第33話 天の梯子:彼女の帰還

 天の梯子が伸びていく。

 真っ白な塔が、どこまでもどこまでも高く、空の彼方を目指すように突き進んでいく。


 あの日もそうだった。

 三年前の、成人の儀式の日。


 姉は、魔女になった。


「また、魔王スキルを空に打ち上げるのかしら」


「そうだろう。それが帝国の役目だ。こうして、皇帝陛下は世界を守っているのさ」


 周囲の人々の会話が聞こえる。

 僕は、天の梯子を見つめる。


 普段ならば、十年や二十年ごとにしか使用されないものらしい。

 それが、たったの三年で再使用される。

 これは一大事だ。


 帝都は騒ぎになっていた。

 騒ぎとは言っても、お祭り騒ぎみたいなものだ。


 魔王スキルとは、恩寵。

 あの塔で、魔王スキルを得た少年少女たちは教育を受け、やがて外の世界へと飛び出していく。

 二度と会えはしない。


 しかし、とても誇らしいことだ。

 魔王スキルを輩出した地域は、一年の間、あらゆる税を免除される。

 皆も喜ぶし、どれだけ貧しい家に生まれても、魔王スキルを持っているだけで帝都の塔まで、皇帝陛下の前まで上がることができる。


 魔王スキルは夢だった。

 時々、魔王スキルを持っていてもこの地上に残る人がいるらしい。


 彼らはロイヤルガードと名乗って、皇帝陛下の守りとなった。

 あれもまた、誇らしいことだ。


 三年前の成人の儀式。

 スキル鑑定を行う会場は、興奮に包まれていた。


 レアなスキルを持っていたならば、これからの人生は栄誉を保証される。

 スキルに見合った仕事を与えられる事になるからだ。


 一般的なスキルでも、自分が進む道が決まる。

 どちらにせよ、悪いことはない。


 そのはずだった。


 姉と自分は双子で、いつも一緒に育った。

 内向的だった自分を、守ってくれる人だった。


 明るくて、いつもみんなの中心にいた。

 誰もが彼女を好きだった。


 もしかしたら、姉は魔王スキルを持っているのかも知れない。

 だから、みんなからこれほど愛されるのだ。


 僕はそう思っていた。


 だがあの時、世界のすべてがひっくり返った。


『スキル……。イ、インキュベーター……!! 魔女だ!!』


 会場に響き渡った声で、誰もが凍りついた。


 魔女とは、世界に仇なす存在。

 この完成された世界を害し、破壊する魔女の騎士を育てる、悪魔。


 魔女の名が叫ばれた途端、どこにいたのか、会場に魔女狩りが駆け込んできた。


 あの時の姉の顔はどうだっただろう。

 いつも明るく笑っていた姉が、無表情になった。


 唇が動いていたように思う。

 彼女が持っていた、もう一つのスキルは魔法。


 魔女は、インキュベーターともう一つのスキルを持つ。

 彼女は得たばかりのスキルで、魔法の詠唱を行っていたのだ。


 会場に、嵐が吹き荒れる。

 誰もが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


『姉さん!!』


 僕は彼女を呼んだ。

 姉は振り返った。


 ちょっと寂しそうに笑っていた。

 何もかも、彼女は分かっていたんだろうか。


『ばいばい』


 姉はそう告げて、姿を消した。

 そして、誰も姉の行方は知らなかった。


 天の梯子が伸びたのは、その日のことだ。


 魔王が一人打ち上げられた。

 マドレノースと名付けられたその男は、僕も顔を知っている人だった。

 社会学を調べている学生だったはずだけど……。


 姉が魔女になってしまったショックで、彼のことはよく覚えていない。


 僕は、天の梯子を見上げる。

 また、魔王が打ち上げられるのだろう。


 これからの人生で、何度それを見ることになるのかは分からない。


「だけど……天の梯子を見るたびに、僕は姉さんを思い出すと思う」


「そう?」


 背後から突然声を掛けられて、僕の心臓が止まるかと思った。

 それは、聞き覚えのある声だったからだ。


「振り返らない方がいいわよ」


「……姉さん?」


「いいニュース。あのね、天の梯子は、もう見なくて良くなる」


「何を言って……?」


「こっちこっち、オービター!」


「おうよー!!」


 姉の声に、答える男の声。

 誰だ?


 僕は振り返った。

 そこに、姉の姿はない。


 だが、昼間だと言うのに、周囲は驚くほど暗かった。

 どうしてだろう。

 空を見上げて気づく。


 頭上を、真っ白な壁のようなものが通り過ぎていく。

 壁の上には、男女のシルエットがあった。


 片方は、分かる。

 三年の年月で成長しているけれど、間違いない。

 姉だ。


 隣の男は誰だ?

 あれは……。

 魔女となった姉が伴う男ならば、何者なのかは分かる。


 あれが魔女の騎士なのだ。


 魔女が魔女の騎士を伴い、帝都へと侵入してくる。

 そんな話、聞いたこともない。


 帝都が、魔女と魔女の騎士の侵入を許すなんて。


「お前!」


 頭上から、魔女の騎士が声を掛けてきた。


「お前、エレジアの弟か! よろしくな! よっしゃ、んじゃあ突撃すっか! レンジ、出せ! 全速力だ!」


「うるせえ! 命令すんな! だけど全速力は賛成だ! 行くぜヒャッホーウ!!」


 空の壁が動き出した。

 徐々に、それは加速していく。


 僕は目を見開き、それを見送ることしかできない。

 一体、何が起ころうとしているのか。

 僕には理解することもできない。


 周囲の建物を破壊しながら、真っ直ぐな壁が突き進む。


 やがてそれは、塔へとその巨体を突き刺し……。


 帝国の終わりが始まった。





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る