○第五部 魔法と脂肪とお金の関係


魔法使いウィザードにとって、最も名誉なことっていうのは、果たしてなんだと思う?


それは、皆から讃えられる、大きな魔力だろうか?


それとも、勇者のパーティーに入って、魔王を倒したりすること?


・・・いやいや、勘違いしてもらっちゃ困りますぜ、有識者の方々かたがた

この《ストラム国》で後世に影響を残し、その功績が讃えられ続けるのは、何と言っても『国際魔術アウォード』によって、その年一番の魔法に選ばれた開発者のことさ。


まだ始まって10年ほどしか経っていない賞だが、そのラインナップたるや、凄まじいものがある。


”マンティコア” を蒸発させたという、『炎嵐弾ブレイズ=シュート


巨神族ティターン” が攻撃を捨て、両腕ガードせざるを得なかったという、『冥府の霧プルトン=デス


・・・準備が壮大すぎて開発者しか常用していないが、ありがちな『転移テレポート』もある。


いいことなのかどうかは分からないが、不思議とその研究者たちは、みな貧乏だった。

そして、それらのミラクルな魔法を作り上げたことで、誰よりも大きな名声を得て、幸せな生活を手に入れることができたのさ。


・・・ま、勘違いしてもらっちゃ困るが、俺はそこまでガメツイ男じゃねえよ?

でも大好きな魔法研究を続けるためには、どうしても金が必要なんだよ・・・。

「ーー」

だから、これは俺の恥だ。

いつしかカッコイイ魔法を作ってやるぞ、という夢から、「お金だ」「まずお金だ」「すべての問題は、金さえあれば解決できる」・・・そんな風に目的の熱量がスライドしちまったのは、まったく恥ずかしいことだったよ。


でも、そんな愚者を責めないでやってくれ。

一番有名になった魔法は、『アウォード』に応募しなかったからさ。

そうさ。俺は有名になり、金持ちになった。

けどそこには、格好良い要素なんて、何一つなかったのさーー






―――――――――――――――――――






また、アッシュは無駄な魔法を作り上げてしまったのか・・・。


男は、ボロ板であちこち補修された家でうなだれていた。

彼 ーー アッシュの住んでいる借家は、しめった空気と中央通りの高い建物の影に一日じゅう覆われた、路地裏地区にある。


さすがにスラム化する、というほど人口過密ではないが、ちらほら見かける者は何の職に就いているか分からない輩だったり、露店の食べ物を日々かっぱらって生きているような子供もいる。


アッシュはそんな場所で毎日を過ごしながら、ちまちまと評価もされない魔術を開発してきた。


「しかし、今回はいけると思ったんだがなあ・・・。とても偉い科学者の言葉の通りにやったし・・・」


彼が今回作り上げたのは、人体から脂肪だけを抜き出す、というものだった。

もともとはモンスターなどを対象にした、生体圧殺魔法を生み出すつもりだったのだが、そううまく研究がはかどるはずもない。

だが彼は諦めなかった。


『・・・実験が成功しなかったからといって、それをミスだと思っちゃいけないよ? もっと広い視野で見てごらん。 なぜそんな予期しない実験結果になったのかを探っていけば、目指していたゴールとは違うけど、わき道に全く新しい成功が生まれることもあるんだ』


それは旧世界で、最も栄誉ある人道賞を獲得した、科学者の言葉だった。

アッシュはそれを書物で見つけた時から、魔術研究にほとんど恐れをなくしたように取り組んできたのだ。

そうかーー研究者オレたちの失敗は、可能性にもなるんだなーー


そして今回彼がたどり着いた成功が、前言の通りである。

対個体”圧殺魔法”などというシャレたものではなく、ただ身体からポヨンともちのように脂肪を取り出す、ヨガマスターのようなヘルシー魔法マジックだったのだ。


(・・・)

アッシュは、肩を落とさざるを得なかった。

「これは・・・いくらなんでも地味すぎるよな。そもそも俺は、食うものに困って余分な脂肪なんかほとんど無いし、魔物の肉バリアーを薄くすることはできるけど、この魔法は一回でかなりのMPを使う・・・」


ここら近辺に出没する、強敵と言われているモンスターは、たいていが引き締まった速筋系で、とてもではないが有用性は認められなかった。

それに彼は、使用者がパーティー内で”エース”と呼ばれる大魔法に憧れているのだ。

何しろ魔法使いは、仲間が戦闘で困った時の切り札にならなければ・・・格好良くない。


「・・・くだらん。また無駄な研究費を使っちまったな。前に新開発した”足首アンクル・カッター” で、郊外の農家にバイトでも行くか・・・」


そう呟いた時だった。

ある考えが頭に浮かび、彼はハタ、と椅子から上げた腰を停止させていた。


(そういやあ、金持ちの中年マダムなんかは、たいていポッチャリしてるイメージがあるよな。まあ良いもん食ってるから肌はツヤツヤしてるけど、あれって好きでふとってるのかな? もしかしたら効率の良いバイトになるかも・・・)


身体を動かして気分転換になる農作業も嫌いではなかったが、アッシュはこのところ特に研究成果がうまく出ていない。

たとえショボくとも、一昨年おととしまでは『国際魔術アウォード』で200番以内には入っていたし、最高は50番を切ったことさえあったのだ。

「もうすぐ俺も三十路みそじが見えてきた頃だし・・・ここはもっと、研究時間を取れる金策きんさくに走った方がいいかもな・・・。このぜい肉魔法、試してみる価値はあるかも」


そう気付いたアッシュは、ほこりまみれで床に横たわっていた杖を拾い上げると、久しぶりに作業服ではなく、魔術師らしいフリをして廃墟の町に足を踏み出したのだった。






ーーーーーーーーーーーーーー






「あーた! いったい全体、これどうなってるざます!? 素晴らしいエステ施術じゃありませんか!!」


およそ20キロの脂肪を取り除いて、青年は「ふう」と息をついていた。

何人にも声をかけてはフラれ、やっと捕まえたきらびやかな高年マダムは、はじめは胡散臭そうにローブに着替えたものだった。


しかし、ほんの数分後には完全に使えなくなった衣服を気にすることもなく、だぶついたボロ布でポージングを繰り返している。

(ふむ・・・やはり脂肪の重さに合わせて、魔力の消費も増えるのか・・・)


取り出した贅肉は、部屋の隅にボヨンと揺れながら転がっていった。


「身体に違和感はありませんか? 突然体調が変わって、何らかの吐き気なんかは?」


そう問いただすアッシュだったが、マダム・ポーリーはほとんど話を聞いていなかった。


「あーた! これ、誰にも出来るんですの? ワタシのお友達を連れてきてもいい? 今すぐ!!」


・・・いや、今はあんたの服をどうするかが一番の問題だろうよ。すでに下着すら使い物にならないだろうし。


青年は脱力しながら答えていたが、マダムはそんなことなどどうでもいいように興奮している。

一抱ひとかかえもある貴金属やバッグと一緒に、服をかついでローブのまま路地へと飛び出して行ったのだった。


「ああ! ダメですって!! そんな”カモン、強盗!”みたいな格好でこの廃墟街を歩いたら!!」


それにこの魔法は一日に二度が限界でーー


またもそんな青年の声は無視され、生まれ変わったマダム ”スリム” ・ポーリーは、かっぱらいも追いつけないような速さで表通りへ消えていったのだった。





ーーーーーーーーーーーー





結局、彼の脂肪除去魔法、『果実よ、もう一度モンロー=カムバック』は大成功をおさめた。


客は連日押し寄せ、もとは廃墟だったその一画いっかくも、「あんな小汚い場所に足を運びたくないざます!」と勝手に貴族たちが再開発してしまったらしい。


ただ、魔術のために無駄に広い家を借りていたアッシュのボロ家だけが、ダイエット客の残していった脂肪で埋まり、建て替えることがかなわなかったという。


「うおお・・・」

もはや運べなくなるほどに積み上げられた脂肪を見上げて、青年は汗だくになっていた。


1グラム、9キロ熱量カロリー・・・。


放っておけば自然に燃え尽きるそれは、まるでドライアイスのように今も熱量を発し続けている。

MAX時は8トン(720万kcal)を越え、アッシュは真冬なのに、風通しのよい戸口で寝なければいけなかったのだ。



ーー 果たして、彼の人生は、成功だったのか?



後の研究者たちが、アッシュについてのいくつかの考察を残したが、過分な富を得てしまった彼は、もう焼けつくような渇望かつぼうから新魔法を生み出すことはできなかったという。


・・・ただ、彼の死後、親友によって一つだけ魔法が学会に提出された。


飲み仲間である、”木こりのてつさん” によって初めての目を見た”果実よ、もう一度モンロー=カムバック”の術式は、その年最有力候補とされていた極地型 広域殲滅せんめつ魔法 ”炸裂新星スーパー=ノヴァ” を抑え、『国際魔術アウォード』において、一位に選出されたという。


審査員すべてが賛辞を惜しまなかったその栄誉を受け、哲さんは乾杯のさかずきをアッシュの遺影に掲げたが、彼はちっとも微笑んで見えなかったらしい。












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