのは分かるけどね』という顔をしながら、神谷の紹介を始めた。


「えー、転校生の神谷かえでさんです。神谷さんは一身上の都合で、この高校へ転校してきました。みなさん、なにぶんよく分からない事も多いでしょうから、色々と教えてあげてくださいね」


 教室が騒がしくなり、「当然です!」「おお! 文化祭のミスコンわからなくなるぞ!」「マジかよ! 俺賭け直さないと!」「それよりも、最高のウエイトレスが入ったじゃない! これで売上げ上位狙えるわ!」「文化祭のシフト考え直さないとね」

 

 文化祭に対してやる気ありすぎだ、お前ら。

 まあ、この転校生がいれば、これ以上ない位、衆目を集めるだろうけど。

 喧騒を終わらす為に、俺はパンパンと手を叩く。


「お前ら、気持ちはわかるけど、そんな急に盛り上がったら、転校生ついていけないだろう。大体、自己紹介もまだなんだから、とりあえず落ち着けよ」

「だって素材よすぎるんだもんね。衣装チームとしては興奮するわよ。そうそう、ウエイトレスの衣装特注品もあてがうのってどうかしら? いいの一着あるのよねー」


「予算は大丈夫なのか? ああ、細かい話は今日のホームルームの時間にしよう」

「……もし特別なものを着るなら写真を撮ってポスターにしたほうがいい」

「宣伝効果高そうだしな、それはいいかもしれないな」

「馬鹿野郎、孝也、お前、今回、ミスコンの予想屋やっている俺としてはこんなん死活問題だろうがよ! 落ち着いてられるか!」


「いや、吉崎、お前の個人的都合は本当どうでもいいから、黙っていてくれ」

「…………うるさいわね」

「そうそう、吉崎、お前は本当うるさいんだよっ……て?」


 声の出所を見ると、転校生が、ちっと舌打ちを鳴らしたところだった。


 その姿を見たクラスメイトが声をあげるのをやめ、それに気づいた他の奴らも黙り始め、教室の喧騒が波を引くように静まっていく。


「――神谷さん、自己紹介をしてもらえるかしら?」


 おかしくなった教室の空気を緩和するようにユッキーが神谷へと明るい声をかける。


「……神谷かえでです」


 心底嫌そうに神谷は声を出す。

 不機嫌さ極まりない表情をしており、その後に続く言葉はなく、クラスメイトの反応もない。あるのは教室内での当惑した空気だけだ。


「ええっと、そうね、好きな事とか嫌いな事とかは?」


 嫌な空気を振り払うようにして、なんとか神谷の自己紹介を続けさせようとするユッキー。


「好きな事は一人でいることで、嫌いな事は……」


 じろりと寒気を感じさせる視線でクラス中を見渡し、瑞々しい桜色の唇から毒を吐く。


「騒がしくされる事ね」


 完全にクラスから音が失われ、静寂が訪れる。


「はじめだからいっておくけど、私に関わらないでくれる。迷惑だから」


 自らの存在感を威圧するように視線で叩きつけ、『分かったわね?』と、強制的に理解を促す空気を神谷はクラス中に充満させた。


 こうして、神谷の自己紹介というクラスメイトとの断絶宣言がなされたのであった。

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