箱根ひとり旅
向野 空
第1話 トイレでの出逢い
これは、僕が箱根でひとり旅をしていたときの出来事だ。
僕はちょっとした事情により、トイレが近い。
海賊船で芦ノ湖を渡り、しばし散策した後で、例のごとくもよおしはじめ、僕はトイレへと向かった。
立ち寄ったトイレは海賊船が停泊する駅のひとつにあり、そこには観光バスが停車していた。
女性トイレの前には、列ができている。2、3人の、おばさんによる短い列だ。
トイレの外には、ひとり誰かを待っている人がいた。年齢でいえば五十歳ぐらいで、多く見積もっても六十代前半だ。
僕はその女性を横目にトイレへと向かった。
生憎と、大きい方のトイレは閉まっていた。
大丈夫、待たされるのは慣れている。
ガラッ
間もなくしてトイレの扉が開いた。
…おばさんだった。
中からでてきたのは、まぎれもなくおばさんだった。
右側には、小便用のトイレがある。
ここが男子トイレであることに疑う余地はない。
おばさんは僕の横を通る際にひとこと。
「ごめんなさーい」
ほっほっほっ、と横を通りすぎるおばさんに、僕は顔色ひとつ変えずに答えた。
「いいえー」
なぜだろう。
なぜ、おばさんは許されるのだろう…。
僕は思った。
これから僕は、あのおばさんとお尻合いになるのか…。
気づけば僕は、無意識のうちに便座を拭いていた。
座った便座には、微かにおばさんの温もりが残っていた…。
箱根ひとり旅 向野 空 @mukounosora2
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