第3話 懐かしい日常

 タイムリープしてから、徐々に思い出してきたこともある。

 例えば。


「知ってた? 曇ってね、あんなにもふわふわしてるのに掴めないんだよ? なーんでだ」

「水蒸気だから」

「正解。もう、すぐ答えずに少しは考えたフリでもしてよ!」

「わり」


 こんな風に学校の帰り道にくだらない会話を交わした記憶。それにしても、久しぶりに見てもやっぱり彩葉さんは可愛い。

 社会人になっても一途に恋をしていたのがついに報われたのか。このチャンスを見逃すわけにはいかない。


 言うぞ。好きって言うんだ。


「あのさ」

「ん?」


 彩葉さんは俺の顔を見つめる。あまりの可愛さについ目を逸らしてしまった。


「最近学校楽しい?」


 何親みたいなこと聞いてんだ俺!


「楽しいよ。どうしたの急に」

「なんとなく」

「ふーん。じゃあ逆に聞くけど、影くんは人生楽しい?」

「今は、楽しい」

「なにそれ。昨日は楽しくなかったてこと?」

「忙しかった」

「寝てたくせによく言うわ」


 昨日も寝てたのかよ……。

 学生時代の俺って、こんなにも昼寝常習犯だったっけ?


 自分に都合が悪い記憶は抹消しているかもしれないが、あまり記憶がない。

 もしかして今までの社会人生活が夢で、今がまさに現実なのだろうか。そんなことより、今は告白しなければ。


「あのさ」

「ごめん。私こっちだから、また明日ね」


 思い出した。

 ちょうど二手に分かれている道で、彩葉さんとはいつもお別れするんだった。その時は必ず、寂しい気持ちになる。


「うん、また」


 彩葉さんが笑顔で手を振ってくれたので、俺もそれに返した。

 彩葉さんが立ち去ったことを確認して、俺は一人で家まで歩いて行く。


 社会人になってからは別の場所にある小さなアパートで一人暮らしを始めたので、今歩いている景色もとても懐かしかった。


「ただいま」


 以前住んでいた家の扉を開ける。返事はない。


 俺が高校生になってから、親は仕事の都合で海外に行ってしまった。なので、まるっきり家にはいなくて、実質一人暮らしと言うわけだ。

 とは言っても、コンビニのバイトと月に一回の親からの仕送りで生活にはさほど困ってはなかった。


 特に意味はないけれど、俺は深く息を吸った。懐かしい実家の匂いを楽しみたかったのだ。それから自室にも行ってみることにした。

 入ると昔ハマっていた懐かしのゲームに漫画、その他諸々が置いてあった。今の俺から見れば、宝の宝庫でしかない。


 社会人になってからはゲームもしなくなったし、漫画も殆ど読まなくなった。

 のんびりと漫画を楽しんだ後に、ゲームを起動する。


 ゲームも数時間楽しんだところで、ある重要なことに気づいてしまった。


「学生時代に戻ったってことはつまり……」


 俺は慌てて、スマホ画面の曜日と時刻を見る。

 確か今日のこの時間だったよな?


「やべっ! バイトの時間遅れる!」


 タイムリープしても仕事に追われるなんて、どれだけ悲惨なんだよ。


 バイトはなんとか時間通りに間に合い、仕事内容も思い出しながら真面目に勤務をした。いらっしいませって言ったの何年振りだろうな。


 人と話すのは苦手でも、マニュアルさえあれば気にならない。日常会話の瞬発的に話す言葉を考えなければいけないのが、苦手なだけだ。


 無事にバイトも終わり、この世界でも普段のように夜道を一人で歩く。

 不思議と疲労はない。いや、疲れてはいるんだがバイトなのでもちろん残業はないし、久しぶりに彩葉さんの顔を見れただけでも蓄積された疲れは吹っ飛んでいった。


 家に帰る前にコンビニに寄り道をし、適当に弁当を買って帰ることにした。

 なんとなく店員の接客態度を観察してみるも、コンビニの接客なんてどこも似たようだものだから特に参考にはならなかった。


 また静寂に包まれた夜道を歩き、家に着く。そのままゆっくりと玄関の扉を開ける。

 買った弁当をレンジで温めてから食べて、食べ終わると寝る準備をして今日は寝ることにした。


 目を瞑り、寝る前に考える。本当に今日起こった出来事は人生の中で凄まじいものだと改めて思った。

 大人だった俺が高校生になり、当時好きだった女子と再会するなんて。


 そんなことを考えているうちに意識は遠のいていった。

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