○第四部 かけ込み毒屋の「YKA」
人って奴は、誰かを恨まずにはいられねえもんだ。
例えば、『ああ、コイツはバカだな』と思う奴には何をされてもたいがい許せるが、自分より恵まれてる奴に理不尽なことをされれば、異様にムカつく。
お前はそんだけ恵まれてる人生なら、周りに配慮しろよ。
ヘドみたいな底辺で毎日暮らしていれば、それぐらいの愚痴は言いたくなるもんだ。
・・・けど、ちょっと待ちなよ。
時々だけど、大人が言ってるだろ?
自分のやったことは必ず返ってくるって。
それはもう、
ただ、神様の遠投は、あまりに時間がかかるってだけさ。
・・・だから恨みを晴らすなんてことは良くねえ。
相手の未熟さを受け流し、磨かれた自分になって夢に突き進むのが一番さ。
「・・・すまんが、人を10人殺す毒をくれ。無味無臭のやつな」
「オイ!!」
せっかくいい話してたのに、ぶち壊しじゃねえか!
店の
何の前触れもなく怒られた客は、いったんのけ反り、自分以外に誰かいるのかと、店内の薬棚をキョロキョロと見回している。
・・・いや、すまんな。
ずっと一人で商売してると、とつぜん長い独り言がはじまったりするものなんだよ。
まああれだ。あんたが好きってことさ。
「毒だってえ? いったい何の話をしてるんだ。ここは”ベラクール国”でも真っ当な薬屋、『
恥ずかしい先代の母がつけた名前を、テオドラは読み上げていた。
「いや、そんなはずはない。確かにここだと、”
「!!」
その安物感が
久しぶりに本物がやって来やがったか、と目を
・・・ああ、別に動きは気にしないでくれ。格好つけてるだけだから。
「しかし ーー そうか。あんたは、”河岸”が認めるほど、誰かを殺したい理由があるんだな?」
「もちろんだ。私は、ある
「シャラーップ!!」
いきなり話を
深刻な顔になっていた相手の男は、何のことか分からず、目をしばたたかせている。
「面倒くさい事情はごめんだよ。そのために、”河岸”のヤツがいるんだからな」
テオドラはそう言って、はじめに彼が注文した商品を取り出していた。
カウンターの下にある、どす黒い
・・・おっと。しばらくぶりの客なんで、こぼしそうになっちまった。これは皮膚に当てても問題はないが、同業者には似たようなミスで指を切り落とした奴もいたからな。
「はいよ。聞いてると思うけど、お代は高いよ。1000ゴースだ」
そんなもの、私の憎しみに比べればチップみたいな額だよ。
こわばった笑みを張りつけて、彼ーーロインという名の男は小瓶を受け取っていた。
そのまましばらく、何かを言いたそうに
(・・・やれやれ。使う寸前にでもいいから、思い
男を見送ったテオドラは、
もともと、自分だって好きでこんな商売を始めたわけじゃない。
ただの薬屋でも、
それをあの”河岸(三途の川みたいなものを客にアピールしたい、それらしい名でごまかしているが、本名はただのジョンだ)”の奴が、二代目薬屋の”毒”はすげえぜ、という噂をかぎつけてやって来たのである。
テオドラにとっては、趣味の延長に
何よりも毒に、いや、毒を持っている生物に”魅了”されたのは。
(・・・あいつらは、生きるための結晶を身体に抱えているからな。それがえげつない分、生きる選択肢はほかの動物よりずっと少ないはず)
その刹那的な、他をよせつけない進化は、テオドラには芸術だったのだ。
目を輝かせて研究してるうちに、ひょっとその腕を
「あんたの毒は、人を救えるんだぜ」
”河岸”は、そう言ってテオドラに近づいてきた。
このひどい世の中で、つらい目に遭って、泣き寝入りしている人々を助けてやろうじゃないか。
この男は、何者だーー?
オレは情報屋だ。
誰かが誰かを殺したい。その手の話は、耳がつまるほど毎日入ってくる。
どうだ? 真面目に優しく生きている人を騙して、人生のどん底につきおとしたような奴らだけでも、その報いを受けさせてやるべきじゃないか?
ーー そうして、三途の川の傍(はた)に立つ男は、出来上がっていったのだった。
「すみません、こちらで、意識を覚醒させたまま、体を動かせなくする薬があると聞いてーー」
今日 二番目の客は、女だった。
それも容姿は悪くない。
だが、求めている薬は最低だった。
「体を麻痺させて、死ぬより苦しい痛みを、あの男に与えてやりたいのよ。永遠に、いや、二週間だけでも。土下座して、犬のフンを踏んだ靴をなめて『殺してください』と頼んでくるように、一つ一つ神経をちぎっていってやるわ」
「おいおい・・・」
あんまりまともじゃない客を寄越すんじゃないよ”河岸”。
それでなくとも、ここに辿り着く客は感情的になってるのが多いんだからさ。
しかし、この店の裏口を開けるワッペンを持っているってことは、それくらいの酷いことをされたってことなんだろうな・・・。
ひとしきりテオドラは思いを巡らすと、
「とりあえず薬は売りますよ。けど、一週間後になります。いいですね? あなたが求めている品は特殊なんで、用意に時間がかかるのです」
当然ウソだったが、それくらいの時間を置けば、彼女もまともな心を取り戻してくれるかもしれない。
相手を憎むのはいいが、その先の長い人生を考えると、この店に来ることは絶対にマイナスなのである。
いや、ものすごく良く考えて、プラスマイナス0か。
酷い人間は、絶対にほかの誰かの恨みも買っている。
だから制裁は、
「・・・って、そんな理屈が通用するレベルじゃないんだよな~」
客を返して、テオドラはまたも沈んだ気持ちで、頬をゆっくりと撫でた。
ひょっとして、こういう商売をやってると、自分が一番おかしくなるんじゃないだろうか。
(・・・)
大金を手にするごとに、深いため息をつくことになる彼は、どこかぽっかりとした穴が胸で広がっていくのを感じていた。
ーー だがまあ、何はともあれ、彼は毒を持つ生物だけは愛さないわけにはいかなかったのだ。
「おっ!? ボーッとしてたら、
15㎝級の長さをした毒虫を捕まえて、テオドラは微笑んでいた。
その手はもちろん素手であり、上から押さえ込むように
・・・あなたはいつか、こんな奇人の店を必要とするだろうか。
それとも、もうとっくに、つらい出来事でいっそう夢に近づける、豊かな土壌を心に持っているだろうか。
とにかくまあ、毒屋テオドラはその後、少々開きなおることができたという。
彼は、思いつめた顔で店に訪れる客に、フランクな口調で語りかけるようになったらしいのだ。
「
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