第15話 異端審問:覗き穴

 帝国西部統括・異端審問官ヴェラトール記録。


 魔女狩り部隊、魔女と魔女の騎士を取り逃がす。

 あれだけの頭数を揃えて、この成果はありえないと言わざるを得ない。


 今回の魔女と魔女の騎士は何かが違う。

 試練に対して乗り越えようという意思、行動力。


 まさしくこれが、突破するという意思ではないのか。

 させるわけには行かない。


「世界の壁を越え、聖なる真実を知られるわけにはいかん。だが、新たな案件も生じている」


 帝国に反抗する村に、魔王スキルの持ち主が確認された、という報告がヴェラトールに来ていた。

 こちらも無視はできない。

 いや、帝国が本来なすべき事を考えれば、魔王スキルを持つものを保護することが優先されるだろう。


 ヴェラトールは、子飼いの魔女狩りを呼び出した。

 程なくして、双子の男が姿を表す。


 一人は青い髪をした露出度の高い男。盛り上がる筋肉を誇示し、あちこちにペイントで炎や水の流れを描いている。

 もう一人は、銅色の髪をしたローブ姿の男。手にしている杖は、よくよく見れば巨大な絵筆である。


「魔王スキルを持つ者を保護せよ。だが、任務の最中、魔女と魔女の騎士が現れる可能性が高い。全力で排除せよ」


「その任務、謹んでお受けします!」


「お任せあれ!」


「行くがいい、クラトース兄弟。お前たちの補佐として、隠身の使い手、ビスクをつける」


 二人は頷く。

 ローブ姿の男が、巨大な絵筆を宙に踊らせた。

 なんと、空中に門を描き出す。


 青髪の男がドアノブに手を掛けると、それが開いた。

 双子はこれをくぐり、ヴェラトールの前から姿を消す。


「Bランクの魔女狩りでも最強と謳われるクラトース兄弟。任務は達成されることであろう。万一のために、賦活装置を持たせた」


 ヴェラトールは椅子に深く腰掛けた。

 後は報告を待つばかり。


 そして彼の耳に、すぐさま報告がもたらされる。

 それは、北西部にて出現した男女が、異様なスキルでゴブリンの軍勢を殲滅したとの報であった。


「魔女の騎士は一人ではないというのか……!」


 呻く異端審問官。

 だが、追加の魔女狩りを派遣しようにも、先日部隊として遣わした者たちは戻ってきていない。


「ひょっとすれば、魔王スキルの持ち主を使わねばならぬかも知れんな……。だが、あれを地上で覚醒させるのは、あまりにもリスクが大きい。だが……」


 かくして、帝国西部で巻き起こる、魔女エレジアとその騎士オービターを巡る騒動は、ますます熱を帯びていく。






 俺は今、熱を帯びていた。

 何がって、ナニがだ。

 いいか、魔女と、雛とされる不明スキル持ちは、同じ部屋で生活するのだ。


 そして部屋には湯船と、頭上から湯を吐き出すシャワーなるものが据え付けられている。

 つまりだ……。


 今、俺と薄い扉一枚隔てた向こうで、エレジアが一糸まとわぬ姿のまま湯船に浸かり、鼻歌を歌っているのだ……!!

 なんということだ。

 けしからん、実にけしからん。


 見たい!!


 ということで、俺は浴室へ続く壁面をカサカサと這い回っていたところである。


 魔女の館は古い。

 ということは……あるんじゃないのか、のぞき穴……!!

 古い木造の屋敷なんだから、あってくれよ頼むぞ……!!


 だが、俺の願いも虚しく、穴はなかった。

 そっかあ、魔女の館だから、普通の古い屋敷と違うもんなあ。


 しかししかし、浴室からはエレジアの機嫌良さそうな鼻歌が聞こえてくるではないか。

 ええい。

 生殺しにされるばかりで溜るか!!


 穴がなければ……開ければよかろう!!


「ヒソヒソ声で、今万感の思いを込めて……ティンダービーム……!!」


 細く絞った赤いビームが壁面を焼いた。

 それは、小さな穴を浴室の壁に開ける。


「よし! よしよしよし!! 俺、本当にビームのスキル持ちで良かった……。これは凄いスキルだよ。良いスキルだ……!!」


 己のスキルをめちゃくちゃに褒めちぎりながら、覗き穴に目を当てる俺。

 湯気の向こうで、真っ白なものが動いているのが分かる。


 うひょおおお、エレジアがいる!!

 そりゃあ、彼女が入浴中なんだからいるだろう。


 濡れた銀色の髪が艷やかで、その隙間から真っ白な肩や背中が見える。

 うーん!

 凄くいい。


 あ、ちょっと振り向きそう?

 彼女はシャワーを浴びているのだが、楽しげにくるくる回っているようだ!


 こっちを振り向き、振り向……向いた―っ!!


 全俺が盛り上がる。

 うんうん。

 この間抱きしめた時、後々思い返したら疑念を抱いたんだが……。


 エレジア、めちゃくちゃ着痩せするな?

 ……でかい。

 うーん、素晴らしい。


 顔も髪も声も体も全部好き過ぎる。

 好き好き。


 俺がハアハアと息を荒げていたら、紫色のものがこっちを覗き込んできた。


 あっ、紫っていうとエレジアの瞳……。


「こーら」


「ヒェッ」


「穴開けたらダメでしょ。えいっ」


 穴からお湯が飛んできて、俺の目玉を直撃した。


「ウグワーッ!!」


 のたうち回る俺。

 ジタバタしていたら、浴室からエレジアが顔を出した。


「魔女の館は自然に治るけど、それでもこれ自体がとっても貴重なマジックアイテムなんだからね? 不用意に壊すようなことしたらだめだよ。それに君って不明スキル持ちなんだから、何が起こるか分からないでしょー」


「あっはい」


 壁から後少し出てくると、見えそう、見えそう……。


「素直でよろしい」


 あーっ、引っ込んでしまった!!

 なんてギリギリのところを攻めてくるんだ。


 だが、俺の中に、バッチリとエレジアの姿が焼き付いたぞ。

 後は想像力で補うだけ。

 思春期男子の妄想の力を侮るなよ……!!


 一人悶々としていたら、しばらくしてからエレジアが出てきた。


「あぁ~、いいお湯だったあ……。お風呂入れ替えてるからちょっと待ってね」


「入れ替え!? お湯を!?」


 まず、田舎の村ではお湯の風呂なんてのが珍しい。

 そんなものは、結婚式やミサが行われる時、特別に沸かして体を拭くくらいのものだ。


 それを潤沢に使えて、しかもシャワーという謎の設備で浴びられるという魔女の館は実にとんでもない。

 だが、この時俺の脳裏をよぎったのは違う思考だった。


 エレジアの入ったお湯が抜けてしまう……!!


 エレジアへの下心が戦う理由である俺にとって、それは重大な事件であった。


「止まれお湯よーっ!!」


 俺は浴室に飛び込もうとして、目の前にエレジアがいたのでハッとした。

 この真っ白なふかふかした衣装はバスローブと言うらしい。


 髪の毛を布で巻いて水気を取っているんだろうか。

 上気したエレジアが大変色っぽい。

 このまま永遠に見ていられる。


 そしてお湯が全部抜けた。


「あああああああ……」


 俺は脱力して崩れ落ちそうになった。

 だが、よく考えたら目の前に湯上がりエレジアがいるので問題なかった。


「君はほんと、表情がコロコロ変わるねえ」


 けらけらとエレジアが笑ったのだった。


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