第5話 据え膳の恥
その日、人々の喧騒が落ちつきを見せ、それでも蒸し暑さのせいで、寝苦しくなった夜更けのことである。
クルトは、
(……今のは……階下からこの二階へ上がってきた物音だな。さて――一体どこから話が漏れたのやら。まさか古物商のクライドが、ヘマをするはずもないし……)
青年は、自分の背が低いことを気にしている。
なので、お金があっても普段から人の印象に残りそうな高級店ではなく、出入りが
通路の一番奥から、一つ手前の部屋で、かすかに床を軋ませていた足音が止まる。
……クルトにとっては、闇が濃さを増していくこれからこそが、最も感覚が冴えわたる時間だ。通路の一番奥の部屋が、すでに他の客に取られていたのは痛かったが、そこを合わせた両隣――そして向かいの客の素性はすでに確かめており、窓から飛び出す用意も整えている。
――ちなみに、警吏などの囲いを勢いで突破するためにも、一階にはふだんから泊まらないことにしている。
(……でも、なんだコイツ? 部屋に入るのを、
そんな風に身構えていた時である。
コン、コン。
ややためらいがちに扉を叩かれ、青年はさらに目の鋭さを増した。
「はい。どうぞ」
そう答えはしたが、勿論こんな夜半に訪ねてくる者など、尋常ではない。もし知り合いだったとしても、自分がその日寝泊まりする場所など、明かすはずがないのだ。
(――女?)
扉の開き方は、ぎこちないものだった。
静かにドアを開け閉めし、それに続いて、クルトが目にしたことのないシルエットが闇の中で近づいてくる。
「あ、あの……あたし、誰かに呼ばれてこういうこと、してはいけないと思うのですが。でも――今日の昼間から、ずっと胸が痛くて……。きっと、罰を受けねばならないのですね――」
「はあ!?」
思わず声を裏返らせていると、その十代だと
ちょっ、ちょっと! 何やってんの? ていうかアンタ誰!?
シーツの
「いや、ちょっと待とうね。ものすごくいい匂いがしてるんだけど」
まるで夜に似合わない、
「なんじゃあ、うるさいのう……」
むき出しの肩は
「おいエノーラ! この娘、あんたの仕業だろう!!」
無神経な女がしゃべり出したのを聞いて、思わずクルトは叫んでいた。
「……うん? ああ、何じゃ。そやつ今ごろ来おったのか。これまで迷っていた時間を考えるに、間違いなくそいつは処女じゃな。あまり腰は使ってやるなよ」
下品な言葉を言い捨てて、またエノーラは眠りにかかっていった。
こら……
そんな話を聞いて、「やった、棚から
青年はあまりのことに目眩がしてきた頭を、ひとり抱えていた。
しばらく暗い中で、胸を隠したまま見つめてくる、悲しげに
(コイツはたぶん、昼に露店かどこかで二度見してしまった娘だな。信じられないほど無頓着なくせに、エノーラの奴。あんなしょうもない欲望にまで反応するのか?)
実のところ、それは“彼女”のプレゼントであり、予想外に美味しかった昼食の礼だったのだが、もちろんクルトは死期を早めるためのもの《満足》だと信じた。
「――どうした、お主? 男というものは、やはり恥ずかしがり屋な者ばかりなのか? 儂がいっしょにいると自慰もできぬ
そう言って気配を消したエノーラに、青年はポツンと取り残されていた。
「……」
後に聞こえているのは、名も知らぬ少女の温かい吐息だけである。
……何が恥ずかしがり屋だよ。
クルトはそこで、誰に聞かせるでもない呟きをもらす。
男には、据え
特に意味もない義侠心を持ち合わせている彼は、むろん少女を夜更けに追い出すこともできず、悶々としながら寝袋を自分の荷物から取り出して、死期について考えながらそこに足を入れたのだった。
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