第9話 下級魔法:火球

「次の魔女狩りが来るまでの間、ここでお勉強しよっか」


「はい」


 俺はかしこまって答えた。

 宿の一室を無料で貸してもらっているのだが、どういうことかそこは、俺とエレジアが同室なのである。

 これは……宿の亭主め、気を使ったな!?


 いいぞいいぞ。


 あわよくばここで、エレジアと一歩進んだ関係になれるのではないか。

 俺は小鼻を膨らませながらそんなことを考えていた。


 なので、彼女とのやり取りは緊張に満ちているのである。

 どこにワンチャンがある……!?


「私が何度か使っている火球……ファイアボールの魔法があるでしょ。あれを咄嗟に使うのは、理由があるの」


「ほう、理由とは一体」


 ベッドに腰掛けたエレジアは、旅装を脱いで薄物一枚の格好。

 とても目の毒だ。


「無詠唱で使えるのは、火球魔法が限界になるの。だから、中級より上は絶対に詠唱をしなくちゃだめ。もちろん、ああやって敵に追い詰められている時、すぐに使うなんて無理なの」


「なるほど、使い勝手が悪いのか、中級以上は」


 スレンダーだが、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。

 うーん、村にはこんなエッチなお姉さんはいなかった。

 すごくよい。


「そういうこと。だから君のビームに活かせるのは、下級魔法までだと思う。中級から上は、君が詠唱している間に守ってくれる仲間が必要だもの。それから、さっきから私の胸とお腹と太ももばっかり見てるけど」


「はっ! そ、そんなことはござらん」


 俺は目を上げた。


「俺は真剣に考え込んでいる時は下を見たりするんだ」


「ダメだよ、お預け。せっかく大きく育ってくれる雛を見つけたんだもの。私が授かったインキュベーターの能力を、存分に振るわなくちゃいけないの。そうじゃないと、人間は突破できない」


 お預け!?

 お預けということは、後々ワンチャンスあるのではないだろうか。

 俺はドキドキした。


 何かエレジアが意味ありげな事を言っていたが、お預け発言に比べたら大した内容ではないだろう。

 俺は己のスケベ心のために、下級魔法を早急に身につけることにしたのである。


 俺とエレジアは、魔法使いということになっている。

 ということで、今は使われていない広場を練習場として提供してもらえた。


 子どもたちや、昼間から酒を飲んでいるおっさんやおばさんが野次馬になっている。

 見られて減るもんじゃなし、構うまい。


「初級魔法と基本は同じ。使おう、と言う意識と、自分のスキルに結びつけるイメージで使えるよ。ただし、下級魔法が使える……あるいは、教えてもらった、と強く認識できないとどうやっても使えない。不思議なことにね。だから、私みたいな魔法の師匠が必要になるの」


 それは不思議な話だ。


「魔女の間では、これはインストールと呼ばれてる。魔法の存在を認識して、自分のスキルに焼き付けて自分のものにする。スキルは、その人の魂そのものみたいなものだから。さあ、使ってみて。ファイアボール」


「ファイアボール……!」


 俺の手に、赤い光が宿る。

 そして、真っ赤なビームが出た。

 それは広場に突き立てられた、木製の的に当たると、その中心を焼き焦がす。


「ちがーう! それはティンダーでしょ。同じ火の魔法だけど、タイプが違うの。イメージは、炎のボール。当たった場所で炸裂して、攻撃範囲を広げる」


「炎のボール……。ファイアボール!」


 俺の手に、赤い光が宿る。

 そして、真っ赤なビームが出た。


「同じじゃねえか」


 野次馬の酔っぱらいからそんな声が上がる。

 うるさいぞ野次馬ー!


 ビームは広場に突き立てられた、木製の的に当たり……。

 その直後に轟音を上げて爆発した。


「ウグワーッ!?」


 びっくりした酔っ払いがひっくり返る。

 子どもたちが、うわーっと歓声を上げた。


 炸裂したビーム……ファイアボールビームは、周囲に小さな爆発を連続で起こす。


「うおっ!? なんつうか、ビームが当たった先でファイアボールが炸裂する感じに?」


 俺も驚いて、ちょっと指先がぶれた。

 すると、赤いビームも動き回り、当たった先で次々爆発を起こす。


「ストップ、オービター! ストーップ!」


 後ろからエレジアが抱きついてきて、俺の手を下げさせた。

 するとビームが止まる。


「今の……ビームが出続ける限り、命中先にファイアボールが生まれ続けるみたいね。とんでもない威力だわ。使い方には気をつけないと……」


 慎重な事を言いながら、エレジアの顔は笑っていた。


「ああ。こいつを上手くコントロールできると、この間の盗賊を薙ぎ払うみたいにやれるな。魔女狩りには通用しそう?」


「多分ね」


 エレジアは頷く。


「魔女狩りはね、あれ、自然の能力じゃないって言われているの。私たち魔女を狩るだけなら、あの力はやり過ぎもいいところ。魔女はインキュベーターであることを除けば、普通の人間とそう変わらないもの。だからあれは、魔女が育てている不明スキル使いを殺すための力なんだよ」


「俺を殺すための力なのか。じゃあ、生半可なスキルじゃやられるな。この間のベックも強かったもんな。不意を討ったから勝てた。次もそうなるとは……ハッ」


 ここで俺は気づく。

 次も不意を討てば勝てるのでは!

 そもそもまともに勝負する必要なし!


 戦いになるまえに薙ぎ払って全滅させてくれよう!



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