第24話 アストロノーツ:夜の戦い

 深夜のこと。

 魔女の館が、接近してくるの情報を感知したようだ。


 突然ベッドが猛烈に振動し始めたので、俺は振り落とされた。


「ウグワー!」


 床とキスをしてから起き上がると、向こうではエレジアも上下逆になって床とキスをしていた。


「失礼しちゃう!! 女の子をベッドから振り落とすなんて横暴よ横暴!!」


 ぷんぷん怒るエレジア。

 気持ちは分かる。


 彼女は激怒しながら、さっと魔女の衣装に身を包んだ。

 黒いローブで、いわゆる魔女の戦闘衣装というやつだ。

 ぼさぼさの髪は、さっと魔法で整えた。

 顔もさっぱりしている。


「俺も俺も」


「はいはい」


 さささっと、洗浄魔法か何かで、俺の顔と頭もサッパリする。


「なあエレジア。これってつまり……始まるのか?」


「そうだと思うよ。帝国が我慢できなくて、仕掛けてきたね」


「魔女の館って、普通の手段では来れないところにあるんだろ? なのにあいつらは来れるのか」


「うん。魔王スキル使いがいれば、来れる」


 ってことは、相手は確実に魔王スキル持ちってことだ。

 気を引き締めていかなきゃな。


 広間に集まると、食堂からオヤジさんが盆を持って現れた。


「食っとけ。何も腹に入れてねえと力が出ねえぞ!」


「お、サンドイッチか! サンキュー!」


 具材はキュウリとハムだ。

 こいつをヨーグルトソースで和えてある。

 寝起きでも腹にスッと入るな。


 そこへ、頭が逆立ったレンジがドタドタとやって来た。


「うおおー! やあってやるぜえ!! おっ、サンドイッチかよ!! もらうぜー!!」


「レンジ……せめて髪の毛直して……!」


 ラプサはなんか、ふらふらしてるな。

 低血圧なのかも知れない。


「敵襲か。いつでも来い」


 ストークは一人でやって来た。

 まだ眠いようで、半眼になっている。


「マーチは?」


「今必死にベッドと戦ってる。戦いにはギリギリ間に合うだろう」


「ああ、朝弱そうだったもんな」


 朝から元気なレンジがおかしいのだ。


「ほれ、お前もサンドイッチ食え!」


「うっ、僕は朝はお腹があまり空いて無くて……」


「戦いの前に空腹で行く奴がどこにいる!! ちょっと入れてけ!」


「ううっ……分かった……」


 いつもはクールなストークもオヤジさんには勝てんか。

 もそもそとサンドイッチを食べている。


 ここに大魔女が登場だ。

 いつも通り、ビシッとローブにベールを身に纏い、神秘的な雰囲気のままだ。


 なぜかオヤジさんがこれを見て、ちょっと笑っていた。

「無理しやがって」とか言ってるな。

 もしかして、ちょっと遅く出てくるのは、この格好をビシッと決めるためなのか。


「魔王スキルを持つ者による襲撃が迫っています。既に、魔女の館が存在する空間に攻撃が加えられています」


「空間に攻撃ってどういう?」


 俺の問いに、大魔女は何やら、空中でツボを回すような仕草をしてみせた。


「こう……魔王スキル的な攻撃は属性は持っていますが、その実、単純なエネルギーを叩きつけてくるタイプの攻撃でもあるのです。それを使うことで、無理やり現実空間にこの魔女の館を具現化させます」


 なるほど、分からん。

 だが、敵が来ようとしているのは間違いないだろう。


「じゃあ、こっちから攻めようぜ!」


 攻め込もうとしている奴を迎え撃つのではなく、攻め込もうとしてきているのをこっちから攻めるのだ。

 受け身になるのは趣味じゃないからな。


「エレジア、二人をしゃきっとさせて」


「はい! えいっ!」


 エレジアが例の魔法を使って、レンジの髪型をしゃんとさせ、ストークの顔をしゃきっとさせた。

 便利だなあ、おしゃれ魔法……。


「よし、これでオッケー! 俺はいつでも戦えるぜ!!」


「ふん。夜中に攻撃してくるとは、実に腹の立つ連中だ。僕は寝起きが悪いから、きっとレーダーを恐れてこの時間を選んできたのだろうな……」


「ストークも完全に目が覚めてるじゃねえか」


 かくして、俺たちは準備万端。

 館の外に飛び出した。


 なるほど、館の目の前で、何かぎゅるぎゅると渦巻いているものを感じる。

 具体的には、空間がぼんやり光ってグルグル巻いている。


「ここに飛び込めば?」


「戦場に真正面から飛び込むことになります。真横から殴りつけましょう」


「大魔女、何気に物騒な事言うなあ」


「そろそろ、横から殴りつける達人が来ますよ」


「ぬおおおーっ!! あたし覚醒ーっ!! ごめんねごめんねーっ!!」


 半分パジャマのマーチが館から飛び出してきた。

 ラプサが駆け寄り、パジャマの上からローブをかぶせる。


 世話焼きだな。

 エレジアは緊張した面持ちで、髪をくるくるいじったりしつつ、落ち着かない風だ。


「エレジア、大丈夫だって。中級魔法教わっただろ」


「うん。信じてるからね、オービター。ここを突破して、さらにさらにこの先に行くって」


「もちろん!! 任せろ!!」


 そんな俺たちの目の前で、ドタバタ走ってきたマーチが、サンドイッチをパクつきながら両手を振り回す。


「ふぉおおおー! ふぉら、ふぁらひのふひる、いふよー!!」


「マーチ、食ってから話せ!」


 雛に怒られる魔女。

 マーチは慌ててもりもりとサンドイッチを食べて、ごくりと飲み込んだ。


「スキル行くよ! あたしのスキルはー、トラップ!! さあ開け、空間落とし穴!!」


 彼女がグルグルと腕を振り回すと、そこにポコっと穴が開いた。

 なーるほど、こういうスキルか。


「よし、では僕が真っ先に飛び込……」


「ストークはお前が前に出たらダメなスキルだろ! ってことはオレだオレーっ!! うおりゃーっ!!」


 考えなしにレンジが飛び込んでいった。

 こいつ、この先がちゃんと、魔王スキル持ちのいるところだって確証があるのか?

 いや、ある訳がない。


「うう、一人だとレンジが死にそう……」


 ラプサが嫌そうな顔をしながら、穴にのっそり入っていく。

 続いて、マーチとストーク。


「うーし、やるかあ!」


「くっ、三番手になってしまった。マーチ、先に僕が行くからな、僕が……あ、先を越された」


 ストークもうだうだやってるからだぞ。


 さて、最後は俺とエレジアだ。


「じゃあ、俺たちみんなで、このでっかい戦いを乗り切ろうな、エレジア」


「もちろん! 私、上級魔法をぶっ放すつもりだから……守ってね、オービター」


「当然!」


 早速詠唱を始めた彼女を背負い、俺は穴に飛び込む。


「突破する者たちよ。アストロノーツとなる者たちよ。勝利を、健闘を祈ります……!!」


 アストロノーツ?

 大魔女からの、不思議な言葉を聞きながら。


 俺は戦場に身を投じるのだった。


 

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