第3話 下取り

「なあ、これほどの物をどこでかっさらってきたんだよ? 教えろって、クルト」


 その古物商の店主は、三十代前半の男だった。

 見映えのする長身に、アゴを薄くおおう髭がなかなかに渋みを感じさせる、押し出しの利いた好漢だ。……まあ要するに、チビで目つきの悪いクルトにすれば外見的には天敵である。


「おいおい……。これは“ジン・ピアス”か? しばらく前から、ルミノア家が失われたのを隠しながら、裏で躍起になって探してる魔石だぜ?」

 その店の主、クライド=マーソンは奥のテーブルに並べたお宝を、なおも一つ一つ注意深く鑑定していた。


 ここは、リラの街から北にある、大きな交易都市である。

“盗人は、自分の寝床近所では仕事をしない”と言われるように、普段はクルトも大陸各地を飛び回っているのだが、売買拠点はやはり近場にある方がいい。


 今回は警吏の目をあざむくためにも、わざわざリラ地元で盗みを働いたのだが、どうやらそれは、間違いでしかなかったようだ。


「――けど、いいのか? 今度はいつものように『無償で引き取って、誰かに辿られないよう好きに流してくれ』ってレベルの流品じゃないぞ。このオニキスなんて……ヘタをすれば、俺は一生お前に情報を回し続けても、おつりが来るかもしれん」


 古物商のクライドは、まだいくらか高揚したように眉間をもみ、クルトに話しかけていた。

「かまわないよ。何せ、元の持ち主が盗まれて喜んでるくらいなんだ。当然ワケありでね。できるだけ暴利にならない程度に、本当の持ち主を見つけてやってよ」


 盗んだ物の八割は返すことにしている青年だが、獲物の中には、とてもじゃないが本人に届けられないものもある。今回のように出所でどころからして間違っているものや、隊商なんかで荷に保険がかけられていて、すでに受領している場合。最悪のケースは、舞い戻ってみれば当人は自殺していた、という場合だ。


 そういう時は、苦い思いをしながらもこの《マイカ》の街で、盗品を落とすことにしている。


「……」

 あっ、そこの貴方あなた。 

 俺のことを偽善者だと思ったでしょ。


 ――でもねえ、好きでこんな仕事やってるわけじゃないし、俺みたいな見てくれの者を雇ってくれる人なんてまずいない。

 仮にいたとしても、結局盗みなしにはやっていけないような給金で働かされるんだぜ? 

 ……まったく……不公平ってやつを飛び越えるためには、法を飛び越えるしかないんじゃないかって思うよ。……ああ、これじゃあどっかのテロリズムと同じ言い訳になってるのか……

 まあ何にしろ、ここの店主クライドは、表裏おもてうらのルートで品を探し回ってる持ち主を見つけ出したり、最も高値で売れる時期まで商品を手元で熟成させたりする、ある種の錬金業の第一人者なのだ。


 クルトは、いつものように品物と交換で情報をタダで受け取り、優先的に回してもらう約束になっている売品や、ここ最近で気になった古物などを、入荷リストで確かめていった。

「まあ、しばらくは大人しくしておけよ。こっちもなるべく騒ぎにはならないようにするが、お前が持ち込んだ盗品で、いくらかが荒れるかもしれん」


 そうクライドは伝えて、クルトの手から書類を受け取ったのだった。

 俺も素人じゃないんだぜ、と青年はしぶるように答えていたが、クルトの目つきは、とてもではないが軽口を言い合うようなものには見えなかった。


 当たり前のことではあるが、彼の人生の場が荒れまくるのは、これからだったのである。

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