第5話 もう一度、目を覚ます
あれから話を聞いてみると、過去に戻れても時間も状況も完全にランダムであることが分かった。
そして、そのキーとなるものが何故かブラックコーヒーであることも。
そんなことも知らず、未練を残したまま現代に戻ってきてしまったのだから納得がいっていない。
「その様子ではまだ過去に後悔がありそうですね」
少女は優しく微笑んだ。
「あぁ。もう一度、過去には戻れないのか?」
「いえ、戻れますよ」
「だったら、戻してくれないか?」
彩葉さんと出会った確かな感覚が俺の身体には残っていた。
俺はまだ、彩葉さんに告白をしていない。学生時代に好きだった人を社会人になってまで追い求めるのはさすがに引かれそうだが、それでもいい。それくらいに、俺は彩葉さんのことが好きだった。
「では、ブラックコーヒーです」
少女はどこから取り出したのか、手に持っているブラックコーヒーを俺に渡した。
「ありがとう」
「いえ、素敵な出会いを願っています」
俺はブラックコーヒーを飲む。
意識は遠のく。
徐々に、徐々に、過去に戻されていく。
「……ん、んっー」
目を覚ますと、なにやら柔らかい感触が俺の腕あたりに当たった。
「おはよー」
「……は!?」
すぐに意識を取り戻したが、今の状況をすぐに理解するのは難しかった。
柔らかい感触の正体。それは、彩葉さんの胸だったのだ。
咄嗟に寝ていたベッドから、勢いよく起き上がった。
幸い現代の記憶も過去に戻っても忘れていることはないので、すぐに少女の言っていた言葉を思い出した。
過去に戻っても、時間も場所も完全にランダム。
つまりは今の状況になり得ることも充分にあり得るわけだ。
ただ、問題はそこじゃない。
「……ここはどこなんだ?」
「私の部屋だけど?」
「……はい!? 意味が分からないのだが」
「忘れちゃったの? 昨日、私の家でお泊まり会の約束したじゃん」
「そんなのした?」
「したした! しかも、昨日の夜も二人でゲームしてたら影くんすぐ寝ちゃったし」
「まじか」
時間も状況もランダムなのだから、そんなことはもちろん覚えていない。
だが、いつの日か確かに彩葉さんとお泊まり会をした記憶は微かに覚えている。これは過去に戻っても、俺たちがしていた経験は変わっていないのだろうか。
かと言って、お泊まり会でなにをしたかなど全くと言っていいほど覚えてないので、この先は未知数だ。
変なことをしていなければいいが。
「ねぇ、キスしよっか」
してたかも。
「そんなの無理に決まってるだろ」
「なんで? 私の唇柔らかいよ?」
「そう言う問題じゃない。俺だって一応、年頃の男子なんだから。彩葉さんももっと自分の体を大事にした方がいいよ」
「うーん。分かった!」
あれ、意外と素直だ。と、思っていた俺を叱りたい。
「じゃあさ、せっかく明日も休みなんだしお出かけしようよ」
それってデートなのでは?
「あ、今変なこと考えたでしょ」
「考えてない」
「本当にー? ただのお出かけだよ?」
つぶらな瞳を俺に見せながら、わざとらしく彩葉さんは首を傾げる。
「知ってます」
半分嬉しく、半分悲しく。彩葉さんは多分、俺に恋人になるほどの行為は抱いてはいないと思う。けれど、俺は彩葉さんのことが好きだし、デートたとえただの買い物だとしても良かった。
窓から外を見てみると、早くも夕暮れに近づいていた。寝ていたから早く感じるのか。
「じゃあ、俺はもう帰るから?」
「え、何言ってるの?」
また、彩葉さんはわざとらしく首を傾げる。
「今夜は一緒に泊まるって約束したじゃん」
そんな約束もしてたのかよ。
「でもほら、親御さんとかが帰ってきたとき困るし」
「今日は仕事でいないよ?」
「それなら、ますます男女二人きりはまずいでしょ」
「私は別にいいけど、影は嫌?」
「俺は……」
全く。本当に意地悪な質問だ。
どちらかと聞かれれば、そんなの決まってる。
「いや、じゃない」
「じゃあ、二人で寝よっか」
「え、寝るって……」
俺を枕元に誘い、彩葉さんは隣に来た。彩葉さんは目を瞑り、寝込む。
「おやすみー」
寝る時刻は少しだけ早いが、ゲームで疲れたのか彩葉さんはすぐ寝てしまった。
彩葉さんの吐息が俺の首筋に当たる。もちろんとても緊張したので、自力で寝るのには少し時間がかかった。
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