第11話 魔女の館:遭遇

「ウワーッ!」


「キャーッ!」


 俺たちは……落っこちていた!

 まさかブラストビーム、ほんの一分くらいしか連続使用できないとは思わなかった。

 それでも、魔女狩りたちが全く見えなくなっている。


 完全に振り切ったのだ。

 落下するなか、ブリーズビームを足裏やくるぶしから連続で出して、どうにか姿勢を制御する。


 そして手近な木の枝葉に突っ込んだ。

 枝が折れる音がバリバリと響く。


「いてて! いて! いててて!!」


「きゃーっ、髪絡まった! いたいいたいいたい!」


 二人で散々悲鳴を上げながら、しかしどうにか落下せずに済んだようだ。


「いやあ……反省反省。次はもっと上手くやる」


「ううん、君は十分に上手くやったと思うよ。だって、私たち生きてるもん」


 エレジアがそう言って、俺から体を起こした。

 木漏れ日に照らされる彼女は……。

 髪の毛とかぐちゃぐちゃになって、木の枝やら葉っぱ、さらには鳥の巣まで上に乗っかったとんでもない格好だった。


「ぶっ、ぶふーっ! エレジア、す、すげえ格好!!」


「な、何よ! せっかくいい雰囲気だったのに、そこ笑うとこ? でもまあ、今回は命の恩人であるオービターの顔に免じて許してあげちゃう。君だって結構凄いことになってるよ?」


「凄い……?」


 ぺたぺたと自分の頭を触ってみる。

 おお、木の枝が突き刺さる寸前で何本も!!

 こりゃあ、鏡で自分の顔を見たら爆笑すること間違いなしだな。


 ひとしきり、二人で笑った後、さて、どうやって降りようかということになった。


「ティンダービームで」


「燃えちゃう、だめでしょー」


「ブリーズビーム」


「無駄に枝を切ったら木が可哀想でしょ。魔女は自然を大切にするんだから」


「マッドビームで」


「私たちが泥だらけになるじゃない」


「ウォータービームで」


「水は木の栄養……。いいね、それにしよう!」


 こうして、ウォータービーム案が採用された。

 俺がビームを発して、最小限の絡まっている小枝を切って……。


「あっあっ、水かかった。冷たい冷たい!」


「俺だって冷たい! ウォータービームはダメだったのでは?」


「濡れるのが私たちだけだからセーフ!」


 エレジアのこだわりが謎すぎる。

 とにかく、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら邪魔する枝を取り除き、俺たちは木の下に降りることができた。


 さて、ここはどうやら山の中みたいだけど。


「そうそう、こういうところがいいの。こういうところなら、魔女の館を呼べるわ」


 エレジアが堂々と宣言する。

 そしてすぐに、髪の毛が枝や葉っぱで大変なことになってるのを思い出したらしい。

 ごにょごにょと詠唱して魔法を使うと、髪の毛からポロポロと枝葉が落ちていった。


 身だしなみ魔法かな?

 あれをビームにしたら、おしゃれビームになるんだろうか。


「じゃあ、呼ぶから。下がってて」


 エレジアがポケットから、真っ白な石を取り出した。

 石膏か何かかな?


 これで、その辺の石を拾って、模様を描いていく。

 模様のついた石は、規則的な位置に配置。


 小一時間ほどで準備は完了した。


「はい。即席版、魔女の館の召喚魔法陣!」


「魔法陣!?」


 物語で読んだり聞いたりした魔法陣というのは、地面にそれらしい模様が描かれていたり、規則正しい円形だったり、光り輝いていたりした気がする。

 目の前のこれは、石が規則的に置いてあるだけだ。


「魔法陣……」


「本当の魔法陣なんて地味なものよ。効果が出ればいいの。さあさあ!」


 エレジアが空に向かって手を広げた。

 すると、どこにいたのか、彼女と出会った時についてきていた小鳥が出現する。


 小鳥がエレジアの頭の上に乗ると、一声「ピヨー!」と鳴いた。


「召喚シークエンスを開始します。魔法陣、準備よし。魔力、流入開始。経路接続。信号発信! 応答……確認! いでよ、魔女の館!」


 パアン!と高らかに、手を打ち鳴らすエレジア。

 すると、彼女の前にある魔法陣、その上の空間が揺らいだ。


 何かが現れようとしている……!!

 昼日中の空が一面にかき曇る。

 周囲の森が、一瞬で異形の姿に変わった。


 人の顔のように見える幹、振り上げられた枝は鉤爪のよう。

 地面にはぼうぼうに草が生い茂り、空をコウモリが飛び回り始める。


 そして……。

 気がつくと、目の前にその館があった。


 俺の実家である、村長の家など犬小屋に見えてしまうほど、大きな館だ。

 漆喰で壁面を覆われ、その上から蔦が絡みついている。


 何本もの尖塔が屋根から突き出し、あろうことか、塔にはいくつもの扉が付いていた。

 あれ、どうやって使うの?


「ようこそ、オービター! ここが魔女の館よ」


 振り返るエレジア。

 彼女はドヤ顔だった。


「世界を突破しうる雛と、それを育てる魔女が集う場所。この間違った世界を越えていこうとする者たちの砦!」


「へえええ……」


「まあ、私も二回目なんだけど……」


 ポロッと本音を漏らしたな。


「最初は、魔女になった時。二回目は、育てるべき雛を見つけた時。魔女は二度、この館を訪れると言われているの。まあ、これは受け売りなんだけどね」


 エレジアは、さっきまでのドヤ顔が嘘みたいな慎重さで、そろりそろりと館に近づいていく。


「ついてきてオービター。館が消える前に入っちゃわないと。でも、私から離れたらだめよ。魔女と一緒じゃないと、雛だって認めてくれないから、多分」


「多分なのか!」


 俺も急ぎ、エレジアの横に並ぶ。

 ともに立つのは、扉の前。


 ドアノッカーは、悪趣味にも醜い怪物の顔を模していた。

 これを、ガンガンと鳴らす。


 やがて扉が、重苦しい音を立てて開いた。

 奥には誰もいない。

 自動で開いた?

 魔法で?


 中に入った直後、扉は閉ざされた。


 そこは、玄関から続く大広間。

 三人の女が、俺を見つめている。

 そして、その女に従うように、二つの人影。


「魔女エレジア。育てるべき雛を見出したようですね。よくぞ生きて雛を連れてきました」


「はい、大魔女様」


「この千年紀において、三人もの雛が一同に会するのは初めてのこと。歓迎します、オービター。魔女狩りを殺した者」


 大魔女と名乗るそいつは、黒いベールで顔を覆った、背の高い女だった。


「おう、世話になるぜ。……っていうか、俺は魔女の館までやって来て、何を期待されてるんだ?」


「それはすぐに知れる事でしょう。突破の時は近い。私はそう思います。魔女よ、そして雛たちよ。その時に備えるのです」


 大魔女はそれだけ告げると、空気に溶け込むように消えていった。

 なんだ、あいつは。


「ははーっ!!」


 エレジアは、大げさに頭を下げていた。

 だが、大魔女が消えると、ふうーっとため息をつきながら顔を上げた。


「私、あの人苦手なんだよね」


「俺もなんかもったいぶるタイプは好きじゃないな」


 俺たちはそう言って、笑い合うのだった。


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