第39話 漂白の魔王:ヨーグレイト

「始めまして。魔王ヨーグレイトです」


 彼女は、真っ白なドレスに身を包んだ、上品そうな娘だった。

 銀色の髪に、灰色の瞳をしている。

 ちょっと幼ないながら、成長したら凄い美女になるだろうなーという顔立ちだった。


「皆さん、アセロリオンのお知り合いでしょ。同じ村の人がここまで追いかけて来てくれるなんて、本当に感動的だなあ」


 ほんわかした笑顔で、彼女はそう告げた。


「緊張感ないなー。俺、そこのアセリナが外に行くの妨害しないと行けないんだけど」


「させないよ」


 ヨーグレイトは優雅な動きで、白い梯子の下に降り立った。

 今、重さが無いみたいにふわっと降りたな?


『おおおおっ! 逃さぬぞ、アストロノーツ! 余は、この二柱を打ち上げるために……!』


「皇帝陛下、うるさい。真っ白になあれ」


 ヨーグレイトが手を打ち鳴らす。

 すると、穴から出現していた巨大な皇帝が、一瞬にして真っ白になった。


 金色に輝いていた、甲冑と植物のモンスターみたいなやつが、どこに何があるのかも分からない真っ白な何かになってしまったのである。

 そして、ボロボロとその全身が崩れていった。


「あー……」


 マーチがそれを見て、ちょっと寂しそうな声をあげた。


「これで帝国は終わりだねえ……。みんな死んじゃった」


 そうかー。

 これ、つまり魔王の打ち上げを見逃しても、俺とエレジアの溜飲は下がるってことではなかろうか?

 ほら、クソッタレな帝国は全滅しましたし?


「ねえ、どうする? どうする?」


 ヨーグレイトが聞いてくる。

 彼女には敵意は無いな。

 いや、無いっつーか、これは……。


「うちはね、上に行ければいいんだよね。これからが本番だもの。新しい星に降り立って、その世界を食い尽くす。それがうちら、魔王種の役割なの。やがてうちらは、その星で新しい母体になるわけね」


 勝手に語っている。

 俺たちが聞いてようが、聞いてまいがお構いなしだ。


 こいつ、俺たちをそもそも相手にしてないのだ。

 ロイヤルガードどもは、俺たちを目の敵にして必死に突っかかってきた。

 今度は相手にされてないと来た。


 なーるほど。

 こりゃあ大物の気配だ。


 そんな彼女の背後で、アセリナが打ち上がっていく。

 おお、真っ赤な球が、ゆっくりと空に向かって滑り出して……。


「インフェルノビーム」


「あっ」


 俺がおもむろにビームをぶっ放したので、ヨーグレイトが焦った。


「何やってんのバカ!」


 慌てて、彼女は俺のビームの前に飛び出す。

 振り下ろされた彼女の腕が、ビームとぶつかりあった。

 おお、真っ白な飛沫が上がる。


 だが、ビームの初撃はアセリナにぶち当たっていたようだ。

 赤い球が、ひょろひょろと蛇行しながら空を目指す。


「惜しい!」


「あなたたちーっ!! っていうか、君ーっ!! 何! なんで今、いきなり撃ったの!! 普通の飛び道具なら相手にならないけど、君のは本当にシャレにならないからね!!」


 ちょっと頬を紅潮させて叫ぶヨーグレイト。

 怒ってる怒ってる。

 俺のビームを片手で弾いたのは凄いが、腕が一本なくなってるな。


「んもー……。せっかく人間の頃の人格をシミュレートしてたのに、台無しじゃん。もういいや。正体現すね」


 ここでやっと、レンジとストークが体勢を立て直したようだ。

 ロケットが舞い上がり、ヨーグレイト目掛けて何本も降り注ぐ。


「はい、残念! 皆さんはここでー……終わりでーす』


 ヨーグレイトがべろりと舌を出した。

 そして、世界が真っ白に染まる。


 いや、視界を覆い尽くすほどのスケールの、真っ白な何者かが出現したのだ!


「なんだあ、これ……」


「……粘菌……?」


 エレジアのお答えで、俺はポンと手を打つ。


「なーるほど、粘菌かあ!! 粘菌って、ええーっ!? 今までの魔王と、明らかに何もかも違わないかい!?」


「だから言ったろー?」


 マーチが得意げに口を挟んでくる。


「本物は、概念みたいなのを操るって言ったでしょー。具体的なのは三流なの。だから、正体を表したらこういう風になるわけ!」


「詳しいなあ」


「だってマーチ、大魔女様だし皇帝だもんね?」


「えっ、そうなの!?」


 初耳すぎる。

 俺たちはこんな駄話をしながらも、魔法とビームを撃ち放つ。

 当たった部分が真っ白な飛沫を立て、一瞬だけ貫いたり破壊することはできるのだが、すぐに埋まってしまう。


 向こうでも、レンジとラプサが攻撃をしているようだ。

 しかし……効いてる感じがしないなあ……。

 ここまで手応えがない相手は初めてだぞ。


「みんな! 外だ! 外の世界が白くなっていっている!」


「なんだと!?」


 ストークの声で、気がついた。

 目の前にいる粘菌野郎、この魔王ヨーグレイトは、端から俺たちなど相手にしちゃいなかったのだ。

 こいつは、俺たちのいるこの世界そのものを攻撃していたのだ。


 なんて性根が腐った奴だ!

 これじゃあ、こいつらを見逃しても俺たちが住む世界がなくなるじゃないか。


「こりゃ、魔王は滅ぼさないとダメだな!」


「だねー。私もびっくりしちゃったよ。ちょっと私、上級魔法使うわ。合わせよ、オービター」


「よっしゃよっしゃ」


 俺とエレジアで、構える。

 二人の共同作業である。

 これはもう、いかに温厚な俺とエレジアとは言え、許せるものではない。


 世界は関係ないだろ、世界は。

 見逃してもいいかなーって言ってたじゃないか。

 いや、ワンチャンあるかなと思って不意打ちしたけどさ。


 なので、世界を守るなんてのはガラじゃないが、俺はやるぞ。

 帝国が無くなっても、エレジアとイチャイチャできる世界が無くなってしまったら本末転倒なのだ。


「ストーク! この魔王の弱点みたいなのはわからないのか!」


「こいつには、核というものがない! 全てが魔王だ! だから、この真っ白な全てを残らず焼き尽くさなきゃいけない!」


 なんだそれ!

 最高に面倒くさい敵だな!


「急げオービター! エレジア! 白く染められた世界が、次々に崩れていっている! この塔もじきに崩壊するぞ! 既に、帝都には生きている人間はいない!」


 そんなとんでもない速度で、よく分からない白い攻撃が行われているのか!

 しかも無差別で!


 俺たちが無事なのはなんでだろうな?

 弱いやつから侵食して、真っ白にして破壊する攻撃なのか?


『我が名はヨーグレイト。漂白の魔王。何もかも、全てを漂白し、星を平らに均してくれよう』


 なるほど、何もかも漂白して、なかったコトにする。

 それこそがこの魔王の力なのだ。


 もう、ぶっ倒すしかない奴じゃねえか!


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